懐古屋

式羽 紺次郎

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最終章

未来

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本日は晴天なり。今日はそんな言葉がとても似合う空模様だ。そして空は、僕の今日の心を映しているようにも思える。
だが、本日は晴天なり。とは本来無線用語であり、その日の天気に関係なく頭につける言葉であると雑学本で読んだことがある。
どこかで聞いたことがあるが、詳しくは知らない言葉。そんな言葉を調べることが好きな僕は今日から出版社に勤める。
ズボンの右ポケットから機械的な振動を感じた。ポケットに手を突っ込み、スマートフォンを取り出す。
画面には、高校時代から付き合っている彼女からのメッセージが表示されていた。
お互い新社会人として頑張ろうね。という内容の短めの文章と、最近女の子の間で人気のキャラクターがガッツポーズをしている
絵文字だった。
僕は短めに返信をして、スマートフォンをポケットにしまいながら、彼女と付き合った頃のことを思い出していた。
その頃、僕は不思議な体験をした。突然部活帰りに拉致されたかと思えば、精神科医を名乗る顔色の悪い男性との会話を強制されたのだ。
しかし、はじめは怪しく思えたその医者のいう事には妙な説得性があり、僕が人生について考え直すきっかけを作ってくれたのだ。
僕はその男性が有名な精神科医だと思っていたが、調べても一向にその男性にはたどりつけなかった。もしかすると身分を詐称していたのかもしれない。
とにかく、その不思議な体験の後、僕はその自称精神科医のアドバイス通り、以前から気になっていた女子、今の彼女にアタックした。
彼女は学内でも人気が高く、男女問わず友人が多い人だった。そんな彼女と恋愛関係になることが出来たのは僕は奇跡だと思っている。
だが、彼女に言わせると不器用ながら、話しかけてくるところを可愛いと思ってくれたらしい。
それから、僕は彼女や彼女の友人の影響を受けて、行動力を上げていくことが出来た。
今まで、休みがちだった剣道部にも毎日参加するようになり、今での町の道場に通っている。この夏に3段への昇格を
かけた試験も控えている。
勉学についてはそれほど励んだわけではないが、大学に進学してからも自分の興味のあることを進んで勉強するようにした。
そんな生活が日常となってきたころに、就職活動の時期がきて、僕も皆と同じく自己PRの文章作成に勤しんでいた。
そんな中、就職活動の方針のことで相談しに行った就活アドバイザーに僕の普段の行動パターンを伝えたところ
君には人よりも多い知識欲を持っていると言われ、マスメディアへの道を進められた。僕は、テレビ局や新聞社といったいわゆる
世間がイメージするマスコミがあまり好きではないので、最初は受けるつもりはなかったが勧められた手前、業界研究をしていると
出版社にたどり着いた。出版社なら、ジャンルが多岐に渡るので世間の大人達の野次馬根性を満たすだけの情報を集めた記事ではなく
本当に僕が調べたい、そして本当に世間に知ってもらいたい記事を書くことが出来るのではないかと思い就職活動を行った。
そして、今日から僕はここ☆☆出版社で記者人生を始めることとなる。



なめていた。この業界には酒の席の付き合いが多いとは聞いていたが、入社1日目からここまで飲まされる羽目になるとは。
しかし、上司や同僚は優しそうな人たちが多かったので入社前に抱いていた不安は幾分か払拭されていた。
僕はふらつく足取りで帰路に向かう。この辺りの地理は頭に入っているのでたとえ酔っていても、家までの道は間違えない自信があった。
僕には趣味らしい趣味はないが、散歩が好きでよく近所を彼女と散歩している。
散歩をしていると忙しい日々の中では見つけることが出来ないものを発見できるからだ。
この間は、1人で散歩している時に普段は入らない裏道で美味しそうなカレー屋を見つけた。今度、彼女を連れて行ってみよう。
そんなことを考えながら歩いていると、僕はふと見たことが無い建物があることに気が付く。
そこは、幹線道路の高架下だが、やけに静かな場所だった。まるでそこだけ別世界であるが如く
音が切り取られているような気がした。
僕は思わず足を止めてその建物を眺めた。そこで初めて周りに人が誰もいないことに気が付いた。
人どころか車が通ってくる気配もない。
その建物の外観は、おびただしい量のツタが巻き付いており、異様な雰囲気を放っていた。
こんなところにこんな洋館があっただろうか。幽霊でも出てもおかしくない雰囲気だ。
僕はなんだか怖くなってきた。しかし、僕の好奇心は逃げることを許してはくれず、その洋館に向けて
歩みを進める。その建物には看板が掲げられていた。
しかし、その看板には何も書かれていなかった。何だろう。昔、営業していたホテルか何かだろうか。
重そうな入口のドアもさび付いており長い間、人の出入りが無いとこを物語っていた。
満足のいく答えを得ることが出来ず、僕の好奇心はお預けを食らったままだったが、先ほど部長に飲まされた
日本酒の味が喉までせりあがってきたので僕は、急いで自宅へ向かうことにした。

その日を最後に、その不気味な洋館を目にすることはなかった。彼女にそのことを話してみたが
それは酔いのせいじゃない?と笑われて一蹴されてしまった。
そうなのだろうか。それにしては鮮明に覚えているのだが。
そんなことを考えていると横に立っている彼女に腕をつつかれた。横を見ると彼女は少しむくれた顔をしていた。
今日は、初めて彼女のご両親に挨拶に行く日だった。そして今、まさに玄関前。
急に緊張が込み上げてきた。何て自己紹介しよう。彼女のお父さんにおとうさんと言っても良いものなのだろうか
そんな僕の逡巡を察したのか、横の彼女は悪戯っぽく微笑んだ。僕もそんな彼女の表情を見て少し緊張が和らいだ。
なんとかなるさ。今日もきっといい1日になるに違いない。
そう思いながら、僕は桜田と書かれた表札の横の、チャイムを押した。
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