アルフォンス・サーガ  ~大陸英雄伝~

黒木理

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第一章  戦雲

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 僕の剣が敵兵の首を跳ね飛ばした。首が宙に飛び、血が顔にかかる。僕は大狼(ベオウルフ)に乗ったまま戦場をかけた。麾下の軍勢30万を手足のように操り、敵の軍勢を屠りさっていく。
 
 天地に怒号と刃鳴りが響き、風で軍旗がなびく、槍と剣と鎧が陽光を反射して輝き目を灼く。
  
 敵味方あわせて100万をこえる軍勢が衝突し、叫喚と血煙が吹き上がる。
 
 この瞬間、ここにいる全ての人間が、名誉、誇り、魂、その全てをかけて命を潰し合う。
 僕は今までどれくらいの人間の命を奪っただろうか。
 
 数十万をこえる味方の命を犠牲にし、その倍をこえる敵兵の命を奪ってきた。僕の身体は魂まで血で染まっている。
 
ふいに矢が僕の頬を切り裂いた。頬から鮮血が飛ぶ。
 
軍馬に乗った敵兵が2名こちらに向かってくる。僕は剣をふるった。一人目の胸を切り裂いて殺し、二人目の首を切り裂いて殺す。瞬く間に2つの命を奪った。
 
血煙が霧となって戦場に吹き荒れる。

「敵陣を突破しろ! 我らの勝利は目前だぞ!」
 
 麾下の軍勢が鯨波を上げる。士気が上がり、闘気が吹き上がる。 
 僕には勝利が見えていた。まるで神のように全てが見える。戦場での僕は万能に等しい。
 
 僕には何の取り柄もない。だが一つだけ才能がある。戦争の才能だ。おそらく軍事の才能だけならば、この世の誰にも負けはしないだろう。
 
 なぜ、神々が僕にこの能力を与えたのかは分からない。だが、僕は唯一の特技である戦争の才を行使して、運命を切り開いてきた。運命とは、僕の運命ではない。
 
 全ては僕の主(あるじ)のためだ。銀色の髪と桃色の瞳をもつ、あの少女のために僕は無数の戦場をはせてきた。
 
 そしてこれからも戦い続ける。全てはあの人のため。
 


◆◆◆◆


【聖暦3068年4月3日 深夜2時】
【場所 ベルン公国のとある山中】
【アルフォンス・ベルン】


  聖暦3068年4月3日。
 蝙蝠の群れが赤子のような声をあげて、夜の山を飛び交っていく。
夜霧が山を包み、その霧は山の麓にまで続いている。
  
 山の麓に1人の少年が佇んでいた。
 黒い髪に黒瑪瑙(オニキス)の瞳をした小柄な少年だった。細身の身体に赤い鎧兜をまとい、静かに夜の山を見つめている。
 
 少年の名はアルフォンス・ベルンという。年齢は17歳。グランヴァニア大陸の東南に位置するベルン公国の国主だ。
 
 アルフォンスが剣帯にさした短剣の柄をもてあそんでいると、突如、目の前の山から怒号と刃鳴りの音が響いた。同時に山の各処で火が爆ぜる。

(はじまったか)
 
アルフォンスの黒瑪瑙(オニキス)の瞳に、緊張の波がゆれた。

「ヴァール!」
 
 アルフォンスが声を放つと、闇の奥から、のそりと巨大な狼が姿をあらわした。軍馬よりも1回り大きい赤毛の大狼(ベオウルフ)だった。
 大狼は獰猛な唸り声をあげながら、アルフォンスに顔を近づけ、巨大な口を開いた。 
 
 人間の頭蓋を一瞬で噛み砕く、鋭い牙が闇の中で煌めく。赤毛の大狼は、牙の中から舌をのばし、アルフォンスの顔をベロリとなめた。

「こら、ヴァール。やめろ」
 
 アルフォンスが、愛狼(あいろう)ヴァールの喉を撫でると、ヴァールは子猫のように瞳を細めて、喉をゴロゴロと鳴らした。

「あとで遊んでやるから、今は仕事に専念しろ」
 
 アルフォンスが、顔についた唾液をふきながら言うと、大狼ヴァールは頷き、背中につけた鞍を見せる。アルフォンスは、ヴァールに飛び乗ると、鞍に跨がり鐙に足をかけた。
 
 アルフォンスが、山肌に視線を移動させる。剣と槍が月明かりを反射して輝き、叫声が響きわたる。
  
 アルフォンスひきいるベルン公国の騎士500騎と、この山を根城にしている山賊達が闘争しているのだ。山に放たれた火が燃えさかり、周囲は真昼のように明るく照らされている。

「アルフォンス様!」
 
 黒髪の少年の背に声がかかった。アルフォンスがふり返ると、栗色の髪を後ろで束ねた美しい少女が、茶色い大狼に乗って現れた。

「フローラ、戦況は?」
 
 フローラと呼ばれた少女は、翠緑色(エメラルド)の瞳をアルフォンスにむけた。

「山賊どもの首魁が逃亡。山賊どもは、士気を喪失しております。100人以上を討ち取り、200人余を捕縛しました!」

「残りは100人か」  
 
 アルフォンスが顎をなでた。この山にこもった山賊達の総数は400名前後。今だ100名が残っている計算になる。
 そして、盗賊どもの首魁と、残りの100名が逃げる先は……。

