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◇第5章 愛してはいけない◇
せめてもの餞②
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「大学三年の時に家庭教師のバイトしてて、その時の生徒だよ。教えてるうちに恋愛関係になって、暫く付き合ってた。俺は真剣だったけど、あっちはそうじゃなかったみたいだから、恋人と呼んで良いのか解らないな」
「それって……」
久我の言い方から事情を察したのか、玲旺が気まずそうに口ごもる。ここで話を止めても充分に伝わっているだろうが、久我は敢えて言葉を続けた。
「あいつが東京の大学に合格したから、それなら一緒に暮らさないかって部屋の鍵を渡したんだ。俺は先に就職で上京してたからね。二週間くらい部屋に居続ける事もあれば、一ヶ月帰って来ないこともあった。でもまぁ、基本は週に一日か二日、俺の部屋で過ごす感じかな。だから俺は半同棲のつもりだったよ。でも、アイツにとって俺の部屋は、都合のいいただの遊び場だったらしい」
淡々と話していたが、その時の場面が鮮明に蘇って言葉に詰まる。
営業の外回り中、大事な書類を家に忘れたことに気付き、一旦部屋に戻った久我が見た光景は、信じられないものだった。
玄関に転がる女物の靴と、恋人だと思っていた男のスニーカー。ベッドルームから聞こえてくる甲高い嬌声。
よせばいいのに、部屋のドアを開けてしまった。
突然の乱入者に女は驚いて悲鳴を上げ、根本は「あーあ」と悪びれることなく面倒くさそうに頭を掻いた。
もしも根本の相手が男だったら、ここまで引きずらなかったかもしれない。
どういうことだと詰め寄る久我に対し、根本が放った呆れたような声と嘲笑が、今でも耳にこびりついている。
『うっざ。浮気ぐらいでガタガタ言うなよ。ってか俺、本命は別にいるからね? ぶっちゃけセンセイもただの浮気相手の一人なんだから、彼氏ヅラすんなっつーの。ほら、俺って元はノンケじゃん? 男にしてもらうのちょっと興味あったからさぁ、丁度いいなーと思ってセンセイからの告白オッケーしたんだよね』
事もなげにそう言い放った彼にとって、久我は都合の良い道具かアクセサリーだったらしい。だからきっと、そんな言葉を吐いたところでこちらが傷つくなんて想像すらしていないのだろう。
『見て。俺のコレクション』
笑いながら見せられた根本のスマホには、ずらりと遊び相手の連絡先が並んでいた。名前の横にはそれぞれ星印がついていて、どうやら星の数によってランク付けをしているらしい。
『久我センセーは顔も良いしセックス上手いし、お気に入りだったから星四つ。バレちゃって残念だけど、でもやっぱ俺は女の子の方がいいや。ま、最近マンネリ気味だったし? ネコ役にも飽きて来た頃だったから、いいタイミングだったかもね。じゃ、今日でバイバイってことで』
付き合っていた三年という月日も想い出も、久我が愛だと信じていたものをバッサリ切捨てて、根本は振り向くことなく部屋を出て行った。
その後ろ姿に、どうしても玲旺を重ねてしまう。
久我はハンドルを握りながら、自虐的な笑みを浮かべた。
「巻き込んでごめんな。まさか、あんな所で根本と再会するなんて思わなかった。しかしアイツ、一緒に居た子を『彼女』って言ってたな。あのままもう、男と付き合うのは止めたってことか。やっぱり元々ノンケだと、結局最終的には女の子との方が良いって思うんだろうね」
言いながら心の中で「桐ケ谷だってそうだろう?」と付け足した。どんなに好きだと言う気持ちが本物だとしても、いつ色褪せるかわからない。
玲旺は相槌も打たずに黙ったままだった。
重い空気に耐えられず、久我が「出張はどうだった?」と話題を変える。玲旺は時折考え込むような仕草をしながら、向こうでの出来事をいつもの口調で億劫そうに答えた。
どうにか事故も起さず会社の駐車場に戻り、サイドブレーキを引いてから久我はホッと小さく息を吐く。
「ねぇ久我さん」
思い詰めたような玲旺が、シートベルトを外す久我の手を握った。
「俺、さっきの奴とは違うよ」
急に何を言い出すのかと、驚いて玲旺の顔を見る。再会してからずっと玲旺は平然としていたので、てっきりもう諦めてくれたのだとばかり思っていた。玲旺は熱のこもった目で真っ直ぐにこちらを見つめ返し、逃げ場のない狭い車内で運転席に身を乗り出す。
「俺を選べよ。一緒にロンドンへ行こう」
息を飲んだ久我の喉が鳴り、怯えたように首を小さく振った。
「それは……出来ない。怖いんだよ。いつか飽きられてお前が離れていくと思ったら、恐ろしくてこれ以上近づけない」
