されど服飾師の夢を見る

雪華

文字の大きさ
20 / 46

conflict④

しおりを挟む
「キミが考えている以上に、今、キミは人生の岐路に立たされているのよ。相談ならいくらでも乗るから、よく考えて決めてちょうだい。特待は諦めて、静かな大学生活を送るのも悪くない選択肢だと思う。特待を取りたいなら、プロフィールを伏せるのは高校生までにして、大学からは堂々と素顔を晒すのも良いかもしれないわね。メイクをして通学するより、多少は周囲の敵対心も抑えられるかもしれない」

 特待の話を聞かなければ、迷わず「静かな大学生活」を選んでいたに違いない。服飾デザイナーを目指すための苦労は覚悟の上だが、そこにモデルになったが故の雑音まで加わるのは想定外だ。

「まずは、来週の撮影を終えてみないことには何とも言えないわよね。また今度ゆっくり話しましょう。今日は色々ありがとう。交通費の領収書は全て取っておいてね。次に会った時に清算するから。じゃあ、気を付けて帰るのよ」
「ありがとう、ございました……」

 半ば放心状態で告げる。どうにか更衣室までたどり着き、シャツを脱ぎながらも頭の中は今日起きた出来事でいっぱいだった。パンクしそうだと思った瞬間、電話の着信音が鳴る。発信元の「直人」と言う文字を見て、強張っていた体から一気に力が抜けるのを感じた。

『啓介、お疲れー。まだ東京? 戻ったら飯食いに行こうよ』
「……なおとぉ」
『は? なに、お前まさか泣いてんの?』
「泣いてないけど泣きそう。僕、三時間後くらいにそっちに着くから、駅まで迎えに来て。お願い」

 啓介の涙声を聞いた直人が、オロオロ慌てているのが電話越しにも解った。

『え、何、どういうこと。三時間後?』
「絶対だよ。来なかったら呪うからね」
『何があったんだよ。お前、ヤバいことにでも巻き込まれた?』
「ヤバくはないけど……んー。とにかくまた後で。じゃあね」
『あ、待てってば! おい、啓介!』

『何があったんだよ』の説明が面倒で、啓介はそこで通話を終了させた。取り敢えず必要なことは伝えたので、それでヨシとする。恐らく三時間後に怒られるだろうが、その時はその時だ。

 着替え終えた啓介は、改めて笹沼の制作した服を手に取り、丁寧に広げてみた。綺麗な縫い目で、職業用ミシンを使用していることがうかがえる。
 大学の課題などを効率的にこなすことを考えたら、職業用ミシンの購入は必須だなと啓介は考えた。そうなると、ロックミシンも欲しくなる。 
 
 衣装に使っている生地やボタンなどの装飾品は、コンテスト用のためかそれなりに良いものだった。ざっと見積もっただけで、一着作るのに三万円以上はかかっていそうだ。
 その他に課題の制作費やデザイン画に使う画材など、学費以外にかかる費用は一体いくらになるのだろう。
 啓介は、はぁっと大きく息を吐いた。頭の中で電卓をたたくと、憂鬱になってくる。

「空から一億円くらい降ってこないかなぁ」

 脱いだ衣装をひとまとめに抱えて戻ると、里穂は「遅いよ」と腰に手を当て口を尖らせた。啓介は特に悪びれる風もなく、借りていた衣装を里穂に手渡す。

「ごめんね。だって、この裏側どうなってるのかなぁとか、タックの付け方とか気になっちゃってさ。すっごい見ちゃった」
「あー、それは解る。他の人の作ったモノって気になるよね」

 里穂は啓介を椅子に座らせると、手際よくウィッグを外し舞台用のメイクを落とした。髪をセットし直した後、スッピンの啓介の顔を見てニンマリ笑う。

「ねぇねぇ。ちょっとこの色のアイシャドーとリップ試したいんだ。顔貸してくんない?」
「え。自分の顔で試せばいいじゃない?」
「だって、せっかくこんなに映えそうな顔がここにあるのに」
「やだよ。僕、もう帰りたい」

 疲れ切った表情で訴えれば、しょうがないなぁと諦めてくれた。

「じゃあ、来た時と同じ感じでいい?」
「うん。あ、待って。来た時より薄めがいい」

 直人が『戻ったら飯食おう』と言っていたことを思い出す。あまり濃いメイクでは嫌がられそうだ。
 啓介のリクエストに「はいはい」と答えた里穂は、化粧下地を丁寧に塗り始めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...