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襲撃(始まる前に、襲われた)
09_毒でも盛る気?
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髪がボサボサになった姿で「くの一」は土下座した。
ミカナはそれに覆い被さるように鍋のフタをふりあげた。
「やめなって。」
トオルはミカナの手首をガシッとつかんだ。何せ正体は男なので力はかなり強い。引っ越し屋のバイトができたぐらいだ。
二の腕は細くすらっとしていて、長い髪をふわっとゆるくふわふわさせて、儚げなノースリーブのワンピースを着てステージに立っている姿からは想像もできないほどの力強さをトオルは持っている。
そもそも、チェロは重いのだ。抱えて歩くだけでも結構な運動だし、弦楽器を弾くやつに二の腕がたるんでいる人を知らない、とトオルは思う。
びくとも動かない手首に、ミカナは諦めた。
「生意気な口を聞いて、大変申し訳ございませんでした!」
日本語で「くノ一」はそう言った。すかさずドイツ語でも同じことを言ったのだと思う。ミカナが攻撃をするのをやめた。
「で?」
しし丸が、業界で「ししちゃん!」と慕われているイケメン風の人間の姿に戻って、「くノ一」に聞いた。
腕組みをしていて、優男風なのにちょっと迫力がある。イノシシなのがうまく下地に生きていて、周りの女性に人気となる、なんだか頼りになる男感がうまく出ている。
「まずは、食事の支度を手伝わせていただきます。」
おそるおそるといった様子で、「くノ一」は頭を下げたまま申し出た。
「なんで?」
トオルは驚いて聞いた。
「驚かせたお詫びです。」
消え入りそうな声で「くノ一」は答えた。薄い顔を伏せているので、表情が読めない。
「ふーん。毒でも盛る気?」
ミケはツインテールをした十五歳のパジャマ姿で毒づいた。
「めっそうもございません!」
「くノ一」は慌てて首を振って否定した。
「信用できないわ。」
ブー子はアイドル然とした人間の姿に戻って(寝るときにカチューシャしているし、パジャマが短いチュチュがついたズボンというバレリーナスタイルなのもどうかと思う)、言った。
ブー子は完全に警戒して、山言葉を封印している。アイドルアイドルらしい振る舞いを心がけていた。
「あの、その、みなさまのお役に立ちたいと思いまして。」
なぜか「くノ一」は顔を赤らめている。チラッとトオルの顔を見たような気がして、トオルは少し後ずさった。
今、なぜ一瞬、僕のことを見たんだ?
トオルの心に一抹の不安が浮かんだ。気のせいだろうか。一瞬顔を赤らめて、トオルのことを見たような気がする。
顔を伏せて、床にうずくまるようにしている“くノ一”に、しし丸がしゃがみこんで、顔を上げさせた。
「あんたな、最初と言っていることが違いすぎるよね。信用ならないんだ。」
「俺たちの情報を売り飛ばそうって魂胆じゃないか?もっと確実な情報を手に入れて、そこからもっと高く情報を売ろうとしているとか?」
しし丸は、ボソッと脅すように言った。
「そんな、先ほどは心にもないことを申し上げました。間違えました。みなさまのお仲間に入りたかったのでございます!」
慌てて「くノ一」はそう言った。
「あなたのスマホ出しなさいっ!」
さとこさんが言った。
「盗聴器がついていないか、ミケとブー子調べて。」
さとこさんがミケとブー子に言った。匂いで機械臭でもわかるのだろうか、とトオルは内心思った。
30分後、いそいそと囲炉裏ばたで皆の食事の世話をする「くノ一」の姿があった。
ドイツの朝食は、なんだか小さなパンにチョコとかジャムとか塗るタイプのものだった。ミカナは懐かしそうに喜んでいた。
一応、毒は入っていなそうだった。食事の準備をするのを、獣たちは皆一心不乱に見つめていたし、何か妙な動きをしたら、即刻ミケの回し蹴りが決まったであろう。
トオルは信用していないし、ミカナもまだ信用していなかった。さとこさんも、しし丸もブー子もそうだ。だが、ツインテールをした十五歳のミケは、なぜか武道の型の話で「くノ一」と盛り上がっていた。
このバンドには秘密があるが、知られた以上は自分たちの見張りのうちに入れておくべきだ。
暗黙の了解で、皆はそう思っていた。
これが、とてつもない危険な判断なのかもしれない。