「このままでも俺は離れていくんだぞ、わかってんだろ? 今俺を選ばなかったら、千回後悔するぞ」
「……千回じゃ、済まないだろうな」
久我は弱々しく笑った。簡単に想像できる未来だった。あの時玲旺を受け入れていればと、未練たらしく毎日毎日後悔するだろう。
「それって……」
久我の言い方から事情を察したのか、玲旺が気まずそうに口ごもる。ここで話を止めても充分に伝わっているだろうが、久我は敢えて言葉を続けた。
「あいつが東京の大学に合格したから、それなら一緒に暮らさないかって部屋の鍵を渡したんだ。俺は先に就職で上京してたからね。二週間くらい部屋に居続ける事もあれば、一ヶ月帰って来ないこともあった。でもまぁ、基本は週に一日か二日、俺の部屋で過ごす感じかな。だから俺は半同棲のつもりだったよ。でも、アイツにとって俺の部屋は、都合のいいただの遊び場だったらしい」
淡々と話していたが、その時の場面が鮮明に蘇って言葉に詰まる。
営業の外回り中、大事な書類を家に忘れたことに気付き、一旦部屋に戻った久我が見た光景は、信じられないものだった。
玄関に転がる女物の靴と、恋人だと思っていた男のスニーカー。ベッドルームから聞こえてくる甲高い嬌声。
よせばいいのに、部屋のドアを開けてしまった。
突然の乱入者に女は驚いて悲鳴を上げ、根本は「あーあ」と悪びれることなく面倒くさそうに頭を掻いた。
もしも根本の相手が男だったら、ここまで引きずらなかったかもしれない。
どういうことだと詰め寄る久我に対し、根本が放った呆れたような声と嘲笑が、今でも耳にこびりついている。
『うっざ。浮気ぐらいでガタガタ言うなよ。ってか俺、本命は別にいるからね? ぶっちゃけセンセイもただの浮気相手の一人なんだから、彼氏ヅラすんなっつーの。ほら、俺って元はノンケじゃん? 男にしてもらうのちょっと興味あったからさぁ、丁度いいなーと思ってセンセイからの告白オッケーしたんだよね』
事もなげにそう言い放った彼にとって、久我は都合の良い道具かアクセサリーだったらしい。だからきっと、そんな言葉を吐いたところでこちらが傷つくなんて想像すらしていないのだろう。
『見て。俺のコレクション』
笑いながら見せられた根本のスマホには、ずらりと遊び相手の連絡先が並んでいた。名前の横にはそれぞれ星印がついていて、どうやら星の数によってランク付けをしているらしい。
『久我センセーは顔も良いしセックス上手いし、お気に入りだったから星四つ。バレちゃって残念だけど、でもやっぱ俺は女の子の方がいいや。ま、最近マンネリ気味だったし? ネコ役にも飽きて来た頃だったから、いいタイミングだったかもね。じゃ、今日でバイバイってことで』
付き合っていた三年という月日も想い出も、久我が愛だと信じていたものをバッサリ切捨てて、根本は振り向くことなく部屋を出て行った。
その後ろ姿に、どうしても玲旺を重ねてしまう。
久我はハンドルを握りながら、自虐的な笑みを浮かべた。
「巻き込んでごめんな。まさか、あんな所で根本と再会するなんて思わなかった。しかしアイツ、一緒に居た子を『彼女』って言ってたな。あのままもう、男と付き合うのは止めたってことか。やっぱり元々ノンケだと、結局最終的には女の子との方が良いって思うんだろうね」
言いながら心の中で「桐ケ谷だってそうだろう?」と付け足した。どんなに好きだと言う気持ちが本物だとしても、いつ色褪せるかわからない。
玲旺は相槌も打たずに黙ったままだった。
重い空気に耐えられず、久我が「出張はどうだった?」と話題を変える。玲旺は時折考え込むような仕草をしながら、向こうでの出来事をいつもの口調で億劫そうに答えた。
どうにか事故も起さず会社の駐車場に戻り、サイドブレーキを引いてから久我はホッと小さく息を吐く。
「ねぇ久我さん」
思い詰めたような玲旺が、シートベルトを外す久我の手を握った。
「俺、さっきの奴とは違うよ」
急に何を言い出すのかと、驚いて玲旺の顔を見る。再会してからずっと玲旺は平然としていたので、てっきりもう諦めてくれたのだとばかり思っていた。玲旺は熱のこもった目で真っ直ぐにこちらを見つめ返し、逃げ場のない狭い車内で運転席に身を乗り出す。
「俺を選べよ。一緒にロンドンへ行こう」
息を飲んだ久我の喉が鳴り、怯えたように首を小さく振った。
「それは……出来ない。怖いんだよ。いつか飽きられてお前が離れていくと思ったら、恐ろしくてこれ以上近づけない」
「このままでも俺は離れていくんだぞ、わかってんだろ? 今俺を選ばなかったら、千回後悔するぞ」
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