8 / 58
第七話 蛇の巣その一
しおりを挟む
陸海軍そして政府中枢への浸透を完了したリリスとメイドさん。
彼女らが最初に浸透を掛けたのは東京府の下層社会であった。
下谷万年町、芝新網町、四谷鮫ケ橋、ボロボロの長屋と廃材で作られた家に蠢く下層民。日雇い労働者、やくざ者、大道芸人、ばくち打ち、東京府の発展に取り残され、忘れられた者達。
蛇の巣を作り上げるのにこれ程適した者たちはいない。彼らがどうなろうと気にする者など居ないのだ。
1936年 一月十日、そんなスラムの中に立つ、通称ナメクジ長屋の地下に青年将校たちが集まっていた。
五日ほど前から連絡の付かなくなっていた北一輝より、急遽集まるようにと連絡があったのだ。
「北先生がこんなところに、こんな豪勢な隠れ家を持っていたとは知りませんでした」
野中四郎陸軍歩兵大尉は、美しきメイドを両脇に侍らせ豪勢なテーブルで紅茶を啜る北に、困惑しながら声を掛けた。
今にも崩れそうな長屋の地下には、贅を凝らした空間が広がっていた。
ロココ調の家具にシャンデリア、妙なる調べが蓄音機から流れ、甘い香りが辺りに漂っている。
大邸宅の一室と言った面持ちだ。奥にはまだ同じような部屋が続いているというのだから、集まった皇道派将校が驚くのも無理はない。
「驚きましたか?私の持ち物じゃありませんよ。とあるパトロンの物です。立ち話も何ですから、どうぞ席にお座りください。メイドさん方、皆さんにお茶を入れて差し上げてください」
青年将校たちに席を進める彼は、理想にギラギラした思想家であった彼とは別人のようだ。
「パトロンですか?いったいそれは」
メイドさんより、受け取った紅茶の一口含み、当然の疑問を口にする野中(この紅茶、それにしても美味いな)
「大きな声では言えませんが、皆さんの行動がとある方の耳に入ったのです。私は五日前にその方にお会いしました」
声を潜めて話す北、その声には件のパトロンへの恐れさえ含んでいる。
「ですから、それはいったいどなた、、、、」
北の勿体ぶった言い様に、声を荒げそうになる野中だったが、北の人差し指で上を指す仕草に黙り込む。
「名前は言えません、ですが、やんごとなき方ではあります」
北の言葉にどよめく一同、気が早い者は、感動の余り目に熱い涙を貯めている。
「本当ですか北先生!、、、しかし、信じられません。本当に先生は、そのお方にお会いしたと?」
一瞬喜びの声を上げそうになる野中であったが、直ぐに猜疑の声を北に掛ける。クーデター計画を企む、一味の首魁だけあり直ぐには信じられないのだろう。
「お疑い最もです、付いてきてください」
野中の疑問に答えるべく、北は席を立ち地下の奥へと彼らを案内した。脇には影の如きメイドさんが続いている。
北が案内した先、そこにあったのは武器弾薬の山であった。
三八式に三年式軽機、手榴弾各種、迫撃砲まである。大隊が完全武装してもお釣りがくる量だ。
「どうです、これでもまだ信用いただけませんか?私一人でこれだけの武器弾薬集められるとお思いで?」
唖然とする一同に北は続ける。
「やんごとなき方は、皆さんのお考えに、いたく感激されていました。其の上で私に天下万民の為に立ち上がって貰いたいと、手を握ってお言葉を掛けられたのです。信じていただけましたか」
今度こそ上がる万歳の声。
青年将校たちは大感激し、来るクーデターの成功を確信した。北より連絡役に、メイドさんを帯同してもらいたいとの申し入れをすんなり了承し彼らは帰っていった。
一人残された北一輝は誰ともなく呟く。
「馬鹿は単純で助かります。そこが愛しいのですが」
気持ちの悪い女言葉で話し出した北、その体がグネグネと歪み、美しきメイドさんへと姿を変える。
帝国掌握には、中枢が大混乱に陥ってくれなけば困るのだ。史実の226よりもっと派手に。その為に、こんな猿芝居を打ったのだ。
「ご安心ください、可愛い将校さんたち。死体は回収後、再生措置を取らせて頂きます。チョットだけ記憶が飛ぶかもしれませんが。再生後は楽園でたっぷり可愛がって差し上げます♪」
蛇の娘はしょせん蛇、口では愛を囁きながら人を物の様に扱う。
彼女らに生命への畏敬など存在しない。最終的に保護できればそれでいい。それがリリスとその娘のやりくちなのだ。
