超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第十一章 復讐の盃

第二節 余  興

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 穴を掘っているのは、小川である。

 小川と一緒に、スコップを使っているのは、山岳サークルの大野おおの長谷川はせがわという二人であった。

 大野は大学二年生で、長谷川は二四歳だが大野と同級生だ。
 ここに、井波を加えた四人が、穴を掘っていた。

 どうして穴を掘るのか、大野と長谷川は聞かなかった。ただ、スコップの先が木の根っこにぶつかっても、気にせずに掘り進める小川と井波を見て、彼らと同じように黙々と掘り続ける事しか出来なかった。

 掘り返された土の匂いに、包み込まれている。
 穴のふちには、小さな土の山が作られていた。

 先ず、小川が先行する。小川が上にやった土を、大野と長谷川が更に上にやり、最後に井波が穴の外に出す。それで、地面と同じ目線になってみれば、小川が直立しても、すっかり隠れてしまうくらいの深い穴が出来上がった。

 この間、木原は池田が腰掛けているのとは別の切り株に座り、女たちを監視していた。

 森田もりた中島なかじまといって、二人とも二年生である。

 木原は、山岳サークルを名乗る割には、山を舐めているとしか思えない格好の二人をじろじろと視線で舐め上げた。裾にひらひらのある服を着て、ピンクの膝小僧や白い太腿を露出している。

 彼女らの身体付きをチェックして、自分たちの店でどのような働きが出来るかを、想像しているのである。

 最後の、市松いちまつという男は三年生だった。
 高校までは柔道をやっていたらしい。見れば成程、体格もがっちりとしている。
 彼は池田の傍に拘束された治郎の、隣にやはり正座をしていた。

「それくらいで良いじゃろう」

 池田が井波に言う。

 井波が小川に言って、他の二人も穴から上げさせた。
 小川が、一人では穴から脱出出来ないくらいの深さである。
 四人とも、全身から土の匂いをむんむんと立ち昇らせている。服の繊維の隙間に、細かい土が入り込んでいた。

「うん、うん、なかなかの働きじゃ」

 池田享憲は頷いて、おい、と、市松に声を掛けた。

「親父さんが呼んでるんだ! 返事しねぇかッ!」

 小川が、自分の事とは思わずぼぅっとしていた市松に叫んだ。
 市松は立ち上がって、池田の横にやって来た。

「深い穴じゃのぅ」
「は、はい」
「ここに落ちたら、もう出て来られないかもしれぬの」

 池田享憲は細い眼で市松を眺めて、言った。

 まさか、自分をここに落とす心算なのか!?

「ごっ……ごめんなさい! すみませんでしたぁ!」

 市松はその場に跪いて、地面に頭をこすり付けた。

「そう怖がらずとも、そんな事はせんよ。ただ、結果如何によってはそういう事になるかもしれんの……」
「け、結果……」
「最初に言うたじゃろう。お前にはあの男と戦って貰う――と」

 池田が視線を動かした。
 土下座をしたまま、市松も同じ方向を見やる。

 半裸の少年が、立ち上がっていた。
 土で汚れて、もうそれと分からない空手の下衣だけを身に着けた、痣と傷だらけの少年だ。

 拘束を解かれた治郎は、足を軽く引き摺りながら、池田と市松に近付いた。
 長い間、同じ姿勢で固定されていた上、激しい暴行を受けていたから、歩き難くなっているのだ。

 だが、治郎の眼は、相変わらずあの陰険な光を放っている。
 自分以外の全てを信用せず、敵だと思い込んでいる。世界中の人間は自分を莫迦にしている、見下している、軽蔑していると信じて疑わない――だから、舐められない為に、嘲られないように、敵意をばら撒いている。

 そんな眼だ。

「た、戦う、って……?」
「文字通り、戦う事じゃ。決闘じゃ。相手を殴っても蹴っても、投げても、絞めても、骨を折ったりしても構わぬ。そうして、あの男に勝て! そうすれば今回の件は不問にしてやろう。あの娘たち共々、小遣い稼ぎをさせてやる」

 小川が市松に近付き、立ち上がらせた。
 治郎が、穴から少し離れた辺りで、市松と対峙した。
 池田が切り株の方へ戻って腰掛け、その横に小川と井波が控える。
 二人はそれぞれ、大野と長谷川を監視していた。

「こ、れが……試験、か」

 治郎の声には風が混じっていた。
 市松は、彼の切れた唇の中に、歯が一本もないのを見てぞっとした。

「余興じゃよ」

 池田は笑った。

 治郎はふんと鼻を鳴らして、腫れ上がった瞼の下から、市松を睨み付けた。
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