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◇第7章 One year later◇
ノスタルジア①
玲旺は氷雨がロンドンに訪れる日を指折り数えて待った。
出張ついでなのでゆっくりはできないと言っていたが、久我の近況くらいは聞けるかもしれない。それに、単純に氷雨に会えることが嬉しかった。何しろ一年半ぶりだ。
約束の日には楽しみなあまり、生まれて初めて待ち合わせの時間より早く到着したほどだった。
「氷雨さん!」
ショッピングストリートの最寄り駅で、氷雨の姿を見つけた玲旺が駆け寄る。
「キミの方が早く着いてるなんて思わなかったな。久しぶり。何だかイイ男になったわね?」
「氷雨さんも。前よりもっと美人になったね」
「えっ。キミがお世辞言うとか、怖いんだけど」
「お世辞じゃないよ?」
機嫌よく笑う玲旺の頭を「よしよし」と氷雨が撫でる。
実際、黒髪の地毛に薄化粧でもとても綺麗だった。毎日が充実しているのだろう。満ち足りた空気が氷雨の周りには漂っている。
「グレースで買い物するためにわざわざ来てくれたの?」
「最近新事業がひと段落して、やっと少し自由に動けるようになった感じでさ。ま、すぐにまた忙しくなるんだけど。今回は何カ所か行かなきゃいけない場所があってね。折角だから、無理やりスケジュール捻じ込んでみたの。キミに会いたかったし」
「俺も会いたかったから、超嬉しい」
氷雨は目をパチパチさせて、両手で自分の頬を押さえた。
「ねぇなんなの? さっきからめちゃめちゃ可愛いこと言うじゃない? 連れて帰っちゃおうかな」
うん。連れて帰ってよ。
思わず喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、玲旺はグレースの店舗へ案内する。
店頭に立っていたノアは氷雨を一目見るなり心奪われたようで、玲旺の腕を掴んで耳打ちした。
「ちょっとレオ、この物凄い美人はどちら様? 紹介してよ」
ノアは玲旺が社長の息子だと知った後でも、態度を変えずにいてくれるので有難い。むしろ「へーそうだったんだ」と大したことのないような素振りで、もっと早く打ち明けておけば良かったと思ったほどだ。そんなノアがこれほど動揺するとは、やはり氷雨は只者ではない。
「ノア、仕事中でしょ。それに、氷雨さんは男の人だよ」
「男性? そんなの全く問題ない。それより名前はヒサメって言うの? 初めまして、ヒサメ。今日、この後の予定は?」
話しかけられた氷雨は、ニッコリと妖艶にほほ笑む。その笑顔のまま玲旺を前に押し出し、ノアとの間に壁を作った。
「桐ケ谷クン、僕英語わかんないし、適当に断っといて。ゆっくり商品見たいから、邪魔すんなってくれぐれも伝えてね」
じゃ、と言って氷雨は商品を物色し出す。面倒な役回りを押し付けられたなと、玲旺は気まずそうにノアを見上げた。
「あのね、ノア。氷雨さん、忙しいんだって」
「少しの時間でいいんだ。せめてお茶だけでも」
氷雨のためにも断らないといけないが、それ以上に折角会いに来てくれた氷雨をノアに取られるのは嫌だった。
「ダメだよ。俺だって、久しぶりに会えるの凄く楽しみにしてたんだから。今日の氷雨さんの時間は、全部俺のために使ってもらうの。ノアにも譲れないからね。諦めて」
少し離れた場所で商品を手に取っていた氷雨が「ぶはっ」と吹き出した。シュンとなったノアを放って、玲旺は氷雨の元へ寄る。
「なんだよ、もう。氷雨さん英語分かってるでしょ。話せるんなら自分で断れよな」
「ごめん。とぼけてようかと思ったけど、キミがあんまり可愛いから我慢できずに笑っちゃった」
玲旺とノアの会話をしっかり理解していた氷雨は、可笑しそうに肩を揺らした。
