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◇第1章 裸の王様◇
fortun①
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日本を代表する大手アパレルメーカーfortune代表取締役社長。
それが玲旺の父親の肩書だ。
元は江戸時代から続いた老舗の呉服問屋だったが、「これからは女性も洋装の時代が来る」と、曾祖父の代で洋服の仕立てと販売へ舵を切った。その予見は見事に当たり、フォーチュンは衣料品メーカーとしての確固たる地盤を築いて、今に至る。
しかしその由緒正しき家柄のお陰で、玲旺は随分苦い思いもさせられた。人は笑顔の下に素顔を隠し持っていると、幼い頃から学べたのは良かったのか、悪かったのか。
小学生の頃、人の顔色を常に伺い腹を探るのが上手い級友に嫌悪を抱いていたが、今思えば彼なりの自衛だったのだろうと同情したくなる。
飲む気の失せた珈琲をそのままテーブルに残し、玲旺は席を立った。店の外でピンと背筋を伸ばして待っていた藤井は、玲旺が歩き出すとその少し後ろを文句も言わずに付いてくる。
藤井は無表情と言うわけではないが、感情を読み取るのが難しい。
首をほんの少し捻って観察していると、視線に気づいたのか藤井が玲旺に向かって声を掛けた。
「久しぶりの日本はいかがですか? 玲旺様はイギリスでの寮生活が長かったですから、ご家族との団らんも懐かしいのではありませんか」
「団らん? そんなもん、今も昔もねーよ。みんな忙しいからさぁ、俺はいつも除け者みたいで嫌になっちゃうよね」
冗談めかして肩をすくめたが、藤井は真剣な表情で玲旺の行く先を塞ぐように前に出た。
「除け者なんて、そんな訳ないでしょう。ご両親はいつも玲旺様のことを第一に考えておられますよ」
急に行く手を阻まれた玲旺は、不機嫌そうに藤井を押しのける。
「俺は別に傷ついてるわけじゃないから、慰めとかいらねぇよ」
藤井は複雑そうな表情で、大人しく玲旺の後ろに下がった。強がっているのだと思われたなら心外だと、玲旺はうんざりしながらため息を吐く。別に団らんなど欲していないのだから、それが手に入らずとも少しも悲しいことなんてないのに。
確かに、父親に叱られた記憶も褒められた記憶もないのは一般的に見て「可哀想」と言われる部類に入るのかもしれないが、玲旺にとってはどうでも良いことだった。
そうこうしているうちに、日本橋にあるフォーチュンの本社ビルにたどり着く。
建物に一歩足を踏み入れた瞬間、先ほどまで服従していた藤井が、あっさりと玲旺に背を向けた。「社内では特別扱いしないようにと社長から仰せつかっておりますので」と告げ、玲旺を残して丁度よく来たエレベーターに乗り込んでしまう。
急に突き放すような藤井の態度に腹が立って、玲旺は閉まりかけた扉に強引に身を滑り込ませた。総務部の階数ボタンが押されていなかったので、玲旺は「押せ」と顎で示す。藤井は特別扱いしないと言った手前、素直に押すかどうか少し悩むように眉根を寄せたが、仕方ないと諦めたのか五階のボタンに指を伸ばした。
一緒に乗り合わせていた他の社員は、社長付きの第一秘書である藤井を顎で使う玲旺を見てピタリと雑談を止める。「コレが今度入社してきた御曹司か」と、粗相してはいけないという張り詰めた空気がみるみる充満していった。
不自然なほど沈黙の続くエレベーターで階床表示灯を見上げながら、玲旺は誰にも気づかれないように小さく息を吐く。
俺と一緒の空間は、息が詰まるかい?
俺だって、こんなに窮屈で居心地の悪い毎日は勘弁してほしいよ。
と、俯きたいのを我慢して奥歯を噛みしめた。
それが玲旺の父親の肩書だ。
元は江戸時代から続いた老舗の呉服問屋だったが、「これからは女性も洋装の時代が来る」と、曾祖父の代で洋服の仕立てと販売へ舵を切った。その予見は見事に当たり、フォーチュンは衣料品メーカーとしての確固たる地盤を築いて、今に至る。
しかしその由緒正しき家柄のお陰で、玲旺は随分苦い思いもさせられた。人は笑顔の下に素顔を隠し持っていると、幼い頃から学べたのは良かったのか、悪かったのか。
小学生の頃、人の顔色を常に伺い腹を探るのが上手い級友に嫌悪を抱いていたが、今思えば彼なりの自衛だったのだろうと同情したくなる。
飲む気の失せた珈琲をそのままテーブルに残し、玲旺は席を立った。店の外でピンと背筋を伸ばして待っていた藤井は、玲旺が歩き出すとその少し後ろを文句も言わずに付いてくる。
藤井は無表情と言うわけではないが、感情を読み取るのが難しい。
首をほんの少し捻って観察していると、視線に気づいたのか藤井が玲旺に向かって声を掛けた。
「久しぶりの日本はいかがですか? 玲旺様はイギリスでの寮生活が長かったですから、ご家族との団らんも懐かしいのではありませんか」
「団らん? そんなもん、今も昔もねーよ。みんな忙しいからさぁ、俺はいつも除け者みたいで嫌になっちゃうよね」
冗談めかして肩をすくめたが、藤井は真剣な表情で玲旺の行く先を塞ぐように前に出た。
「除け者なんて、そんな訳ないでしょう。ご両親はいつも玲旺様のことを第一に考えておられますよ」
急に行く手を阻まれた玲旺は、不機嫌そうに藤井を押しのける。
「俺は別に傷ついてるわけじゃないから、慰めとかいらねぇよ」
藤井は複雑そうな表情で、大人しく玲旺の後ろに下がった。強がっているのだと思われたなら心外だと、玲旺はうんざりしながらため息を吐く。別に団らんなど欲していないのだから、それが手に入らずとも少しも悲しいことなんてないのに。
確かに、父親に叱られた記憶も褒められた記憶もないのは一般的に見て「可哀想」と言われる部類に入るのかもしれないが、玲旺にとってはどうでも良いことだった。
そうこうしているうちに、日本橋にあるフォーチュンの本社ビルにたどり着く。
建物に一歩足を踏み入れた瞬間、先ほどまで服従していた藤井が、あっさりと玲旺に背を向けた。「社内では特別扱いしないようにと社長から仰せつかっておりますので」と告げ、玲旺を残して丁度よく来たエレベーターに乗り込んでしまう。
急に突き放すような藤井の態度に腹が立って、玲旺は閉まりかけた扉に強引に身を滑り込ませた。総務部の階数ボタンが押されていなかったので、玲旺は「押せ」と顎で示す。藤井は特別扱いしないと言った手前、素直に押すかどうか少し悩むように眉根を寄せたが、仕方ないと諦めたのか五階のボタンに指を伸ばした。
一緒に乗り合わせていた他の社員は、社長付きの第一秘書である藤井を顎で使う玲旺を見てピタリと雑談を止める。「コレが今度入社してきた御曹司か」と、粗相してはいけないという張り詰めた空気がみるみる充満していった。
不自然なほど沈黙の続くエレベーターで階床表示灯を見上げながら、玲旺は誰にも気づかれないように小さく息を吐く。
俺と一緒の空間は、息が詰まるかい?
俺だって、こんなに窮屈で居心地の悪い毎日は勘弁してほしいよ。
と、俯きたいのを我慢して奥歯を噛みしめた。
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