いつかまた、バス停で。

最終話「静かな帰郷」②

「樹君...」
    そうひとことだけ言って、千鶴さんは目に涙を浮かべた。それはたちまち頬を伝って、膝の上で握りしめたその人の手に降り注ぐ。
    そして、千鶴さんは俺に向かって深く頭を下げた。それが何を意味するか、先ほどの多佳子さんの態度から、最悪の予想を思い浮かべた。俺は何も言えず、ただ突っ立っていることしかできなかった。






その時だった。

「ちいちゃん！アイス持ってくね！」

    背中から聞こえる声。決して聞き間違いなんかではない。
    振り向くとそこには志保がいた。片手にアイスを持って、もう一方の手で帽子を押さえている。ワンピースが茜色に染まっていた。

    さっきの千鶴さんたちの態度はなんだったのか、確かめようと振り返ると千鶴さんは泣き顔のまま笑顔で大きく頷いた。多佳子さんは申し訳なさそうに言った。

「健二さんには内緒にしてって頼んだの。あ、私の入れ知恵じゃないわよ？全部、志保の悪巧み」
    なんてことだ。冗談じゃない。

    志保も志保だろう。文句を言おうと詰め寄った。
    はにかむ笑顔もなにもかも、一つとして変わっていない。ガツンとひとこと言ってやろうと思ったのに、胸が詰まって上手く言葉にできなかった。





雨が降っていた。


夕立ちと呼ぶにはずいぶんと短く、俺が君を抱きすくめるには、充分な時間。

とめどなく溢れては、頬を伝う。

    麦わら帽子が風にさらわれる。それは秋の夕暮れの中、柔らかな風にのって、空へ空へと気持ちよさそうに泳いでいった。


「樹。ただいま」

『おかえり』の代わりに、その小さな体を力いっぱい抱きしめた。





                                                                         終わり