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第二章 黎明編
第24話 アッシ銀山
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一週間後。銀山採掘場の入り口近くにある詰所は、湿った土と古い木の匂いが満ちていた。ミレーヌは、案内役の代官ボリス・モローの説明に耳を傾ける。白髪交じりの髪と顔に深く刻まれた皺が、彼がこの地で三十年以上を過ごした証だった。ボリスは帳簿を指差し、丁寧な言葉遣いで最近の産出量を説明したが、ミレーヌは彼の声に隠されたかすかな緊張を察した。隣に立つ警護隊長のフィデールは、周囲の様子を警戒するように鋭い視線を巡らせる。
「ボリス代官。坑道の中に入ってもいいかしら?」
ミレーヌの言葉に、ボリスの顔が一瞬引きつった。彼は驚きを隠せず、慌てたように言った。
「は、はあ、しかし、坑道内は足元もお悪く、危険もございますので……」
その言葉を遮るように、フィデールが前に出た。
「ミレーヌ様、代官のおっしゃる通りです。坑道は危険が多く、当主様のお身に何かあっては……」
しかし、ミレーヌはフィデールの言葉に構うことなく、坑道の入り口へ歩み寄る。その時、ちょうど採掘を終えたばかりの男たちが、疲れた顔をしながらも談笑し、どこか晴れやかな表情で坑道から出てきた。彼らの衣服は煤で汚れ、体からは汗の匂いがするが、その足取りは軽い。
ミレーヌは、その中の一人の男の腕に目を留めた。真新しい銀色のブレスレッドが、汗で濡れた肌にきらりと光っている。
「貴方、そのブレスレッド、どうしたの?」
不意に声をかけられ、男は目を丸くしたが、すぐに屈託のない笑顔を見せた。
「これかい? 最近買ったんだよ。いいだろ、嬢ちゃん?」
男は誇らしげにブレスレッドを指でなぞる。その言葉を聞き、ミレーヌは静かに頷いた。彼女の冷徹な瞳の奥に、確信めいた光が宿る。
「ありがとう。もう結構よ」
ミレーヌはそれだけ告げると、中に入ることなく、詰所へと引き返した。ボリスは呆然とした顔でミレーヌを見送り、フィデールもまた、主の行動の真意を測りかねていた。
◆◇◆◇
公爵執務室に戻ったミレーヌは、すぐにリナを呼び出した。
「リナ。忙しいところ悪いけど、銀山の代官、ボリス・モローを徹底的に調べてくれない? 特に金の流れと、帳簿の裏にあるものを。それから、従業員の賃金や生活状況もね」
「この前、徴税官の不正調べろっていったくせに、追加のお願い頼かい?」
「仕方がないでしょ? 人がいないんだから。それとも無理なの? 世間を騒がした義賊様が」
「まったく、アンタは顔は綺麗なのに、ものすごく人使いが荒いよね」
リナは嫌味を言うが、瞳の奥にはやる気に満ち溢れていた。数日後、リナは期待通りの報告を持ってきた。彼女は、執務室に入るなり、ミレーヌに、自慢げに報告書を渡して一方的に話し始めた。
「ミレーヌ、ボリスってじいさん、結構面白いことやってたよ。確かに帳簿はごまかしてた。でもな、その差額、てめえの懐に入れてるわけじゃなかったんだ。全部、従業員に回してたんだよ。詳しくはそれに全部書いてあるからちゃんと読んどいて」
「リナ、その報告書を書いたのは私でしょ?」
ミレーヌの脇に控えていたレベッカが口を挟む。
「アタシ、そういうの苦手なんだよね。アンタ上手いよね。アタシが言ったことを、簡潔に紙にまとめらるなんて」
そんな二人の会話を気にせず報告書を見るミレーヌの眉がわずかに上がった。従業員の賃金水準があまりにも低いこと、そしてボリスが長年にわたり、公爵家への報告量を少なく見積もり、その差額を従業員の生活費などに充てていたことが詳細に記されていた。
