32 / 46
【第10話】 chemistry
しおりを挟む加勢の持つカメラのレンズが大きな眼球に見えて、ぞわりと肌が粟立った。
自分の中身が、何もかも暴かれてしまいそうだ。
「喧嘩をしよう」という物騒な言葉に、啓介たちの空気が揺れたのを察したのかもしれない。加勢は可笑しそうにニヤリと口端を上げた。
「まぁそう構えんなって。とりあえず三人まとめて撮るから、そこのソファに好きなように座ってくれ。最初はカメラを見なくていい。なんなら三人で気楽に雑談してて構わない」
加勢が顎でスタジオの中央を示す。
来た時には白壁しかなかった空間に、古びたレンガ模様の布が吊るされていた。そのレンガの布を背景に、真っ赤なベルベットのソファがポツンと一つ置かれている。高級感のあるアンティークなデザインはどこか退廃的で、まるでヴァンパイアの眠る古城のような雰囲気だ。
「なんか、吸血鬼が住んでそうな城って感じだな」
快はそう言いながらスタジオの中央に進み出て、ソファの真ん中を陣取り足を組んだ。自分と快の思考回路が似ていることに、啓介は少し複雑な気分になる。無言のまま啓介もソファに近づき、先に座っている快を見下ろした。
二人掛けのソファの真ん中に居られては、もう座るスペースは残されていない。
「ねぇ、どっちかにつめてくれない?」
「ヤダよ。俺が王様で、お前らは下僕って感じで行こうぜ。両側に控えろよ」
「そんなのお断り」
啓介は言うと同時に快の右側に無理やり体を捻じ込んで座った。「何だよオマエ!」と抗議しながらも快が思わず身を引いたので、無事に自分のスペースを確保する。
啓介は肘掛けに腕を預け頬杖をつき、勝ち誇ったような視線を快に送った。苦々しい表情で快が啓介を睨み返す。
その間もシャッターを切る音は絶えず続いていた。
「キミはそこでいいの?」
啓介は体をのけ反らせ、背もたれの後ろ側に立っていた永遠に問いかけた。永遠は考え込むように首を少し傾ける。
「そうだね。それなら私は、二人の上に乗ろうかな」
どういう意味かと尋ねる前に、永遠はソファの後ろ側から前に回り込んだ。中性的な顔でにっこり微笑み、遠慮なく啓介と快の膝の上に仰向けに寝そべる。
予想外のことに呆気に取られ、つい快と顔を見合わせてしまった。しかし直ぐに、お互いツンと澄ましてそっぽを向く。
快が気まずさを誤魔化すように、不機嫌そうな声を出した。
「永遠、なんなんだよオマエ。降りろよ」
「だって、こうしないと私の座るところないじゃん」
膝に頭を乗せている永遠が「ねえ?」と同意を求めるので、啓介は困惑気味にうなずいた。永遠は満足そうに目を細め、加勢に向かって「バラの花びら降らせて欲しい」と呼び掛ける。加勢がカメラを構えたまま豪快に笑った。
「男三人って聞いたときはむさくるしいと思ったが、案外絵になるな。バラの花びらか。用意しときゃよかった」
「男三人?」
啓介と快の声が重なる。
「なんだ、永遠は女の子じゃないのかよ。終わったら連絡先聞こうと思ってたのに。なんで男なのに自分のこと『私』って言ってんの」
「ちょっと」
快の無遠慮な発言に、啓介は眉をひそめて窘める。まるで自分に向かって言われているようで、どうにも居心地が悪かった。
しかし当の本人である永遠は、ケロッとした調子で快を見る。
「『私』って言うのは、自分を表す言葉でピンと来るのがないから仕方なく。あ、でも私はトランスジェンダーと少し違うの。Xジェンダー」
「何それ」
間髪入れずに聞き返す快に、永遠はクスクス笑った。
「Xジェンダーにも種類があるから、一言じゃ説明できないな。私は『中性』なの。お家に帰ったら調べてみてよ。ねぇ、お兄さんも私と一緒でしょ?」
膝の上から真っ直ぐに見上げられ、啓介は固まる。
永遠の発した単語は以前検索した時に引っかかったワードなので、既に知っていた。
Xジェンダーの中性は、『自身を男と女の中間だと認識している人』を指す。
啓介は永遠の目を見返しながら、静かに息を吐きだした。
「僕はちょっと違う。多分、Xジェンダーの『不定性』だから」
『二つの性の間で自認する性が揺れ動く』その一文を見た時には、我ながら面倒臭いなと思ったものだ。
誰にも。
直人にさえ言っていない告白は啓介なりに覚悟が要ったが、永遠は「そっかぁ」とさっぱりした答えを返しただけだった。
それはまるで目玉焼きに何をかけるかを問い、塩という返答を聞いたような、そんな気軽さだった。何でもない事のような反応がなぜか嬉しくて、啓介は思わず永遠の頭をよしよしと撫でる。
「じゃ、そろそろ目線もらえるか。……そういや、お前らの名前まだ聞いてなかったな」
加瀬からの問いかけに、永遠が少しだけ上体を起して「私は、永遠」と名乗った。それに続いて快が軽く手を挙げる。
「俺は快。母親は有名なスタイリスト」
「ああ、知ってる。ルーシーだろ? 快は本名のまま活動するのか」
「んー、多分」
加勢が残る啓介にピントを合わせた。啓介は逡巡しながら天井をぐるりと見回したが、結局なにも思い付かない。
「僕は、まだ決めてない」
「そうか、お前は名無しか」
レンズ越しに加勢が、意地悪く告げた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる