平和の狂気

ふくまめ

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人類の進歩⑤

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「掃除?」
「はい!何かお礼ができないか考えていたんですが…。」
「俺たちはお尋ね者。表立って何か手伝うことは危険だろう。」
「研究者様の手伝いなんかできるような技術や知識もなし。となれば…。」
「荒れ放題のこのお宅を綺麗にすることかと思いまして!」

一晩しっかり寝て、すっきりした頭で考えたのがこの方法。手入れが行き届いていないのなら、私たちがそこを担えばいいじゃない!そう思って提案すると、思った以上に二人の反応が良かった。研究について何も知らない私たちができることなんてないだろうし、何より自分たちが過ごせる空間を広げられていいじゃないか、ということだった。
…長期滞在する気満々ね。

「そ、それは確かにありがたいけど…。そんなことしてもらわなくても…。」
「いいえ!おじさん、私たちを置いてくださっている恩を返さなければ、気が済みません!…本当は、おじさんの手伝いを直接できればいいんですけど…。研究、続けているんですよね?」
「あ、あぁ…そうだね…。」
「俺様達じゃ力にはなれないと思うが、後学のために聞いてもいいか?」
「いや…ちょっと説明が、難しいんだ。簡単に言うと、魔物に使用する薬品、ってところかな…。」
「魔物に?それはどういった効能が…。」
「ギルさん、それは野暮ってもんですよ。研究者は自分の研究結果が何に活用されるかなんて、後のことまではっきりしていないことも多いんですから。」
「…そういうものか。」
「まぁ確かに、思いもよらない使われ方をすることも多いだろうな。使う人間によって、生活を豊かにする道具も兵器に変わったりもするもんだ。」
「納得した。」
「その手のことになると判断が早いな、ほんと。」

少し困惑した様子ではあったものの、最終的には屋敷の中を掃除することを了承してくれた。少々強引に話を勧めた感は否めないが、やっとお礼ができる方向性が固まってほっとした。
掃除の際、一階は手を付けなくていいと言われた違和感は残っていたけれど。

「では!早速取り掛かりましょう!まずは私たちが使わせていただいている部屋を中心に整えていきます!」
「はぁーい!」
「あぁ。」

軽食を摂り、私たちは各々掃除道具を携えて行動開始。この掃除道具ですら、積まれていた荷物の中から発見したものだ。本当に家のことは最低限しかしていなかったのね…。そんなおじさんは、用事があるとかで朝から出かけている。家主がいる中で掃除をするのは緊張するし気を使ってしまうので、むしろ良かった。昨日会った時にも、カバンに薬草のようなものが詰まっていたようだったから、それらの採取に行ったのではないだろうか。
…おじさんが使っている薬草、気になる。

「…いやいや、研究者がそんな簡単に他人に研究内容を明かす何てこと…しないしない、うん。」
「メアリちゃん、どうかした?何か気になることでも?」
「あぁ、いえ、何でも。」
「そう?」

おじさんから直接聞くならまだしも、本人がいない状況で私ったら何を気にして…。帰ってきたときにでも、聞いてみればいいわよね。『おじさん、お帰りなさい。あ、今日採取した薬草ですか?これってどういった効能があるんです?』よし、自然。これで行こう。
…でも、でももし、掃除している最中に、間違って研究室らしき部屋を見つけてしまって、誤って中に入ってしまって、不意に研究内容を目にしてしまったら…。
それはもう仕方がないわよねぇ?不可抗力ってやつよ、うん。

「…何一人でうんうん言ってるんだ?」
「ひっ!…ギルさんですか、びっくりした。」
「随分掃除に集中していると思ったら、同じ場所ばかり掃いているんでな…。考え事か?」
「あぁ、えっと、その…何でもないです。」
「…そうか。」

いやいや本当に何を考えているんだ私は!私はここに空き巣をしに来たわけではないんだから!
お世話になっている人相手にそんな不誠実なことはしません!集中!



「研究室らしきところ、見つかんなかったなぁ。」
「はっ!?」

自分たちに案内された部屋を中心に、徐々に掃除の範囲を拡大していた私たち。とはいえ純粋に物も多いので、昼食を摂りながら一休み…していたらこの爆弾発言。

「な、何を言っているんですかロランさん!そんな、家探しみたいなこと…!」
「そうは言ってもさぁ、メアリちゃん。ここはかつて国お抱えだったと思われる研究者のお宅なんだぜ?気になるくらいはするでしょうよ。」
「それは、そう、ですけど…。いや、そうかもしれませんけど!ダメですよ、本人もいないのに!」
「…まぁ、本人に聞いてすんなり説明してくれるんだったらいいが…。昨日断られていただろう。このご時世、研究している内容によっては彼もお尋ね者になる可能性もある。」
「…それも、そう。」
「でもよぉ、そこまでして続けている研究なんだったら、そのくらい価値があるってことだろ?俺様達はまだまだ旅を続けなきゃならない状況で、何かしら役に立つかもしれないぜ。」
「それならなおさら!おじさん自身に教えを乞うべきです!きっと私たちを助けてくれます。」
「どうかなぁ…昨日発言からして、納得できた?」
「それは…でも、研究者本人が言うなら、そうなんじゃないかと…。」
「研究内容を活用するのはいつだって、研究者本人じゃなくて周りの人間だよメアリちゃん。大抵の場合、研究者が思いもよらなかった方法で日常に還元されるもんだ。良くも悪くもな。」
「…。」

ロランさんの言葉に頷いてしまいそうになる自分がいる。
おじさんの研究が私たちの今後に役立つ内容かもしれない。
だったら、おじさんに教えを乞うべき、だけど、もし断わられたら?
おじさんに、私たちの役に立つかどうかって判断できる?本当に?
ぐらり、と揺れる。
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