「あの男は、本当にろくでなしね。領内のことなど全く顧みず何をやっていたのか……」
ミレーヌは、殺害したロドルフ公爵への愚痴を思わず呟いた。銀山の従業員は、先代いや、その前から公爵家に見放されていたのだ。すると、レベッカが口を開いた。
「ミレーヌ様、しかし、不正は不正です。いかに善意からとはいえ、公爵家への報告をごまかし、私的に資金を流用していた事実は変わりません。厳正な処分を進言いたします」
レベッカの言葉は、揺るぎない正論だった。しかし、ミレーヌは首を横に振った。
「ボリスの処分には同意できないわ。彼の持つ銀山に関する知識や、長年の経験から培われた採掘に関する深い知識は、公爵家にとって何物にも代えがたい財産よ。安易に排除して後任はどうするの? 私も貴女も銀山の採掘や経営する知識はないでしょ?」
レベッカは押し黙った。そして、ミレーヌはボリスを執務室に呼び出すよう命じた。
◇◆◇◆
翌々日のミレーヌの執務室。緊張気味にミレーヌの前に立つボリスに対して言い放った。
「ボリス。貴方の不正行為は全て把握しているわ」
ミレーヌの冷たい声に、ボリスは顔色を失い、その場で膝をついた。
「申し訳ございません、ミレーヌ様! ですが、従業員たちがまともな生活を送れない現状を見て……」
「言い訳は聞かないわ。ただし、貴方の持つ知識と経験は評価します。そして、従業員たちの生活が苦しいことも、私は確認しました」
ミレーヌはボリスの目を見据え、はっきりと告げた。
「貴方の不正は不問とするわ。そして、従業員の労働環境を改善し、賃金の引き上げることを約束しましょう」
ボリスは顔を上げ、驚きと戸惑いの表情でミレーヌを見つめた。
「よ、よろしいのでしょうか?」
「その代わり、今後、私の指示は絶対よ。失敗したら容赦しないから」
ボリスがゴクリとつばを飲み込み、「承知しました」と答える。その返答に満足したミレーヌは笑みを浮かべて言い放つ。
「最初の指示を出すわ。アッシ銀山の採掘量を、現在の四倍以上にしなさい。一年以内にね」
「ボリス代官。坑道の中に入ってもいいかしら?」
ミレーヌの言葉に、ボリスの顔が一瞬引きつった。彼は驚きを隠せず、慌てたように言った。
「は、はあ、しかし、坑道内は足元もお悪く、危険もございますので……」
その言葉を遮るように、フィデールが前に出た。
「ミレーヌ様、代官のおっしゃる通りです。坑道は危険が多く、当主様のお身に何かあっては……」
しかし、ミレーヌはフィデールの言葉に構うことなく、坑道の入り口へ歩み寄る。その時、ちょうど採掘を終えたばかりの男たちが、疲れた顔をしながらも談笑し、どこか晴れやかな表情で坑道から出てきた。彼らの衣服は煤で汚れ、体からは汗の匂いがするが、その足取りは軽い。
ミレーヌは、その中の一人の男の腕に目を留めた。真新しい銀色のブレスレッドが、汗で濡れた肌にきらりと光っている。
「貴方、そのブレスレッド、どうしたの?」
不意に声をかけられ、男は目を丸くしたが、すぐに屈託のない笑顔を見せた。
「これかい? 最近買ったんだよ。いいだろ、嬢ちゃん?」
男は誇らしげにブレスレッドを指でなぞる。その言葉を聞き、ミレーヌは静かに頷いた。彼女の冷徹な瞳の奥に、確信めいた光が宿る。
「ありがとう。もう結構よ」
ミレーヌはそれだけ告げると、中に入ることなく、詰所へと引き返した。ボリスは呆然とした顔でミレーヌを見送り、フィデールもまた、主の行動の真意を測りかねていた。