この時の判断の成否は、もっと後にわかるのだが、この時はまだ知るよしもない。
ワールドツアーのために出国する一日前の朝のことだった。
ミカナはそれに覆い被さるように鍋のフタをふりあげた。
「やめなって。」
トオルはミカナの手首をガシッとつかんだ。何せ正体は男なので力はかなり強い。引っ越し屋のバイトができたぐらいだ。
二の腕は細くすらっとしていて、長い髪をふわっとゆるくふわふわさせて、儚げなノースリーブのワンピースを着てステージに立っている姿からは想像もできないほどの力強さをトオルは持っている。
そもそも、チェロは重いのだ。抱えて歩くだけでも結構な運動だし、弦楽器を弾くやつに二の腕がたるんでいる人を知らない、とトオルは思う。
びくとも動かない手首に、ミカナは諦めた。
「生意気な口を聞いて、大変申し訳ございませんでした!」
日本語で「くノ一」はそう言った。すかさずドイツ語でも同じことを言ったのだと思う。ミカナが攻撃をするのをやめた。
「で?」
しし丸が、業界で「ししちゃん!」と慕われているイケメン風の人間の姿に戻って、「くノ一」に聞いた。
腕組みをしていて、優男風なのにちょっと迫力がある。イノシシなのがうまく下地に生きていて、周りの女性に人気となる、なんだか頼りになる男感がうまく出ている。
「まずは、食事の支度を手伝わせていただきます。」
おそるおそるといった様子で、「くノ一」は頭を下げたまま申し出た。
「なんで?」
トオルは驚いて聞いた。
「驚かせたお詫びです。」
消え入りそうな声で「くノ一」は答えた。薄い顔を伏せているので、表情が読めない。
「ふーん。毒でも盛る気?」
ミケはツインテールをした十五歳のパジャマ姿で毒づいた。
「めっそうもございません!」
「くノ一」は慌てて首を振って否定した。
「信用できないわ。」
ブー子はアイドル然とした人間の姿に戻って(寝るときにカチューシャしているし、パジャマが短いチュチュがついたズボンというバレリーナスタイルなのもどうかと思う)、言った。
ブー子は完全に警戒して、山言葉を封印している。アイドルアイドルらしい振る舞いを心がけていた。
「あの、その、みなさまのお役に立ちたいと思いまして。」
なぜか「くノ一」は顔を赤らめている。チラッとトオルの顔を見たような気がして、トオルは少し後ずさった。
今、なぜ一瞬、僕のことを見たんだ?
トオルの心に一抹の不安が浮かんだ。気のせいだろうか。一瞬顔を赤らめて、トオルのことを見たような気がする。
顔を伏せて、床にうずくまるようにしている“くノ一”に、しし丸がしゃがみこんで、顔を上げさせた。
「あんたな、最初と言っていることが違いすぎるよね。信用ならないんだ。」
「俺たちの情報を売り飛ばそうって魂胆じゃないか?もっと確実な情報を手に入れて、そこからもっと高く情報を売ろうとしているとか?」
しし丸は、ボソッと脅すように言った。
「そんな、先ほどは心にもないことを申し上げました。間違えました。みなさまのお仲間に入りたかったのでございます!」
慌てて「くノ一」はそう言った。
「あなたのスマホ出しなさいっ!」
さとこさんが言った。
「盗聴器がついていないか、ミケとブー子調べて。」
さとこさんがミケとブー子に言った。匂いで機械臭でもわかるのだろうか、とトオルは内心思った。
30分後、いそいそと囲炉裏ばたで皆の食事の世話をする「くノ一」の姿があった。
ドイツの朝食は、なんだか小さなパンにチョコとかジャムとか塗るタイプのものだった。ミカナは懐かしそうに喜んでいた。
一応、毒は入っていなそうだった。食事の準備をするのを、獣たちは皆一心不乱に見つめていたし、何か妙な動きをしたら、即刻ミケの回し蹴りが決まったであろう。
トオルは信用していないし、ミカナもまだ信用していなかった。さとこさんも、しし丸もブー子もそうだ。だが、ツインテールをした十五歳のミケは、なぜか武道の型の話で「くノ一」と盛り上がっていた。
このバンドには秘密があるが、知られた以上は自分たちの見張りのうちに入れておくべきだ。
暗黙の了解で、皆はそう思っていた。
これが、とてつもない危険な判断なのかもしれない。
この時の判断の成否は、もっと後にわかるのだが、この時はまだ知るよしもない。
ワールドツアーのために出国する一日前の朝のことだった。
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