彼女らが最初に浸透を掛けたのは東京府の下層社会であった。
下谷万年町、芝新網町、四谷鮫ケ橋、ボロボロの長屋と廃材で作られた家に蠢く下層民。日雇い労働者、やくざ者、大道芸人、ばくち打ち、東京府の発展に取り残され、忘れられた者達。
蛇の巣を作り上げるのにこれ程適した者たちはいない。彼らがどうなろうと気にする者など居ないのだ。
1936年 一月十日、そんなスラムの中に立つ、通称ナメクジ長屋の地下に青年将校たちが集まっていた。
五日ほど前から連絡の付かなくなっていた北一輝より、急遽集まるようにと連絡があったのだ。
「北先生がこんなところに、こんな豪勢な隠れ家を持っていたとは知りませんでした」
野中四郎陸軍歩兵大尉は、美しきメイドを両脇に侍らせ豪勢なテーブルで紅茶を啜る北に、困惑しながら声を掛けた。
今にも崩れそうな長屋の地下には、贅を凝らした空間が広がっていた。
ロココ調の家具にシャンデリア、妙なる調べが蓄音機から流れ、甘い香りが辺りに漂っている。
大邸宅の一室と言った面持ちだ。奥にはまだ同じような部屋が続いているというのだから、集まった皇道派将校が驚くのも無理はない。
「驚きましたか?私の持ち物じゃありませんよ。とあるパトロンの物です。立ち話も何ですから、どうぞ席にお座りください。メイドさん方、皆さんにお茶を入れて差し上げてください」
青年将校たちに席を進める彼は、理想にギラギラした思想家であった彼とは別人のようだ。
「パトロンですか?いったいそれは」
メイドさんより、受け取った紅茶の一口含み、当然の疑問を口にする野中(この紅茶、それにしても美味いな)
「大きな声では言えませんが、皆さんの行動がとある方の耳に入ったのです。私は五日前にその方にお会いしました」
声を潜めて話す北、その声には件のパトロンへの恐れさえ含んでいる。
「ですから、それはいったいどなた、、、、」
北の勿体ぶった言い様に、声を荒げそうになる野中だったが、北の人差し指で上を指す仕草に黙り込む。
「名前は言えません、ですが、やんごとなき方ではあります」
北の言葉にどよめく一同、気が早い者は、感動の余り目に熱い涙を貯めている。
「本当ですか北先生!、、、しかし、信じられません。本当に先生は、そのお方にお会いしたと?」
一瞬喜びの声を上げそうになる野中であったが、直ぐに猜疑の声を北に掛ける。クーデター計画を企む、一味の首魁だけあり直ぐには信じられないのだろう。
「お疑い最もです、付いてきてください」
野中の疑問に答えるべく、北は席を立ち地下の奥へと彼らを案内した。脇には影の如きメイドさんが続いている。
北が案内した先、そこにあったのは武器弾薬の山であった。
三八式に三年式軽機、手榴弾各種、迫撃砲まである。大隊が完全武装してもお釣りがくる量だ。
「どうです、これでもまだ信用いただけませんか?私一人でこれだけの武器弾薬集められるとお思いで?」
唖然とする一同に北は続ける。
「やんごとなき方は、皆さんのお考えに、いたく感激されていました。其の上で私に天下万民の為に立ち上がって貰いたいと、手を握ってお言葉を掛けられたのです。信じていただけましたか」
今度こそ上がる万歳の声。
青年将校たちは大感激し、来るクーデターの成功を確信した。北より連絡役に、メイドさんを帯同してもらいたいとの申し入れをすんなり了承し彼らは帰っていった。
一人残された北一輝は誰ともなく呟く。
「馬鹿は単純で助かります。そこが愛しいのですが」
気持ちの悪い女言葉で話し出した北、その体がグネグネと歪み、美しきメイドさんへと姿を変える。
帝国掌握には、中枢が大混乱に陥ってくれなけば困るのだ。史実の226よりもっと派手に。その為に、こんな猿芝居を打ったのだ。
「ご安心ください、可愛い将校さんたち。死体は回収後、再生措置を取らせて頂きます。チョットだけ記憶が飛ぶかもしれませんが。再生後は楽園でたっぷり可愛がって差し上げます♪」
蛇の娘はしょせん蛇、口では愛を囁きながら人を物の様に扱う。
彼女らに生命への畏敬など存在しない。最終的に保護できればそれでいい。それがリリスとその娘のやりくちなのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる