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第5話 鳳凰館でのダンスパーティー
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鳳凰館でのダンスパーティーに於きましては、思わぬ方が登場するのでございます。貴美子様が一生懸命にダンスを習っている時に、同じように西洋の知識を身に付けようとする若者がおりました。
当時の世相は入り乱れ、古い時代から新しい時代に生まれ変わった目まぐるしい時代でもありました。人々はその新しい時代に向けて、希望をもっておりましたが、しかしそう言う前向きな方達だけではございません。長い鎖国の時代を経て近代国家へと移りましたが、まだ不穏な空気も潜んでおりましたから。
そう言う不穏な分子達は、新政府に反発し、その転覆を図るものも少なくありません。しかし、一般人の通報や密告などにより、多くのもの達は役人に逮捕されたのでございます。
明治維新とは、古い時代から決別しようとした革命であり、その為に今迄の身分制度を破壊したのです。これは日本の近代化という大きな目的からすれば、いずれ通らなければならない道程でした。その為にはどうしても、武士と言う地位にしがみついているもの達は厄介な存在なのです。それからというもの月日は過ぎ去っていきましたが、未だにその影響は色濃く残っておりました。
彼らの多くは慣れない仕事にも就けずに路頭に迷う者も少なくありません。当然、反発するものも多く、彼らが武装した軍人であることを考えれば、反乱が起こるのも必然と言えるでしょう。
鳳凰館のダンスパーティーにも、そんな人物が巧みに入り交じっていました。その中に或る人物がおりました。彼は士族の出身で、名を南郷亮介様と言いました。
亮介様の家は武士階級でしたが、新政府に解体されてからは士族となりました。南郷家以外にも、華族とみなされなかった多くの家格や、公家に仕えていた侍なども士族になったのです。
その中でも南郷家は裕福なほうでした。青年の亮介様は、古くからの南郷家の歴史ある家柄と、新しい息吹の中でも悩んでおりましたが、それでも新鮮な足音を感じていました。
いずれにしましても、後々にはこの士族も解体され平民となるのです。これらの中で、軍人となる者も少なくありません。それらの中で当然、不満を抱えている者も少なくないのです。
亮介様は、友人達の勧めもあり軍人の道を選んだのです。しかし、若者らしく最近流行している社交ダンスと言うものにも憧れていました。軍人と言う立場上、公にすることはできず、極親しい友人とダンスを習い始めたのです。
物覚えと、感覚が鋭い亮介様がそれをマスターするのには、それほどの時間は要しませんでした。長身で端正な顔をした亮介様はそこではスター性を持っていました。
切れの良い足さばきと、軽やかな身のこなし。音楽のタイミングをとらえるコツは見事でした。同じ頃に習った男子に比べましても亮介様はひときわ光っていました。
ですから、その練習場では彼と踊りたがる女性が少なくありません。彼が鳳凰館のダンスパーティーで貴美子様に近づいたのは、始めからはっきりとした強い或る目的があったわけではありません。
それは、時代の流れによる運命の悪戯とも言うべきなのでしょうか。お二人は、本当に馴れ初めは純粋な恋でしたから。まずは、お二人のそんな馴れ初めから、お話いたしましょう。それは鳳凰館でのダンスパーティーでの出会いでございます。
当時におきまして、鳳凰館は外国からの賓客や外交官を接待する舞踏会や祝賀会を催す社交場でございました。その為に舞踏会を演出するために、ワルツが連日演奏されたようでございます。そして、当時、西洋から取り入れました西洋音楽を取り入れ、それを演奏することを仕事とする人達が少なからずおりました。
それはおよそ、貴族に呼ばれて目新しいクラッシックの曲を演奏したり、又は或る種の舞踏会におけるダンス音楽の演奏でございました。
その演奏方法といたしましては、陸軍の軍楽隊の吹奏楽セクションと、宮内省式部職の弦楽器セクションによる混成のオーケストラ、とはいえ数人の小編成でありました。そのダンスパーティーには、お美しい貴美子様と亮介様がおられたのでございます。
当時の世相は入り乱れ、古い時代から新しい時代に生まれ変わった目まぐるしい時代でもありました。人々はその新しい時代に向けて、希望をもっておりましたが、しかしそう言う前向きな方達だけではございません。長い鎖国の時代を経て近代国家へと移りましたが、まだ不穏な空気も潜んでおりましたから。
そう言う不穏な分子達は、新政府に反発し、その転覆を図るものも少なくありません。しかし、一般人の通報や密告などにより、多くのもの達は役人に逮捕されたのでございます。
明治維新とは、古い時代から決別しようとした革命であり、その為に今迄の身分制度を破壊したのです。これは日本の近代化という大きな目的からすれば、いずれ通らなければならない道程でした。その為にはどうしても、武士と言う地位にしがみついているもの達は厄介な存在なのです。それからというもの月日は過ぎ去っていきましたが、未だにその影響は色濃く残っておりました。
彼らの多くは慣れない仕事にも就けずに路頭に迷う者も少なくありません。当然、反発するものも多く、彼らが武装した軍人であることを考えれば、反乱が起こるのも必然と言えるでしょう。
鳳凰館のダンスパーティーにも、そんな人物が巧みに入り交じっていました。その中に或る人物がおりました。彼は士族の出身で、名を南郷亮介様と言いました。
亮介様の家は武士階級でしたが、新政府に解体されてからは士族となりました。南郷家以外にも、華族とみなされなかった多くの家格や、公家に仕えていた侍なども士族になったのです。
その中でも南郷家は裕福なほうでした。青年の亮介様は、古くからの南郷家の歴史ある家柄と、新しい息吹の中でも悩んでおりましたが、それでも新鮮な足音を感じていました。
いずれにしましても、後々にはこの士族も解体され平民となるのです。これらの中で、軍人となる者も少なくありません。それらの中で当然、不満を抱えている者も少なくないのです。
亮介様は、友人達の勧めもあり軍人の道を選んだのです。しかし、若者らしく最近流行している社交ダンスと言うものにも憧れていました。軍人と言う立場上、公にすることはできず、極親しい友人とダンスを習い始めたのです。
物覚えと、感覚が鋭い亮介様がそれをマスターするのには、それほどの時間は要しませんでした。長身で端正な顔をした亮介様はそこではスター性を持っていました。
切れの良い足さばきと、軽やかな身のこなし。音楽のタイミングをとらえるコツは見事でした。同じ頃に習った男子に比べましても亮介様はひときわ光っていました。
ですから、その練習場では彼と踊りたがる女性が少なくありません。彼が鳳凰館のダンスパーティーで貴美子様に近づいたのは、始めからはっきりとした強い或る目的があったわけではありません。
それは、時代の流れによる運命の悪戯とも言うべきなのでしょうか。お二人は、本当に馴れ初めは純粋な恋でしたから。まずは、お二人のそんな馴れ初めから、お話いたしましょう。それは鳳凰館でのダンスパーティーでの出会いでございます。
当時におきまして、鳳凰館は外国からの賓客や外交官を接待する舞踏会や祝賀会を催す社交場でございました。その為に舞踏会を演出するために、ワルツが連日演奏されたようでございます。そして、当時、西洋から取り入れました西洋音楽を取り入れ、それを演奏することを仕事とする人達が少なからずおりました。
それはおよそ、貴族に呼ばれて目新しいクラッシックの曲を演奏したり、又は或る種の舞踏会におけるダンス音楽の演奏でございました。
その演奏方法といたしましては、陸軍の軍楽隊の吹奏楽セクションと、宮内省式部職の弦楽器セクションによる混成のオーケストラ、とはいえ数人の小編成でありました。そのダンスパーティーには、お美しい貴美子様と亮介様がおられたのでございます。
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