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◇最終章 されど御曹司は◇
濡れネズミと黒い猫②
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「あ、待てよ! 大丈夫だからここにいろって」
玲旺も慌てて後を追ったが、猫は道路を渡って建物の地下駐車場へと一目散に駆けていく。暗闇に消える前、猫は振り返って「ありがとう」とでも言うように、尻尾をゆらゆらと振った。
「まぁ、そこなら安全だな。気を付けて帰れよ」
玲旺も手を振ると、猫の姿は見えなくなった。
雨に打たれながら「さて、どうしよう」と立ち尽くしていると、懐かしい声に名前を呼ばれたような気がして心臓が跳ねる。
「桐ケ谷! 良かった、見つけた」
急に体を打ち付ける雨が止んだと思ったら、傘を差し出されていた。見上げると、優しく微笑む久我の顔がそこにある。
「……嘘だろ。えっ本物? これって夢?」
実感が全く湧かないまま、呆然と久我を見つめた。久我は「とにかく車に乗れ」と、玲旺の背中を押す。直ぐ近くに停めてあった営業車に乗り込みドアを閉めると、雷の音も雨の音も遠ざかり、心の底からホッとした。
「何で久我さんがここに?」
「桐ケ谷が芝公園の周辺にいるから、拾ってくれないかって藤井に頼まれてさ。でも、全然見つからないのに電話は繋がらないし、雨も降りだして焦ったよ。さっき藤井からチケット売り場にいるって聞いてここに来たけど、見つかって本当に良かった」
話しながら久我は、濡れた玲旺の上着の代わりに自分のジャケットを着せ、エアコンの温度を上げた。安心したせいか玲旺は今になって寒気に襲われ、奥歯がカチカチと鳴る。
久我はハンズフリーにしたスマホに向かって藤井に「見つかったぞ」と報告しながら、品川方面に車を走らせた。
「かなり雨に打たれてずぶ濡れだ。渋谷の自宅より、俺の家の方が近いから連れて帰るぞ。このままじゃ風邪をひく。……ああ、大丈夫だ。仕事はもう片付いたし、車で直帰することも吉田に伝えてあるから問題ない」
『承知した』と安心したような藤井の声を聞いて、玲旺も「藤井!」と呼び掛ける。
「心配かけて、ごめん」
歯が上手く噛み合わず声が震えた。それを聞いた藤井は、憂いに満ちた吐息を漏らす。
『まさか充電切れとは想定外でした。良いですか、玲旺様。久我の家に着いたらすぐに着替えて、今日はもうゆっくりお休みになってください。久我の言いつけはちゃんと守るんですよ。くれぐれも迷惑をかけないように』
俺は一体何歳だと思われているんだろうと、言い聞かせられて玲旺は項垂れた。久我が可笑しそうに肩を揺らしながら通話を切る。
「まるで保護者だな。まぁ気持ちはわかるが」
久我の部屋に到着するなり、濡れネズミのような玲旺はバスルームに放り込まれた。
「お前、せっかく良いスーツが台無しじゃないか。早く脱いでこっちに寄こせ。水分を抜かないと形が崩れる」
雨を含んでずっしり重くなったスーツを抱えて、久我はテキパキと玲旺に指示を出す。
「風呂は後で沸かしてやるから、とにかくシャワーで一旦体を温めろ。脱いだ物は洗濯機に入れておけば良いから。タオルはその棚にあるから好きなように使えよ」
久我は先ほど笑っていたが、保護者具合で言ったら藤井といい勝負だと玲旺はこっそり思った。
玲旺も慌てて後を追ったが、猫は道路を渡って建物の地下駐車場へと一目散に駆けていく。暗闇に消える前、猫は振り返って「ありがとう」とでも言うように、尻尾をゆらゆらと振った。
「まぁ、そこなら安全だな。気を付けて帰れよ」
玲旺も手を振ると、猫の姿は見えなくなった。
雨に打たれながら「さて、どうしよう」と立ち尽くしていると、懐かしい声に名前を呼ばれたような気がして心臓が跳ねる。
「桐ケ谷! 良かった、見つけた」
急に体を打ち付ける雨が止んだと思ったら、傘を差し出されていた。見上げると、優しく微笑む久我の顔がそこにある。
「……嘘だろ。えっ本物? これって夢?」
実感が全く湧かないまま、呆然と久我を見つめた。久我は「とにかく車に乗れ」と、玲旺の背中を押す。直ぐ近くに停めてあった営業車に乗り込みドアを閉めると、雷の音も雨の音も遠ざかり、心の底からホッとした。
「何で久我さんがここに?」
「桐ケ谷が芝公園の周辺にいるから、拾ってくれないかって藤井に頼まれてさ。でも、全然見つからないのに電話は繋がらないし、雨も降りだして焦ったよ。さっき藤井からチケット売り場にいるって聞いてここに来たけど、見つかって本当に良かった」
話しながら久我は、濡れた玲旺の上着の代わりに自分のジャケットを着せ、エアコンの温度を上げた。安心したせいか玲旺は今になって寒気に襲われ、奥歯がカチカチと鳴る。
久我はハンズフリーにしたスマホに向かって藤井に「見つかったぞ」と報告しながら、品川方面に車を走らせた。
「かなり雨に打たれてずぶ濡れだ。渋谷の自宅より、俺の家の方が近いから連れて帰るぞ。このままじゃ風邪をひく。……ああ、大丈夫だ。仕事はもう片付いたし、車で直帰することも吉田に伝えてあるから問題ない」
『承知した』と安心したような藤井の声を聞いて、玲旺も「藤井!」と呼び掛ける。
「心配かけて、ごめん」
歯が上手く噛み合わず声が震えた。それを聞いた藤井は、憂いに満ちた吐息を漏らす。
『まさか充電切れとは想定外でした。良いですか、玲旺様。久我の家に着いたらすぐに着替えて、今日はもうゆっくりお休みになってください。久我の言いつけはちゃんと守るんですよ。くれぐれも迷惑をかけないように』
俺は一体何歳だと思われているんだろうと、言い聞かせられて玲旺は項垂れた。久我が可笑しそうに肩を揺らしながら通話を切る。
「まるで保護者だな。まぁ気持ちはわかるが」
久我の部屋に到着するなり、濡れネズミのような玲旺はバスルームに放り込まれた。
「お前、せっかく良いスーツが台無しじゃないか。早く脱いでこっちに寄こせ。水分を抜かないと形が崩れる」
雨を含んでずっしり重くなったスーツを抱えて、久我はテキパキと玲旺に指示を出す。
「風呂は後で沸かしてやるから、とにかくシャワーで一旦体を温めろ。脱いだ物は洗濯機に入れておけば良いから。タオルはその棚にあるから好きなように使えよ」
久我は先ほど笑っていたが、保護者具合で言ったら藤井といい勝負だと玲旺はこっそり思った。
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