されど服飾師の夢を見る

雪華

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chemistry③

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「よし。名無し、お疲れ。今日はもういいぞ」

 今の撮影で、この日のスケジュールは全て終了だったらしい。セットを片付け始めるスタッフと入れ替わるように、啓介はスタジオの隅で見守ってくれていた緑川の元へ戻る。何だかまだ夢見心地で、足元がふわふわしていた。
 緑川の側にいた永遠が子犬のように跳ねながら遠慮なく飛びついてくるので、思わずよろめいてしまう。

「お兄さん、凄く凄くカッコよかった。私も隣に並びたかった。ねぇ、お兄さん次の撮影も来るよね?」
「そうね。まぁ、来るつもりでいるけど」

 右腕にぶら下がる永遠を引き剥がしながら、啓介が答える。

「じゃあさ、私と同じ事務所に入らない? まだ決めてないんでしょ」
「永遠と同じ事務所?」

 相変わらずぴょんぴょん飛び跳ねる永遠の後ろから、スーツ姿の若い男性が一歩前に進み出た。啓介に向かって名刺を差し出し、恭しく頭を下げる。

「永遠のマネージャーの倉持です。緑川先生にもお話させて頂いたのですが、ぜひうちの事務所に来ていただければと思いまして」

 名刺を受け取りながら、啓介は緑川を見た。緑川は軽く頷いて「良いと思うわ」と口を開く。

「規模は大きくないけど良い事務所よ。所属している子達を、とても大事にしてる。本当は快くんの所も良いと思ったんだけどね。あなた、あの子と合わなそうだから」

 言いながら緑川が控室の方に視線を向けた。快はさっさと着替えに戻ってしまったらしい。

「お兄さんのこと、快くん歯を食いしばって見てたよ。きっと凄く悔しかったんだと思う。だってお兄さん、今日が初めての撮影と思えないくらいの迫力だったから。私も快くんも、お兄さんからずっと目が離せなかった。ドキドキし過ぎて心臓が痛くなっちゃった」

 永遠が胸に手を当てたので、「これで心臓、二つ目かな」と啓介はこっそり微笑む。

「ね、お願い。お兄さん、うちの事務所に来て」
「いいけど、僕は積極的に芸能活動するつもりないよ。メリットある時はやるかもしれないけど、大学最優先でいい? モデルの仕事に足引っ張られてデザイナーになれないんじゃ、本末転倒だからさぁ」

 永遠にではなく、倉持に向かって告げる。生意気な物言いにも倉持は笑顔を崩さず、「もちろんです」と頷いてみせた。

「その辺の事情も緑川先生から伺っております。ひとまずメインの仕事はブレイバーの専属モデルで。その他の依頼が来た時には、その都度話し合って決めましょう。無理は絶対にさせません」

 潤んだ目で見上げる永遠と熱意のこもった倉持の眼差しに圧倒され、啓介は少しだけたじろぐ。緑川が「急がなくても大丈夫よ。お母様と相談してから決めたらいいわ」と助け船を出してくれたが、啓介は首を横に振った。

「ううん、いいや。今日決めちゃう。だって僕のワガママ聞いてくれるところなんて、そうそうないだろうから。倉持さん、それじゃあよろしくお願いします」
「こちらこそ! 正式な契約はまた後日改めて。梅田くんの担当は、責任もって僕が務めますのでご安心くださいね」

 倉持が満面の笑みで右手を差し出したので、啓介もその手を取った。永遠が「私も!」とはしゃぎながら、啓介と倉持の手の上に自分の手を重ねる。

「おや、事務所が決まったのかな? それは良かった」

 穏やかな声がしたのでそちらに目を向けると、海藤が笑顔で近づいてくるところだった。その背後には、着替えを終えて渋々海藤に連れてこられた快の姿もある。

「君がブレイバーの専属モデルを引き受けてくれて嬉しいよ。今日の撮影も素晴らしかったね。君には天賦の才がある」

 海藤が手放しで啓介を褒めた瞬間、快の表情が酷く歪んだ。そこから読み取れるのは、悔しさよりも焦燥。しかし啓介の方も、快と同じような表情をしていたかもしれない。
 啓介は快の全身に目を走らせ、その私服姿にハッとした。

 白黒の半袖ボーダーシャツに黒のワイドパンツ。サスペンダーは、左側だけわざと外している。ボーダーシャツとアームカバーを繋ぐのは武骨な安全ピンで、水色の安っぽいおもちゃの指輪がとんでもなく洒落て見えた。頭には黒のソフトハットを被っていて、カジュアルになり過ぎない絶妙なバランスだ。

 死ぬほど自分好みのコーディネートなのに、自分には逆立ちしても真似できそうもないアイテムのチョイスだった。
 何故そこでその色を選べたんだ。何故そのアイテムを思い付けるんだ。
 快のセンスに嫉妬して、気付くと拳を握り締めていた。

 啓介と快の間に散った火花が見えたのか、海藤が顎に手を添えて静かにうなずく。

「君たちはよく似ているね。似過ぎて磁石の同極みたいだ。永遠が上手く繋いでくれるかな。……ブレイバーで起こる化学反応、楽しみにしているよ」
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