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第一章 胎動編
第4話 唐突な問いかけ
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婚約破棄から翌々日、公爵夫妻とミレーヌは、王都を離れ自領へ向かった。集まった貴族も自領へ戻る中、公爵一行は王都の人々の好奇の視線を避けるように、早朝に出発した。
馬車に揺られること一週間。公爵領地の邸宅に到着したミレーヌは、出迎えの家臣たちの重苦しい空気をすぐに察した。
彼らの間に漂うのは、王家からの不興を買ったことへの怯えと、ロドルフ公爵夫妻の機嫌を窺う使用人たちの緊張感だった。ミレーヌは、そんな喧騒から完全に切り離されたかのように、自室で静かに思考を巡らせる。彼女の脳内では、すでに復讐という名の「覇道の第一歩」が計画されていた。
ミレーヌは、公爵家を足掛かりに世界を変えるため、まず内部の「駒」を確保することにした。彼女の思考は、感情という名のノイズを一切含まない。彼女が求めるのは、忠誠心、そして何よりも「利用価値」だ。
「やはり、レベッカが適任だわ」
その人物は、公爵家のメイドの一人だった。この世界の女性としては身長が高く、鮮やかな金髪が特徴のレベッカ・リカール。四年前に家名断絶した元候爵家の令嬢であり、今は、メイドとして公爵家に仕えている。
当主であるロドルフ公爵夫妻から、常々いじめられていることを、ミレーヌは知っていた。いわば、ミレーヌと同じ「不遇な境遇」にいる存在。貴族としての教養と、メイドとして家中の内情に通じているという利用価値を、ミレーヌは見抜いていた。
レベッカを仲間に引き入れるため、ミレーヌはある策を思いついた。
◇◆◇◆
そして、一週間後。
「父上、失礼いたします。今お時間よろしいでしょうか?」
ロドルフ公爵の執務室に入ったミレーヌは、優雅な動作で、完璧な礼儀作法をその男に見せつける。先日の失態が嘘のような完璧な立ち居振る舞いに、ロドルフは一瞬言葉を失った。
「うむ、どうした」
ロドルフの声には、いまだ警戒の色がにじんでいた。ミレーヌは、そんな父の疑念を意にも介さず、冷ややかな視線を向けたまま言葉を続けた。
「はい。王妃教育で培った知識を活かし、公爵家の規律を正したいのですが、よろしいでしょうか」
「どういうことだ?」
「最近、公爵家の規律が乱れているように思えます。もちろん、私のせいで家中が浮足立っているのは承知しております。せめてもの罪滅ぼしに、積極的に働こうとしない何人かのメイドを私の直属にしていただきたいのです。そのメイドを私自ら教育すれば、少しでも父上のお役に立てるかと」
ロドルフは顎に手を当て、考え込む。ミレーヌは、その反応すら計算済みだった。
「それは誰だ?」
ロドルフの問いに、ミレーヌは淀みなく三つの名を挙げた。
「はい、キャサリーとアリエル、そしてレベッカです」
「キャサリーとアリエルだと?」
男の疑問は、ミレーヌの事前の想定通りだった。彼女が挙げた二人の名は、公爵が手を出していると、噂になっているメイドたち。ロドルフは、ミレーヌがその秘密に気づいているのかどうかを探るかのように、怪訝な顔で娘を見つめる。
「難しいでしょうか?」
「いや、彼女たちは積極性が十分認められるので教育の必要はない。……レベッカだけならいいぞ」
ミレーヌは、男の言葉に内心でほくそ笑んだ。予想通りだ。自身の秘密が露見することを恐れるロドルフは、最も利用価値のないレベッカを差し出したのだ。
「わかりました。ありがとうございます」
こうして、ミレーヌは計画の第一歩を成し遂げた。
翌日、ミレーヌの自室に呼び出されたレベッカは、緊張した面持ちで彼女の前に立つ。三十路手前の彼女の顔には、この公爵家でメイドとして理不尽に扱われてきた苦労が、うっすらと刻まれているようだった。レベッカの視線が、主への恐怖と期待で揺れ動いているのを、ミレーヌは冷徹に見つめていた。
室内に漂うのは、ミレーヌが愛用するユリのポプリの淡い香り。しかし、その香りはレベッカの張り詰めた神経を、かえって刺激する。
ミレーヌは、前置きもなく、唐突に問いを投げかけた。