◆◇◆◇
公爵執務室に戻ったミレーヌは、すぐにリナを呼び出した。
「リナ。忙しいところ悪いけど、銀山の代官、ボリス・モローを徹底的に調べてくれない? 特に金の流れと、帳簿の裏にあるものを。それから、従業員の賃金や生活状況もね」
「この前、徴税官の不正調べろっていったくせに、追加のお願い頼かい?」
「仕方がないでしょ? 人がいないんだから。それとも無理なの? 世間を騒がした義賊様が」
「まったく、アンタは顔は綺麗なのに、ものすごく人使いが荒いよね」
リナは嫌味を言うが、瞳の奥にはやる気に満ち溢れていた。数日後、リナは期待通りの報告を持ってきた。彼女は、執務室に入るなり、ミレーヌに、自慢げに報告書を渡して一方的に話し始めた。
「ミレーヌ、ボリスってじいさん、結構面白いことやってたよ。確かに帳簿はごまかしてた。でもな、その差額、てめえの懐に入れてるわけじゃなかったんだ。全部、従業員に回してたんだよ。詳しくはそれに全部書いてあるからちゃんと読んどいて」
「リナ、その報告書を書いたのは私でしょ?」
ミレーヌの脇に控えていたレベッカが口を挟む。
「アタシ、そういうの苦手なんだよね。アンタ上手いよね。アタシが言ったことを、簡潔に紙にまとめらるなんて」
そんな二人の会話を気にせず報告書を見るミレーヌの眉がわずかに上がった。従業員の賃金水準があまりにも低いこと、そしてボリスが長年にわたり、公爵家への報告量を少なく見積もり、その差額を従業員の生活費などに充てていたことが詳細に記されていた。
「あの男は、本当にろくでなしね。領内のことなど全く顧みず何をやっていたのか……」
ミレーヌは、殺害したロドルフ公爵への愚痴を思わず呟いた。銀山の従業員は、先代いや、その前から公爵家に見放されていたのだ。すると、レベッカが口を開いた。
「ミレーヌ様、しかし、不正は不正です。いかに善意からとはいえ、公爵家への報告をごまかし、私的に資金を流用していた事実は変わりません。厳正な処分を進言いたします」
レベッカの言葉は、揺るぎない正論だった。しかし、ミレーヌは首を横に振った。
「ボリスの処分には同意できないわ。彼の持つ銀山に関する知識や、長年の経験から培われた採掘に関する深い知識は、公爵家にとって何物にも代えがたい財産よ。安易に排除して後任はどうするの? 私も貴女も銀山の採掘や経営する知識はないでしょ?」
レベッカは押し黙った。そして、ミレーヌはボリスを執務室に呼び出すよう命じた。
◇◆◇◆
翌々日のミレーヌの執務室。緊張気味にミレーヌの前に立つボリスに対して言い放った。
「ボリス。貴方の不正行為は全て把握しているわ」
ミレーヌの冷たい声に、ボリスは顔色を失い、その場で膝をついた。
「申し訳ございません、ミレーヌ様! ですが、従業員たちがまともな生活を送れない現状を見て……」
「言い訳は聞かないわ。ただし、貴方の持つ知識と経験は評価します。そして、従業員たちの生活が苦しいことも、私は確認しました」
ミレーヌはボリスの目を見据え、はっきりと告げた。
「貴方の不正は不問とするわ。そして、従業員の労働環境を改善し、賃金の引き上げることを約束しましょう」
ボリスは顔を上げ、驚きと戸惑いの表情でミレーヌを見つめた。
「よ、よろしいのでしょうか?」
「その代わり、今後、私の指示は絶対よ。失敗したら容赦しないから」
ボリスがゴクリとつばを飲み込み、「承知しました」と答える。その返答に満足したミレーヌは笑みを浮かべて言い放つ。
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