傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む

かずまさこうき

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第三章 謀略編

第42話 脚本と配役

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 ミレーヌがパトリスを叱った一刻後、ジャックとレベッカがミレーヌの執務室にやってきた。いつものように部屋にはユリのポプリの甘く清らかな香りが漂っていたが、その日の空気はどこか張り詰めていた。​執務机の前にあるソファーに、めずらしく公爵家当主が座っていた。ミレーヌは、ソファーのへりに片腕をつき、顎に手を添えながら窓を見て、思案にふけっている様子だった。

「話が長くなるかもしれないから、座りなさい」

 ミレーヌは、二人に言い放った。ジャックとレベッカがミレーヌの向かいに座ると、ミレーヌは静かに口を開く。

「先日教えてもらったワトー侯爵家の件だけど、やっぱり、煩いから潰そうかと思って」

 予想外の言葉に二人は、示し合わせたように生唾を飲み込んだ。その喉仏が上下する音が、静まり返った執務室にやけに響いた。

「それで、パトリスの検地が想定通り進んでいないから、それに合わせて策を仕掛けるわ」
「策といいますと?」
「まずは、マティスを釈放して」
「理由はどうしましょうか?」

 レベッカの懸念に対してミレーヌは、冷静に返答する。

「そうね、延期になっていた王太子の婚約の儀が来月ようやく開催されるみたいだから、それにあわせて恩赦ってことにしといて」

 先日、王都から戻ったラウールから、ミレーヌは、王都の動向の報告を受けていた。半年ほど病に臥せっていた婚約者のセリアが、実家のジュイノー侯爵家から派遣された医師や薬師により、体調が回復し、延期になっていた婚約の儀が来月実施されることが公表されたとのことだった。

「セリア様がご回復されたのですね」

 市中の噂はすでに彼女の耳にも届いており、実家から医師団が呼ばれたという話を聞いていたためだ。しかし、ミレーヌの口から出る言葉は、その平穏な報せを覆す、冷たい響きを帯びていた。

「あんな女の事など興味無いから聞き流していたけど、半年近くも病に臥せっていたのに、医師団が来たら回復というのも少し変ね。あとでラウールに調べさせておくわ」

 主人の返答に、レベッカは内心驚いた。婚約破棄から二年以上の月日が流れたというのに、ミレーヌ様の心の傷は少しも癒えていない。完璧な公爵令嬢として振る舞う裏で、誰にも見せることのない、孤独な痛みを抱えている。その事実に触れ、レベッカは胸の奥で静かに震えるものを感じた。

「本題に戻るけど、マティスを釈放前に、それとなくミカラス地方の検地がうまく行ってないということを聞かせるの」

 ジャックはミレーヌの真意に気づき顎鬚を触りながら、わずかに笑った。

「わかりました。その情報を得たマティスが帰参後に報告すれば、カリクステあたりが謀略を錬るということですな」
「そう、どうせ反乱を扇動するに決まってるわ。もともとパトリスの検地がうまく行かないのは想定どおり。うまく焚きつけて不満分子を一網打尽にしようと思っていたの。今回都合よくミカラス地方の検地がうまく行ってないのだから、隣地のワトー侯爵は喜んで介入するでしょ? 一挙両得よ」
「いっきょりょうとく……ですか?」

 聞き慣れない言葉に思わずジャックが反応する。

「あ、気にしないで。それで?」
「つまり、小策士のカリクステは、ミレーヌ様の筋書きどおり動くと」
「ジャック、相手を過小評価してはダメよ。想定外の手を打ってくる可能性もあるかもしれないからね」

 大胆な策を生み出す知謀の主は、ここまで考えているのかと改めて驚嘆するジャックは、素直に謝罪した。

「失礼しました」
「とは言っても、所詮、知恵者気取りの男が考えつくことなど、たかが知れてるわ。ただし、パニックになって無謀な事をしでかしたら、私でもわからないわ」

 すると、二人の会話を聞きながら、思案げな表情を浮かべていたレベッカが、問う。

「それで、カリクステにどう対抗するのでしょうか?」
「簡単よ。相手が扇動した事実さえ手に入れれば、我が公爵家に仇なす敵として、侯爵家に攻め込むのよ。ラウールとリサに任せればすぐに分かるでしょ?」
「良い案だとは存じますが、国王陛下のご意向は?」

 レベッカの言葉は、公爵家が国王に無断で他家と争えば、国内の貴族からの反感を買うという懸念を孕んでいた。ミレーヌは、そんな彼女の心配を気にも留めず、親指で顎を撫でながら静かに笑った。

「あら、許可など必要ないわ。相手側から陰謀を仕掛けられたので、侯爵家に事情を問うために兵を率いたという親書を予め王都にいる書記官に渡しておくの。決行直前に、伝書鳩で国王に提出する旨の指示を出し、攻め込めばいいでしょ?」

 穏便には進めるつもりが毛頭ない主人の性格を、レベッカは重々承知していたが、改めて言われると言葉を失った。そんな強硬手段を行えば、王国側もだまっているとは思えない。

「それで国王は納得されるでしょうか?」
「国王は今、別の事に心を奪われている。侯爵家を滅ぼすつもりはないわ。ただ、二度と歯向かえないように叩き潰すだけよ」
「確かにおっしゃるとおりかもしれません」

 国王は最近、臥せる事が多くて、早く子供に王位を譲る事ばかり考えてるとの噂はこちらにも届いている。確かに、大叔父の領土を手に入れて国王側も警戒してる現状において、領土を接収するのは得策ではないとレベッカは感じた。でも……。

「レベッカ、気になる事でもあるの?」
「いえ、ございません。失礼しました」

 心中を見透かされたかのような問いに内心焦るレベッカ。家令の検地の遅れを利用して、子爵家の陰謀を焚きつける主人の策は合理的だ。しかし、少し急いでいないかと懸念したが、確証もないことから、承諾の意を示した。

「それでジャック、反乱が発生したら、鎮圧は貴方あなたに任せるわ。その後、侯爵家に最終的に攻め入ることを想定して動員計画を立てなさい」
「承知しました」

 ミレーヌの頭の中では完璧な筋書きが描かれていた。だが、その舞台で演じる者たちが、果たして台本通りに動くかどうか、それはこの時の誰にも知る由もなかった。ましてや、舞台の外からその筋書きを嘲笑う者がいることなど、彼女自身もまだ知らなかったのだから。
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