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第6話 お笑いコンビ二郎とさと子と小判

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 お笑いコンビ「二郎」がお宅訪問する番組がある。週末のお昼にやっている番組だ。売れっ子芸能人たちが出演して、家主は誰だと当てるコーナーが大人気の番組だ。

 「ブラックウィドウおばあさん」として、初バズりを経験した私の元に、この番組の家主としての出演依頼が舞い込んだ。

 マフィアのボスではなく、東京ドーム80個分の土地所有者である資産家である「神社諭扉子じんじゃさとこ」、苗字は神社さん、名前はさとこさんで、神社のさとこさんへの正真正銘の出演依頼だ。

 これは受けるべきだと私は瞬時に判断した。
 なんてたってまたテレビに出れる。

 小さなスマホ画面の枠の中で「ブラックウィドウおばあさん」として脚光きゃっこうを浴びてもなんのこっちゃ状態だ。今回は、顔にモザイクかかった状態で、豪華なホテルのカフェで迷惑客として登場するのではなく、正面切って全国テレビで我が顔をさらすことができる!

 私は張り切った。

「きつねさん!テレビの取材が入ったど!」
 私は、山言葉できつねを叱咤激励しったげきれいした。

 ブラックウィドウと峰不二子で、ドクターヘリと組の若い衆を総動員して実現したバズり動画撮影とは、根本的に違う。

 今回は、あちらさんからおいでなさった。

 私は「神社諭扉子じんじゃさとこ」邸を磨きに磨いた。組の衆も総動員して、いつにもまして気合を入れて、豪邸を磨きがかかった状態に仕上げた。

「しし丸!」
 私はいつもちょこまか私の周りをうろちょろしている、若い衆を呼んだ。

「メイクさんを用意して!スタイリストも用意して!ブー子を徹底的に変身させるんじゃ!」

「へい!親方!」
 しし丸は、身を縮めてかしこまって言った。

「親方じゃないで。いい加減、その呼び方をやめてくれるかしら?」
 私は思わず小言を言った。

 しし丸は数年前に、我が豪邸に突進してきたいのししだ。

「ボス、大変です!猪が突進してきますっ!」
「姉御ー!猪です!」

 マフィアの者も、組の者も、皆口々に叫んだ春麗はるうららかなある日、しし丸は猪から人間の若者に姿を変えて、私に土下座して「弟子にしてくれ」と頼み込んできたのだ。しし丸の本当の姿は、私意外に誰も知らない。
 
 しし丸は、真面目で一生懸命だが非常におっちょこちょいだ。

 私の元に転がり込む前は、芸能事務所に勤めていたと、しし丸が私に提出した履歴書には書いてあった。

「いよいよ、あんたの腕を見せるときじゃ。」
 私はしし丸に言った。

 しし丸は、足を洗ったはずの業界にまた足を入れることに複雑そうな表情をしていたが、私にそう言われて「へっ!」と一礼してきっと引き締まった顔つきになった。

 そうして、こうして、いよいよ番組撮影の日を迎えた。

 朝早く、ロケ車が到着する前に私の豪邸にメイクさんとスタイリストさんがやってきた。
 
「やっだーっ、すんごい豪邸じゃないっ!」
「やだあ、ししちゃん!ひっさしぶりじゃないっ!」
 朝からうちの門の前が賑やかだと思ったら、しし丸が馴染みのメイクさんとスタイリストさんが到着した騒ぎだった。

 
「はい、これがウチで今回売り出し中の新人アイドルのブー子です。」

 しし丸は、これまで見たこともないそれっぽさ全開で、巧みにブー子を紹介し、ブー子を仕上げてもらって行った。

「あらっ、綺麗な子♡」
「本当ね、なんでしょう、この世のものとも思えない、不思議な印象を与える子だわ。」
 太った丸顔のメイクさんと、百戦錬磨の経験豊富そうなサバサバしたスタイリストさんは、ブー子を見て言いながら、ブー子をアイドルのそれっぽく仕上げて行ってくれた。

 ブー子は、感無量と言った風情で大人しくメイクされて、指定された服を来て言った。どうやら服の雰囲気もメイクのスタイルも、しし丸指定のようだった。

 しし丸は、小声で何やらメイクさんにささやいては、メイクさんのご機嫌をとりながら、きつねのブー子のメイクをしてもらっていた。スタイリストさんにもそういう様子で、ニーハイブーツに、ミニスカートと言ったなんだか欧米の歌姫スタイルにきつねのブー子を仕上げてもらって行った。

