傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む

かずまさこうき

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第一章 胎動編

第15話 偽りの看病

 三週間後、公爵夫妻の寝室で、異変が起こった。原因不明の倦怠感に襲われた夫妻は、高熱を発して倒れ伏す。その知らせを受けたミレーヌは、即座にジャックを私室へと呼び入れた。彼の入室を待つ間、彼女の表情はぴくりとも動かない。

「ジャック、メイド長はもう不要よ。後片付けをお願い」

 ミレーヌの声には、何の感情も籠もらない。それは、まるで使い終わった道具を処分するような、事務的な響きだった。ジャックはほんの僅かに逡巡するも、頭を下げ、私室を後にする。
 翌日、マガリーメイド長は急病を理由に休職届を出し、実家に戻ったと発表された。しかし、前日の夜から彼女を見た者は、誰一人いなかった。ジャックとその配下数名を除いて。

◆◇◆◇

 夫妻の病状は日を追うごとに悪化の一途を辿る。意識も朦朧とし、もはや明確な言葉を発することもできない。看病の便を図るため、二人は別に用意した寝室へと移された。
 二人の寝室に入るミレーヌ。病の床に伏せる両親を前にしても、彼女の瞳はただ底知れぬ闇を宿す。その非人間的な冷たさに、傍らのレベッカは息を呑んだ。部屋を満たすのは、病人の呻きと、まるで凍りついたかのような重い空気だけだった。

 すると、部屋の扉が小さく開いた。ミレーヌの弟、シリル・グラッセが、不安そうな顔で顔を覗かせる。彼の銀色の髪は、部屋の薄暗さの中でもわずかに輝き、まだ幼い彼の純粋さを際立たせていた。

「お姉さま、お父様とお母様、大丈夫なの?」
「シリル。心配いらないわ。すぐに良くなるから」

 ミレーヌの声は、穏やかで優しい。その声を聞き、シリルはわずかに安堵したように見えた。

「でも、お父様も、お母様もお話ができなくて、すごく心配で……」

 ミレーヌは歩み寄り、小さな身体をそっと抱きしめる。ひんやりとした彼女の腕が、シリルには心地よく感じられた。

「大丈夫。私が面倒みるから。あなたに病気が移るかもしれないから、外に出なさい」

 優しく諭すような声で言い、シリルを部屋から出す。その表情の裏には、本心は一切見えない。彼女の瞳は、静かに、ただ冷静に扉が閉まるのを見つめるだけだった。

 公爵夫妻は、看病という名目で、新たに雇用されたメイド二人と配置換えとなったリサの計三名が交代で世話をする。医師団が連日診察に当たったが、病因は判然とせず、ただ衰弱していくばかりだった
 政務を終えたミレーヌは、連日、夫妻の寝室を訪れ、翌朝まで出てこなかった。家中はミレーヌ様自ら看病する姿に驚きの声を挙げる。しかし実際は、彼女は獲物が衰弱していく様を冷徹な眼差しでただ見つめているだけだった。
 
◆◇◆◇

 五日経っても公務に復帰できない夫妻の状況に、家臣たちの間には不穏な空気が流れ始めた。当主不在のままでは、公爵領の運営に支障が出るのは明白だ。すると、ミレーヌは主だった家臣を広間に集めて、やむを得ず公務を代行することを宣言した。

「しかし、お嬢様。公爵様の回復を待つべきではないでしょうか」

 家令が、眉をひそめて反対する。彼の声には、先例を重んじる古いしきたりへの固執が見え隠れする。

「いつ回復するの? それまで公務をおざなりにしろと言うのかしら?」
「いえ、前例がないものでして……」
「前例がなくても、今は私が公爵家の直系血筋の最年長者です。私は、責任ある貴族として、当家の危機から目をそむくことはできません。それとも、私が政務を代行することは、貴方あなたにとって不都合なことなのかしら?」
「い、いえ、めっそうもありません」

 ミレーヌの冷たい視線と、有無を言わせぬ言葉に、家令はそれ以上何も言えなかった。彼の顔には、隠しきれない焦りと怯えが浮かぶ。その後も、ミレーヌは日々の政務をこなしながら、夜は、死へと向かう両親を冷静な目で見つめ続けた。
 ある朝、私室に戻ったミレーヌは、控えていたレベッカに小さく息を吐いた。

「さすがに、毎晩ソファで寝るのは疲れるわね」

 レベッカは何も言わず、ただ静かに主の疲労を察した。退室後、彼女は、下位の使用人を集め、簡易なベットを二人の寝室に運ぶよう指示した。
 
◆◇◆◇

 夫妻が倒れて一ヵ月後、王都から国王の名代として見舞いの使者が公爵家を訪れた。使者は夫妻の病状について詳細に尋ね、まだ年若いミレーヌが政務を代行していることに探りを入れた。
 ミレーヌは完璧な淑女として応対し、やつれた顔を見せながらも、公爵夫妻の病状が深刻であること、しかし公爵家が混乱なく運営されていることを丁重に伝えた。使者は訝しげな表情を隠しきれなかったが、公爵家の対応に形式的な問題は見つけられず、数日後には王都へ戻っていった。


◆◇◆◇

 夫妻は倒れてから三か月後、相次いで息を引き取った。ミレーヌは午前中に、執務室でその訃報をレベッカから受け取った。ミレーヌは微かに頷く。その瞳には、達成感とも冷徹さともつかぬ光が宿っていた。

「このことは、まだ家中にも領内にも伏せなさい。公表する時期は追って伝えるわ」
「かしこまりました」
「ちょっと待って。……これを届けといて」

 ミレーヌが予め用意した書状に日時を書き入れ、渡す。その書状の内容を確認し、うなづくレベッカ。彼女が、退室すると、ミレーヌはすぐにジャックを呼び出した。彼が入室するなり、ミレーヌは低い声で告げる。

「例の件、明朝に決行しなさい」

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