「あなた、世界を変えたくない?」
――――――――――――――――――――
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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馬車に揺られること一週間。公爵領地の邸宅に到着したミレーヌは、出迎えの家臣たちの重苦しい空気をすぐに察した。
彼らの間に漂うのは、王家からの不興を買ったことへの怯えと、ロドルフ公爵夫妻の機嫌を窺う使用人たちの緊張感だった。ミレーヌは、そんな喧騒から完全に切り離されたかのように、自室で静かに思考を巡らせる。彼女の脳内では、すでに復讐という名の「覇道の第一歩」が計画されていた。
ミレーヌは、公爵家を足掛かりに世界を変えるため、まず内部の「駒」を確保することにした。彼女の思考は、感情という名のノイズを一切含まない。彼女が求めるのは、忠誠心、そして何よりも「利用価値」だ。
「やはり、レベッカが適任だわ」
その人物は、公爵家のメイドの一人だった。この世界の女性としては身長が高く、鮮やかな金髪が特徴のレベッカ・リカール。四年前に家名断絶した元候爵家の令嬢であり、今は、メイドとして公爵家に仕えている。
当主であるロドルフ公爵夫妻から、常々いじめられていることを、ミレーヌは知っていた。いわば、ミレーヌと同じ「不遇な境遇」にいる存在。貴族としての教養と、メイドとして家中の内情に通じているという利用価値を、ミレーヌは見抜いていた。
レベッカを仲間に引き入れるため、ミレーヌはある策を思いついた。
◇◆◇◆
そして、一週間後。
「父上、失礼いたします。今お時間よろしいでしょうか?」
ロドルフ公爵の執務室に入ったミレーヌは、優雅な動作で、完璧な礼儀作法をその男に見せつける。先日の失態が嘘のような完璧な立ち居振る舞いに、ロドルフは一瞬言葉を失った。
「うむ、どうした」
ロドルフの声には、いまだ警戒の色がにじんでいた。ミレーヌは、そんな父の疑念を意にも介さず、冷ややかな視線を向けたまま言葉を続けた。
「はい。王妃教育で培った知識を活かし、公爵家の規律を正したいのですが、よろしいでしょうか」
「どういうことだ?」
「最近、公爵家の規律が乱れているように思えます。もちろん、私のせいで家中が浮足立っているのは承知しております。せめてもの罪滅ぼしに、積極的に働こうとしない何人かのメイドを私の直属にしていただきたいのです。そのメイドを私自ら教育すれば、少しでも父上のお役に立てるかと」
ロドルフは顎に手を当て、考え込む。ミレーヌは、その反応すら計算済みだった。
「それは誰だ?」
ロドルフの問いに、ミレーヌは淀みなく三つの名を挙げた。
「はい、キャサリーとアリエル、そしてレベッカです」
「キャサリーとアリエルだと?」
男の疑問は、ミレーヌの事前の想定通りだった。彼女が挙げた二人の名は、公爵が手を出していると、噂になっているメイドたち。ロドルフは、ミレーヌがその秘密に気づいているのかどうかを探るかのように、怪訝な顔で娘を見つめる。
「難しいでしょうか?」
「いや、彼女たちは積極性が十分認められるので教育の必要はない。……レベッカだけならいいぞ」
ミレーヌは、男の言葉に内心でほくそ笑んだ。予想通りだ。自身の秘密が露見することを恐れるロドルフは、最も利用価値のないレベッカを差し出したのだ。
「わかりました。ありがとうございます」
こうして、ミレーヌは計画の第一歩を成し遂げた。
翌日、ミレーヌの自室に呼び出されたレベッカは、緊張した面持ちで彼女の前に立つ。三十路手前の彼女の顔には、この公爵家でメイドとして理不尽に扱われてきた苦労が、うっすらと刻まれているようだった。レベッカの視線が、主への恐怖と期待で揺れ動いているのを、ミレーヌは冷徹に見つめていた。
室内に漂うのは、ミレーヌが愛用するユリのポプリの淡い香り。しかし、その香りはレベッカの張り詰めた神経を、かえって刺激する。
ミレーヌは、前置きもなく、唐突に問いを投げかけた。
「あなた、世界を変えたくない?」
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