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◇第6章 「行ってきます」の代わりに◇
生まれ変わったんだってば①
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まさか半年でロンドンに戻ってくるとは思わなかったと、玲旺はヒースロー空港のターミナルで苦笑いした。
いつもなら、飛行機を降りればすぐにコンシェルジュが駆け付けて荷物を持ってくれるのだが、今回はそれを辞退した。一人きりでスーツケースを転がしながら、エクスプレスの乗り場へ向かう。
空港に着いてから切符を買うまでの間に、もう既に二回も姉から電話が掛ってきていた。その度「迎えは要らない。一人で大丈夫」と言っても、心配で仕方ないらしい。
ホームで電車を待っていると、三度目の着信が鳴った。
「しつけーぞ」
『だって、玲旺くんが電車で来るなんて言うから。ムリに決まってるでしょう? 誘拐されちゃう』
「ホント、馬鹿じゃないの? 俺もう大人だからね?」
『琳瑚も玲旺くんは成長したから大丈夫って言ってたけど、でも、電車に乗ったことなんてなかったじゃない』
琳瑚はすぐ上の姉の名だ。初めこそ「熱でもあるんじゃない」と怪しがっていたが、間近で変わり様を見ていたので、今ではある程度の信頼も得ている。ただ、傍若無人な頃の玲旺しか知らない一番上の姉は、納得がいかないようだった。
「こっちの電車は確かに初めてだけど、知らない場所じゃないし、心配すんなって」
『そんなこと言って、何かあったらどうするの』
一回りも年が離れている姉は、実の母よりも母親らしい。本気で心配している姉がだんだん不憫に思えてきて、玲旺は出来る限り優しい声で諭す。
「パディントン駅に着いたら一度電話する。そのあと地下鉄に乗り換えたら、一駅通過するごとにメール送るから。ね、だから安心して。もう電車が来るから切るよ。エクスプレスだからすぐ着く、大丈夫だってば」
渋々了承した姉の声を聞いてから電話を切り、やれやれと小さく笑う。
「俺、相当頼りなく思われてたんだなぁ」
たった半年で、随分世界が変わった。
全部久我のお陰だ。
ぐっと唇を噛みしめる。更に成長するためにここに来たんだと、未練を断ち切るように到着した電車に乗り込んだ。
「玲旺くん、ちょっと顔つき変わった?」
久しぶりに会った姉は開口一番にそう言いながら、玲旺の顔をしげしげと見た。玄関まで迎えに出てきた姉の手にはスマートフォンが握られたままで、玲旺が到着するまで気が気でなかったことが伺える。呆れながら肩をすくめる玲旺を、姉の夫がリビングから笑顔で出迎えた。
「玲旺くん久しぶりだね。日本からの荷物、部屋に届いているよ。後で荷ほどき手伝おうか」
「博之さん、お久しぶりです。荷物は後でのんびり片付けるから、手伝いは大丈夫。ありがと」
驚いたように、姉と義兄の博之が顔を見合わせる。
「玲旺くんが自分で荷物を片付けるの? 後から藤井さんが来るとかじゃなくて? ここから日本に引っ越すときは、自分ではなんにもしなかったじゃない」
「だから、俺は生まれ変わったつもりで頑張ってるんだってば。琳瑚にも聞いたんだろ?」
「まあまあ。玲旺くんも長旅で疲れたろう? 瑠璃、お茶を淹れたから積もる話はリビングで。それにしても、玲旺くんに『ありがとう』なんて言ってもらえる日が来るとは、ね」
博之が照れたように頭を掻きながら、玲旺を招き入れた。「さすがにありがとうくらい言ってただろ」と抗議したい所だったが、思い返すと確かに言っていなかった気もする。
リビングのソファに身を沈め、恥ずかしさに耐えきれず玲旺は片手で顔を覆った。
「ほんっと、俺、あの頃ダメだったよなぁ。今までごめん。生意気だったよね」
家族とは言えよく見捨てられなかったものだなと、申し訳なくて涙が出そうになる。
姉の瑠璃が玲旺の前にティーカップを置きながら、「本当に玲旺くん? 偽物じゃないよね?」と、疑うように顔を覗き込んだ。
「日本で自分を見つめ直す機会に恵まれたのかな。きっと良い出会いがあったんだろうね」
穏やかに微笑む博之に、玲旺は深く頷く。瑠璃は持ち上げたカップの中で揺れる綺麗な紅色に目を落とし、「そっかぁ」と小さく呟いた。
「私は正直、玲旺くんがこちらに戻るって聞いた時には、まだ早いと思ったの。だからもしかして、何かやらかして日本から引き離さなきゃいけなくなったのかなって。でも、玲旺くんちゃんと認められてここに来たのね。偉かったね」
「う……ん。そうだね、頑張った、かな」
多少やらかしている自覚はあるので、歯切れ悪く返事をした。久我のことは藤井しか知らないので、余計な事は言わずに口をつぐむ。
「お義父さんから、玲旺くんは秘書業務ではなく店舗で勤務させるように言われてるんだ。玲旺くんに接客と販売は少し不安だったんだけど、実際に会ったら納得したよ。大丈夫そうだね」
「えっ、店舗勤務? 俺が販売?」
「そう。私も最初の一年は店舗勤務だったのよ。直にお客様の声を聞けたり、仕入れたものを売り切るまで見届けたり、凄く勉強になった。玲旺くんもきっといい経験が積めるはずよ」