買い物を済ませ外に出ると、重たい雲のせいで空は灰色だった。十二月のロンドンは、暗くて寒い。
その反面、通りを彩るクリスマス用の飾りは見事なもので、まだ夕方と呼ぶには早い時間だったが、既に点灯したイルミネーションは寒さを忘れるほど華やかだった。
「あー楽しい。やっぱり買い物っていいわね。ストレスが一瞬で吹っ飛ぶわ」
「氷雨さんに満足してもらえて良かった。商品は日本に送っておくね。この後どうする? 見たい所があるなら案内するけど」
そう問われた氷雨は、考え込むようなポーズを取って街並みに視線を巡らせた。
「観光よりも、キミとゆっくり話しがしたいな。前に日本人の友達が出来たって言ってたじゃない? その子のいるカフェでお茶でもしようよ」
「うん、いいよ。ここからすぐ近くだし」
さほど歩かないうちに、カフェ『Nostalgia』の看板が見えてくる。地下へ続く階段を降りて店内に入ると、カウンターの中から月島に声を掛けられた。
「レオ、いらっしゃい。珍しいね、こんな早い時間に……って、あ。こんにちは」
氷雨の存在に気付き、弾ませた声を引っ込めた月島が、緊張気味に会釈する。氷雨は笑顔を返しながらも、どこか鑑定士のような鋭い目つきで月島を無遠慮に見つめた。
「ちょっと、氷雨さん」
玲旺は氷雨の袖を引いて、空いてる席へと移動する。
「見過ぎだよ。失礼でしょ」
「えー。だって、どんなヤツか見定めたくなるじゃない? 僕の大事な桐ケ谷クンに変な虫が付いたら困るし」
テーブルを挟んで向かい合うように座った氷雨は、両手で頬杖をつきニコニコ笑った。
「変な虫って、そんなんじゃないよ。同志だよ、同志。お互い異国の地で修行中の身だから、頑張ってる姿見ると励まされるんだよ」
「そう? まぁとにかく、キミが元気そうでよかった」
ホッとしたように目を伏せ、静かにほほ笑む。
注文を取りに来た店員にオーダーを告げたあと、久我が撤退を判断した商業施設のその後を氷雨は教えてくれた。
出張ついでなのでゆっくりはできないと言っていたが、久我の近況くらいは聞けるかもしれない。それに、単純に氷雨に会えることが嬉しかった。何しろ一年半ぶりだ。
約束の日には楽しみなあまり、生まれて初めて待ち合わせの時間より早く到着したほどだった。
「氷雨さん!」
ショッピングストリートの最寄り駅で、氷雨の姿を見つけた玲旺が駆け寄る。
「キミの方が早く着いてるなんて思わなかったな。久しぶり。何だかイイ男になったわね?」
「氷雨さんも。前よりもっと美人になったね」
「えっ。キミがお世辞言うとか、怖いんだけど」
「お世辞じゃないよ?」
機嫌よく笑う玲旺の頭を「よしよし」と氷雨が撫でる。
実際、黒髪の地毛に薄化粧でもとても綺麗だった。毎日が充実しているのだろう。満ち足りた空気が氷雨の周りには漂っている。
「グレースで買い物するためにわざわざ来てくれたの?」
「最近新事業がひと段落して、やっと少し自由に動けるようになった感じでさ。ま、すぐにまた忙しくなるんだけど。今回は何カ所か行かなきゃいけない場所があってね。折角だから、無理やりスケジュール捻じ込んでみたの。キミに会いたかったし」
「俺も会いたかったから、超嬉しい」
氷雨は目をパチパチさせて、両手で自分の頬を押さえた。
「ねぇなんなの? さっきからめちゃめちゃ可愛いこと言うじゃない? 連れて帰っちゃおうかな」
うん。連れて帰ってよ。
思わず喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、玲旺はグレースの店舗へ案内する。
店頭に立っていたノアは氷雨を一目見るなり心奪われたようで、玲旺の腕を掴んで耳打ちした。
「ちょっとレオ、この物凄い美人はどちら様? 紹介してよ」
