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落涙
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しおりを挟むロイだって、人の子だ。
奪われれば当然、怒りや憎しみも沸く。
「……っ、ロドニーがどうして……っ」
――どうして。
そう思った人達が、双方に大勢いたのだ。
いい加減、もう終わりにしなくてはいけない。
ロイも理解しているからこそ、葛藤に苛まれ苦しんでいる。
ぎゅっと腕に力を込めると、より密着して呼吸しづらい。
それでも、顔は上げなかった。
少しずつ大きくなる嗚咽を、止めたくはないから。
息苦しさを感じるのは、彼が腕を締めるからではない。
(……もう、こんなのは嫌だよ)
「……ごめん、苦しいね」
程なくして、ロイが力を緩めた。
もういいのだろうか。
男性が女に涙を見られるのを嫌うのは、何となく理解できるが。
けれど、もう無理はしないでほしいのに。
「顔、上げて」
見てもいいのか躊躇っていると、クスリと笑って言われてしまった。
頬に手を添えられ、彼を見上げる。
涙を拭いた後だったが、その目はまだ潤んでいた。
「私はいるから。最初の約束みたいに同志としても、その、こ、……恋人としても」
ロドニーの分も、とは言えない。
彼にとって父でもあり、先生でもあり……代わりがきくものではないのだ。
「ありがとう。……僕も、それに恥じないようにする」
涙やこれまでの憤りを振り払うかのように言われ、急いで首を振った。
「私の前で無理は……」
強がってほしいのではない。
他の場所、他の人の前では頑張らなくてはいけなくても。ここではロイは、ロイらしくいてほしい。
「そうじゃないよ。それに君こそ」
「私? 」
自分こそ、それほど無理はしていない。
ロイをはじめ、周囲の人達に助けられてばかりだ。
「私は平気……」
「嘘だ」
ぴしゃりと言われ、首を傾げる。
「辛いことも悲しいことも。この短い間に、一気にたくさん経験したはずだ。なのに君は……あれまでずっと泣かなかった」
それはロイがいたから。
悪口も批判も、彼が盾になり受けてくれた。
目隠しも、耳を塞いでくれたりもした。
(だから、ロイがいなくなったら私は)
「僕を想って泣くなんて可愛いし、正直すごく嬉しいよ。……でも君は、頑固で我慢強いから。笑っていることに、慣れすぎてる」
彼が消えて混乱したし、心細かった。
レジーと対峙した時の心境を思うと、やるせないけれど、泣くなんて――。
「……ロドニーが亡くなっていたことは、ジェイダにとっても辛いはずだよ」
「それは……」
もちろん、悲しい。
全く知らない人の訃報でも、心は重くなるものだ。
ましてロドニーは、一方的とはいえどジェイダには知り合いも同然だ。
「僕らに気を遣って、泣かないんだろ。……ロドニーの死では」
当たり前だ。
彼らと自分では、ロドニーとの距離が違いすぎる。
息子である二人が堪えているのに、真っ先に涙を流すなんてできなかった。
「泣いたし、喚いたわ」
レジーがロイを傷つけた時、大騒ぎしてしまった。
止めたのは後悔していないが、兄弟間で大切な話もあっただろうに、終いにはぶっ倒れた。
「それとこれとは別。君……だって、ロドニーを悼む権利があるんだ」
何かを抑えるように、髪を撫でてくれる。
彼の気遣いに、甘えたくはなかったのに。
「……っ、ふ……」
駄目だ。
大事な人を奪われた彼の前で、他人である自分が泣くなんて。
そう思うのに、彼の手に促されてしまう。
促されるまま、次々に涙が生まれてしまう。
「ジェイダ」
名前を呼ばれて、あやすように頭や背中を撫でられて。
彼の動作ひとつひとつが、涙を溢れさせていく。
「……ごめんなさ……っ」
こんなの、嫌なのに。
しゃくりあげる音も、大きくなる。
「何も謝ることはないよ。……ありがとう、ジェイダ」
お礼を言われるのは変だ。
けれども、その言葉に救われた。
涙を拭うことはせず、ただ擦ってくれるロイの優しさがとても嬉しかった。
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