「あれでええのか?」
 私は心配になって、小声でしし丸に聞いたが、しし丸は「ええんです」と返すだけだった。

「姉御もお願いしちゃいましょう。」
 しし丸は小声でそう言ってきた。

「今日の主役の、さとこ様です。」
 しし丸はそう言って、メイクさんとスタイリストさんに私のこともお願いした。

 私は着物を着ることになった。
 ボスたるもの、立派な着物を何着も持っているので、そこからスタイリストさんが大興奮状態で選んでくれた。

「うんまーっ!宝の山だわっ!」
 スタイリストさんもメイクさんもため息をつきながら、私のお着物シリーズを見て褒めてくれたので、まんざらでもない気分だった。

 ちょちょいとメイクもしてもらい、髪の毛もセットしてもらった。
「うんまー、お肌きれいだし、髪の毛もツッヤツヤ。」

 ここでも褒められてまんざらでもない気分でいっぱいだった。マフィアのボスは、行きつけの美容院や化粧品売り場、エステ以外で、そんなに褒められないのだ。

 ましてや、本性は山のたぬきだ。褒められると、お腹をぽんぽこ叩いてたぬき踊りをしたくなる。そこをグッと私は堪えて、笑顔で応じていた。



 やがて、番組のロケ班がやってきた。
 しし丸は、場慣ばなれした様子でマネージャーのように現場を仕切っていた。普段の何をしてもおっちょこちょいのしし丸とは見違えるようだった。猪には、芸能界の水がよく合うようだ。

 お笑いコンビ二郎は、三四郎、五四郎、七四郎の三人の売り出し中の若手お笑いコンビだ。

 皆、一様に私の豪邸に驚嘆して、すごい、すごいを連呼していた。
 ここでも、私はまんざらでもない気持ちでいっぱいだった。

「踊ってええか?」
 小声で、何度もきつねとしし丸に聞いたくらいだ。

「だめですっ!」
 そのたびに、しし丸とブー子に即座にたしなめられて、私はグッと堪えた。

「一体、家主のお仕事はなんでしょう?」
 この質問が最初に出されたとき、少々ニキビあとが残っている、初々しい三四郎が思い切って言った。

「庭から小判が出た人!」

 その瞬間に、七四郎が突っ込んだ。
「ここほれワンワンかっ!」
「不正解!違いますっ!」

「違うかー。」
 三四郎は悔しがった。わしでもそんな嘘はようつかん、とわっしは内心思った。褒められすぎて、心の声が素に戻った。

 畳のお座敷で、立派な掛け軸を見かけた五四郎が次に答えた。

「一体、家主のお仕事はなんでしょう?」
「城から小判もらった人。」
 
 その瞬間に、七四郎が突っ込んだ。
「江戸かっ!」
「不正解!違いますっ!」

「違うかー。」
 五四郎は悔しがった。あながち外れてはおらんじゃがのー、とわっしは内心思った。
 
 広大で立派な日本庭園を見た三四郎が次に答えた。

「一体、家主のお仕事はなんでしょう?」
「小判が入ったツボがどんぶらこと流れてきたのを拾った人。」

 その瞬間に、七四郎が突っ込んだ。
「いろいろ混ざっているっ!」
「どんだけ小判が好きなんだっ!」
「不正解!違いますっ!」

「違うかー。」
 三四郎は悔しがった。小判から離れるべきじゃのう、とわっしは内心思った。

「あら?」
「あらら?」
「こちらのお美しい方は?」
 きつねのブー子が、しし丸の合図で庭に出てきた。美しい日本庭園に、不釣り合いな欧米スターのような雰囲気で歩いてくる。

「私の知り合いの娘さんで、アイドルとして売り出し中の子です。」
 私は美しい着物姿でにっこり笑って、きつねのブー子をお笑いコンビ二郎に紹介した。

 三四郎も、五四郎も、七四郎も目がハートだ。

「きつねさん、ばかしの術使っとるのかえ?」
 私は、内心思った。

「違和感ありまくりの、お衣装ですが。」
 七四郎はそう突っ込んだものの、やっぱりブー子の様子から目が離せないようだ。

「お名前は?」
 少々、震えてるんじゃないかといった様子の三四郎が、ブー子に聞いた。

「ブー子です。」
 きつねはにっこり笑って言った。

「は?」
「今、なっておっしゃいました?」

「すみません。聞き取れなかったので、もう一度お願いできますか。」
 やはり、ドキドキした様子の五四郎が、ブー子に名前をもう一度聞いた。

「ブー子です。」
 きつねはにっこり笑って言った。

「ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ブー子お?」
 七四郎が声を裏返して言った。

「違います。」
 きつねはにっこり笑って、はにかんだ。

「違いますよねー。」
 七四郎は、顔を赤めて、やっぱり嬉しそうに微笑んで言った。

「ただの、ブー子です。ぶは1回!」
 きつねは、勢いよくそう言って、指を1本たてて、ノンノンといいたげに指を振った。

「か、か、かっわいーっ♡」
「お名前と、お姿が合わない。」
「もっというと、お姿とこの日本庭園が合わない。」

「かっわーいっ!!」
 こうして、よくわからんうちに、お笑いコンビ二郎の御三方が、きつねのブー子にメロメロになった様子が全国ネットの週末番組でカメラに収められたのだ。

 「さとこ様んちのブー子ちゃん」は、放送日にトレンド入りしたのはいうまでもない。

 私はきつねと一緒に放送日にテレビを見た。
 そして、きつねと乾杯をして、きつねに宣言した。
「こん調子で、全国ばかしちゃりっ!」

 こうして、いのししマネージャー、きつねがアイドル、マフィアのボスを張るたぬきが所属事務所社長の、武道館への道が始まったのだ。
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