ノアは玲旺が社長の息子だと知った後でも、態度を変えずにいてくれるので有難い。むしろ「へーそうだったんだ」と大したことのないような素振りで、もっと早く打ち明けておけば良かったと思ったほどだ。そんなノアがこれほど動揺するとは、やはり氷雨は只者ではない。
「ノア、仕事中でしょ。それに、氷雨さんは男の人だよ」
「男性? そんなの全く問題ない。それより名前はヒサメって言うの? 初めまして、ヒサメ。今日、この後の予定は?」
話しかけられた氷雨は、ニッコリと妖艶にほほ笑む。その笑顔のまま玲旺を前に押し出し、ノアとの間に壁を作った。
「桐ケ谷クン、僕英語わかんないし、適当に断っといて。ゆっくり商品見たいから、邪魔すんなってくれぐれも伝えてね」
じゃ、と言って氷雨は商品を物色し出す。面倒な役回りを押し付けられたなと、玲旺は気まずそうにノアを見上げた。
「あのね、ノア。氷雨さん、忙しいんだって」
「少しの時間でいいんだ。せめてお茶だけでも」
氷雨のためにも断らないといけないが、それ以上に折角会いに来てくれた氷雨をノアに取られるのは嫌だった。
「ダメだよ。俺だって、久しぶりに会えるの凄く楽しみにしてたんだから。今日の氷雨さんの時間は、全部俺のために使ってもらうの。ノアにも譲れないからね。諦めて」
少し離れた場所で商品を手に取っていた氷雨が「ぶはっ」と吹き出した。シュンとなったノアを放って、玲旺は氷雨の元へ寄る。
「なんだよ、もう。氷雨さん英語分かってるでしょ。話せるんなら自分で断れよな」
「ごめん。とぼけてようかと思ったけど、キミがあんまり可愛いから我慢できずに笑っちゃった」
玲旺とノアの会話をしっかり理解していた氷雨は、可笑しそうに肩を揺らした。
買い物を済ませ外に出ると、重たい雲のせいで空は灰色だった。十二月のロンドンは、暗くて寒い。
その反面、通りを彩るクリスマス用の飾りは見事なもので、まだ夕方と呼ぶには早い時間だったが、既に点灯したイルミネーションは寒さを忘れるほど華やかだった。
「あー楽しい。やっぱり買い物っていいわね。ストレスが一瞬で吹っ飛ぶわ」
「氷雨さんに満足してもらえて良かった。商品は日本に送っておくね。この後どうする? 見たい所があるなら案内するけど」
そう問われた氷雨は、考え込むようなポーズを取って街並みに視線を巡らせた。
「観光よりも、キミとゆっくり話しがしたいな。前に日本人の友達が出来たって言ってたじゃない? その子のいるカフェでお茶でもしようよ」
「うん、いいよ。ここからすぐ近くだし」
さほど歩かないうちに、カフェ『Nostalgia』の看板が見えてくる。地下へ続く階段を降りて店内に入ると、カウンターの中から月島に声を掛けられた。
「レオ、いらっしゃい。珍しいね、こんな早い時間に……って、あ。こんにちは」
氷雨の存在に気付き、弾ませた声を引っ込めた月島が、緊張気味に会釈する。氷雨は笑顔を返しながらも、どこか鑑定士のような鋭い目つきで月島を無遠慮に見つめた。
「ちょっと、氷雨さん」
玲旺は氷雨の袖を引いて、空いてる席へと移動する。
「見過ぎだよ。失礼でしょ」
「えー。だって、どんなヤツか見定めたくなるじゃない? 僕の大事な桐ケ谷クンに変な虫が付いたら困るし」
テーブルを挟んで向かい合うように座った氷雨は、両手で頬杖をつきニコニコ笑った。
「変な虫って、そんなんじゃないよ。同志だよ、同志。お互い異国の地で修行中の身だから、頑張ってる姿見ると励まされるんだよ」
「そう? まぁとにかく、キミが元気そうでよかった」
ホッとしたように目を伏せ、静かにほほ笑む。
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