てっきり姉の元で秘書業務をこなしながら経営について学ぶのだろうと考えていた玲旺は、予想外の事に眉間に皺を寄せた。
いつもなら、飛行機を降りればすぐにコンシェルジュが駆け付けて荷物を持ってくれるのだが、今回はそれを辞退した。一人きりでスーツケースを転がしながら、エクスプレスの乗り場へ向かう。
空港に着いてから切符を買うまでの間に、もう既に二回も姉から電話が掛ってきていた。その度「迎えは要らない。一人で大丈夫」と言っても、心配で仕方ないらしい。
ホームで電車を待っていると、三度目の着信が鳴った。
「しつけーぞ」
『だって、玲旺くんが電車で来るなんて言うから。ムリに決まってるでしょう? 誘拐されちゃう』
「ホント、馬鹿じゃないの? 俺もう大人だからね?」
『琳瑚も玲旺くんは成長したから大丈夫って言ってたけど、でも、電車に乗ったことなんてなかったじゃない』
琳瑚はすぐ上の姉の名だ。初めこそ「熱でもあるんじゃない」と怪しがっていたが、間近で変わり様を見ていたので、今ではある程度の信頼も得ている。ただ、傍若無人な頃の玲旺しか知らない一番上の姉は、納得がいかないようだった。
「こっちの電車は確かに初めてだけど、知らない場所じゃないし、心配すんなって」
『そんなこと言って、何かあったらどうするの』
一回りも年が離れている姉は、実の母よりも母親らしい。本気で心配している姉がだんだん不憫に思えてきて、玲旺は出来る限り優しい声で諭す。
「パディントン駅に着いたら一度電話する。そのあと地下鉄に乗り換えたら、一駅通過するごとにメール送るから。ね、だから安心して。もう電車が来るから切るよ。エクスプレスだからすぐ着く、大丈夫だってば」
渋々了承した姉の声を聞いてから電話を切り、やれやれと小さく笑う。
「俺、相当頼りなく思われてたんだなぁ」
たった半年で、随分世界が変わった。
全部久我のお陰だ。
ぐっと唇を噛みしめる。更に成長するためにここに来たんだと、未練を断ち切るように到着した電車に乗り込んだ。
「玲旺くん、ちょっと顔つき変わった?」
久しぶりに会った姉は開口一番にそう言いながら、玲旺の顔をしげしげと見た。玄関まで迎えに出てきた姉の手にはスマートフォンが握られたままで、玲旺が到着するまで気が気でなかったことが伺える。呆れながら肩をすくめる玲旺を、姉の夫がリビングから笑顔で出迎えた。
「玲旺くん久しぶりだね。日本からの荷物、部屋に届いているよ。後で荷ほどき手伝おうか」
「博之さん、お久しぶりです。荷物は後でのんびり片付けるから、手伝いは大丈夫。ありがと」
驚いたように、姉と義兄の博之が顔を見合わせる。
「玲旺くんが自分で荷物を片付けるの? 後から藤井さんが来るとかじゃなくて? ここから日本に引っ越すときは、自分ではなんにもしなかったじゃない」
「だから、俺は生まれ変わったつもりで頑張ってるんだってば。琳瑚にも聞いたんだろ?」
「まあまあ。玲旺くんも長旅で疲れたろう? 瑠璃、お茶を淹れたから積もる話はリビングで。それにしても、玲旺くんに『ありがとう』なんて言ってもらえる日が来るとは、ね」
博之が照れたように頭を掻きながら、玲旺を招き入れた。「さすがにありがとうくらい言ってただろ」と抗議したい所だったが、思い返すと確かに言っていなかった気もする。
リビングのソファに身を沈め、恥ずかしさに耐えきれず玲旺は片手で顔を覆った。
「ほんっと、俺、あの頃ダメだったよなぁ。今までごめん。生意気だったよね」
家族とは言えよく見捨てられなかったものだなと、申し訳なくて涙が出そうになる。
姉の瑠璃が玲旺の前にティーカップを置きながら、「本当に玲旺くん? 偽物じゃないよね?」と、疑うように顔を覗き込んだ。
「日本で自分を見つめ直す機会に恵まれたのかな。きっと良い出会いがあったんだろうね」
穏やかに微笑む博之に、玲旺は深く頷く。瑠璃は持ち上げたカップの中で揺れる綺麗な紅色に目を落とし、「そっかぁ」と小さく呟いた。
「私は正直、玲旺くんがこちらに戻るって聞いた時には、まだ早いと思ったの。だからもしかして、何かやらかして日本から引き離さなきゃいけなくなったのかなって。でも、玲旺くんちゃんと認められてここに来たのね。偉かったね」
「う……ん。そうだね、頑張った、かな」
多少やらかしている自覚はあるので、歯切れ悪く返事をした。久我のことは藤井しか知らないので、余計な事は言わずに口をつぐむ。
「お義父さんから、玲旺くんは秘書業務ではなく店舗で勤務させるように言われてるんだ。玲旺くんに接客と販売は少し不安だったんだけど、実際に会ったら納得したよ。大丈夫そうだね」
「えっ、店舗勤務? 俺が販売?」
「そう。私も最初の一年は店舗勤務だったのよ。直にお客様の声を聞けたり、仕入れたものを売り切るまで見届けたり、凄く勉強になった。玲旺くんもきっといい経験が積めるはずよ」
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