「アルフォンス様」
 
 フローラが槍をかまえながら鋭く小さな声を発した。フローラの視線の先に100名余の山賊達と、禿頭の首魁の姿があった。
 100名余の山賊達は、身体中に傷を負いながら山を駆け下り、ここに降り立ったのだ。
 
 山賊の首魁は、憎悪に顔を歪めていた。ベルン公国の騎士団に夜襲され、応戦することも出来ずに、山を駆け下った。逃亡するルートはこの道だと予め決めていた。
 
 この麓から少し歩けば、獣道があり、その道を通じて、もう1つの根拠地にしている山に逃亡できるのだ。

「お頭。ガキが2匹います」
 
 配下が禿頭の首魁に声をかける。
 首魁は、視線を50メートル程先にいるアルフォンスとフローラにむけた。
 
 首魁は舌打ちした。ガキ2人とはいえ大狼に乗っている。大狼に乗った者の戦闘力は騎馬兵を遙かに上まわる。

「殺せ! 大狼に乗っているとはいえ、たかがガキ2人だ。さっさと殺して逃げねぇと、後ろからくる騎士どもに皆殺しにされるぞ!」
 
 首魁が戦斧を構えて、アルフォンス達めがけて走り出した。配下の山賊達もそれにならい怒号して走り出す。
 
 生き残るためには、目の前にいるアルフォンスとフローラを殺して、1秒でもはやく逃亡するしかない。
 
 山賊達は武器をかまえて、アルフォンスとフローラめがけて突っ走る。
 大狼にのっているとはいえ、敵は子供2人。こちらは武装した100名だ。

 この2人を殺して逃げ切れば、また山賊として暴れ回れる。
 村落を襲い、略奪、強姦、殺人を繰り広げ、欲望と快楽にみちた日々を送れるのだ。武器をもたぬ農民や商人を嬲り殺し、弱者から金品を強奪し、女を犯して、その腸を裂く。その快楽は1度知れば止められない。どんな麻薬や酒よりも、暗く澱んだ強烈な快感。

(まだ殺し足りねぇ。もっと奪い取り、もっと女を犯す。もっともっと!)
 
 禿頭の首魁の顔が殺意に歪んだ。鋭い戦斧をふりあげて、アルフォンスめがけて撃ち込もうとする。
 その刹那、禿頭の首魁の太ももに矢が突きささった。

「があッ!」
 
 首魁は激痛に苦悶しながら大地に倒れ込んだ。続けざまに矢が驟雨のように降り注ぎ、山賊の群れに襲いかかる。
 山賊達から鮮血と絶叫が迸った。

「伏兵だ! 横撃されるぞ!」
 
 山賊の1人が叫んだが、遅かった。ベルン公国の騎士団300騎が、盗賊どもに側面から襲いかかった。
 
 ベルン公国の騎士達は、全員が大狼に乗った騎狼兵(きろうへい)と呼ばれる兵種だった。軍馬よりも速く、獰猛な大狼に乗った騎狼兵が、瞬く間に盗賊どもを蹴散らす。
 
 ベルンの騎狼兵が、大剣で盗賊の首を飛ばし、槍で胸を突き刺す。騎狼兵300騎が巧みに盗賊達を包囲する。

「降伏しろ! 皆殺しにするぞ!」
 
 鋭く威圧的な声が、闇夜に響きわたった。ベルン公国騎士団長オルブラヒトの声だ。オルブラヒトは、63歳。長身で頑強な体躯は、老いを全く感じさせない気迫に満ちている。
 
 盗賊達の間から悲鳴が聞こえ、次々に武器を地面に落とした。騎士達が、盗賊どもを縄で縛り、捕縛していく。
 
 アルフォンスは大狼の鞍上で、安堵の息をもらした。作戦は成功し、盗賊どもの首魁は生きたまま捕縛できた。あとで情報を引き出すために、生け捕りにする必要があるのだ。
 
 アルフォンスは瞳を地面にむけた。そこには盗賊の首魁がおとした戦斧がある。業物で柄には華麗な装飾が施されていた。捕縛された山賊達の武器や防具も、上等すぎるものばかりだ。
 
 アルフォンスの双眸に憂悶の色彩が浮かんだ。1つ首をふると、悩みを打ち払い、フローラに声をかけた。

「パミーナのいる別働隊と合流しよう。フローラ、西はどっちだ?」
 
アルフォンスの問いにフローラは、あきれた表情をうかべた。

「星が出ているのに、どうして方角が分からないのですか?」

「人間は星をみて、方角が分かるようにはできていないんだ」
 
アルフォンスが言うと、フローラが氷のような視線を送った。

「正しい知識を身につければ、分かるように出来ております。よく見なさい。あの星座はシレノス。そして今日は4月3日。4月上旬に、シレノスが夜空にうかんだら、あの星座の方角が、西です」 

「ああ、そうか、あっちが西か」
 
アルフォンスは愛狼ヴァールを操り西の方角にむいた。フローラは溜息をついた。

「帰城したら、すぐに方角を割り出す勉強をいたしましょうね。ベルン公国の国主ともあろう御方が、方向音痴では大陸全土の諸侯の笑いものです」
 
 アルフォンスはフローラの声が聞こえないふりをして、大狼を歩かせた。その後にフローラと騎狼兵300騎が続いた。


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