捨てOL、拾いまして

ふくまめ

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捨てるのは犯罪です③

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結局、台所を漁って発見できたのはスポーツドリンクだけだった。こんな時間に体が冷えているであろう人間に出すものではないとは思うが、タダの水道水よりはましだろうとコップに注いでリビングに向かう。
女性は大人しくテーブル近くの床に座っているが、視線は部屋の角に設置されたキャットタワーに向けられている。いや正確にはそのてっぺんに陣取っている大福を見ているのだろうな。

「…こんなのしかないですけど、良かったら。」
「…あ、すみません。ありがとうございます。」

すっかり意識が猫に向いているのか、女性は俺が声をかけてやっとこちらへと向き直る。何度も言うようだがこの状況に緊張したりしないのだろうか。もし初対面の人間の部屋に来ることになってしまったら、少なくとも暢気に猫を眺めている心境にはならないと思うのだが。

「改めまして、ご迷惑おかけしてしまってすみません。私は坂本アカリです。」
「あっ、と…俺は黒沢、リョウです。」
「こんな夜遅くに、本当に助かりました。猫ちゃんまで…。」
「いや、良いんだけど…。」

おもむろに自己紹介を始めた坂本さん。本名かどうか分からないが、もし本名だとしたら本当に危機感がないんだな…。とにかくこの後どうするかを話し合いたいんだが…、どこまで踏み込んで聞いていいものか。

「黒沢さんは、どうしてこの時間に?お仕事帰りだったんですか?」
「いや、飲みに行った帰りで…。坂本さん、は何だってあそこに?」
「…私はその、家出、かな?あはは…。」

家出かな、じゃないだろ、何笑ってんだ。何をどうしたらこんな夜中に外に飛び出すんだよ。聞きたくないけども!
…いやこの場合は聞かなきゃなんないのか…。さすがに何も聞かないまま放りだすこともできないし、ここに置いておくことなんてもっとできないし…。 どうしたらいいんだ、俺。

「その…理由聞いても、大丈夫すか…?」
「理由、理由かぁ…。いわゆる、痴情の縺れ、的な?」
「あぁ~…。」

やっぱ聞かなきゃよかった。

「じゃあその…。単刀直入に聞きますけど、行く当てとか、あります?」
「…。」
「ない、っすよね…。」
「何も考えずに飛び出してきちゃったから。着の身着のままって、本当にあるんだなって。ドラマの中の話だけだと思ってました。」

何でこの人他人事なの?

「…何か身分を証明できるものとか、あります?」
「財布に全部入れてましたけど…財布、置いてきちゃったから…。」
「連絡手段は?」
「スマホがジャケットに…。」

おもむろに乾かしていたジャケットのポケットを漁る坂本さん。この社会、何をするにもスマホがなけりゃ不便なもんだからな。せめてスマホは持っていて良かった。…とはいえ、ホテルに泊まるなんかは身分を証明できなきゃ難しいと思うけど。

「…ありました?」
「…あったけど、バッテリー切れちゃってるみたい。」
「機種何です?」
「機種…えっと…。」
「…貸して。」

俺のと機種が一緒なら、充電器貸せるんだけど…。機種が何だったか分からないみたいだし、こっちで確認した方が早いな。…はい、違う機種。無理です。

「…コンビニで充電器買ってくれば…。」
「え、いや、私お金持ってなくて…。」
「そんくらい出しますよ。スマホが復活すれば、あとはそっちで決済すれば…。」
「…それって、レジでピッてやるってこと?私あれできない。」
「は?」
「なんか便利そうだとは思うんだけど…よく分からなくて。」

おいおいマジか。このご時世に決済アプリができないだと?…正直、機種確認しようとしてスマホをくるくる回していたあたりからちょっと察してたけど。
じゃあこの人、正真正銘の行く当てなしの一文無しか…?

「…もう無理だ分からん。」
「…ごめんなさい。」
「…謝ってほしいわけじゃ、ないんで…。」
「でも、迷惑かけてしまっているのは本当ですから。…私、どこかの公園で何とかやり過ごしますから。」
「いやいやいや…。現実的じゃないっすよ…。こんな夜中、しかも雨降ってんのに外に行くなんて無謀、ってかまともな判断じゃないでしょ。…それとも、おまわりさんにご厄介になるとか?」
「そういうつもりじゃ…。」

いや、本当は警察に言った方がこの人にとっては安全でいいのかもしれない。…俺の調書は免れないと思うけど。

「…もういいか。」
「え?」

ため息とともに観念したように零す。酒の入った頭が、もう限界だと悲鳴を上げている。頭痛がひどいわ。酒のせいだけじゃないだろうけどな!寝室に一旦引っ込んで、毛布を2枚引っ掴んで戻ってくる。1枚を坂本さんに。もう1枚を拾ってきた子猫のケージに。

「今夜だけ!宿として場所貸しますよ。」
「…良いんですか?」
「…ペット捨てるのって、犯罪だって知ってますか?」
「え?聞いたことは、あるかも…。」
「手放す時は、ルールを守らないとダメじゃないっすか。それがゴミだろうが、生き物だろうが。それは例え、道端で拾ったもんだろうが、そうだと思うんすよ。」
「…うん…?」
「だから!拾っちまった以上、最低限の責任は取らないとっていうか…。今晩だけっすよ、俺明日予定あるし!明日には、これからどうするか決めてもらって…。」
「ありがとうございます!あ、どうして猫ちゃんに毛布かけるの?寒そうには見えないけど…。」
「…猫は薄暗い方が落ち着くから…。」
「へー!」
「…今更なんすけど、坂本さん、俺の事もっとこう…怖がったり、しないんすか。」

自分で言うのもなんだが、少なくとも初対面に受け入れられるような顔立ちであるとは思わない。地元の友達からも「すでに何人かヤッてそうな目をしている」と評されるほど、目つきが悪い。生まれつきだよ悪かったな!長年の付き合いがあるならまだしも、初対面の人と2人きりになろうもんなら、相手は早々にトイレに行くと席を外すのがいつものパターン。ましてや異性が相手となれば、な…。

「え、どうして?動物に優しい人に悪い人はいないでしょう!」

ニコニコと返す気が遠くなりながら、そうすっか…。と返すのが限界だった。
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