翡翠の森

中嶋 まゆき

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翡翠の森

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冷戦状態だった二つの国。
交流がないことや、お互いを悪く言い合うことが当たり前になっていた。
そんなのおかしいと思っていても、「あちらのせい」だから仕方ないと放り投げて。

「お礼はいらないって、何度も言ったろ。……特に今は、ちっとも嬉しくない」

吐き捨てるように言われ、胸が圧迫されるように苦しい。

「だって、そうだろ。……僕は君が好きだ。二国の未来は見えてきたっていうのに、僕らはこれ? 」

呼吸ができない。
口を開けても声はおろか、酸素すら上手く取り込めていないみたいだ。

彼の腕が、痛いほど強く抱き締めてくる。
けれど、涙が出るのはそのせいではなくて。
胸が張り裂けそうで、悲鳴を上げてしまいたくなるから。

「ロイ……」

しがみつきたい衝動を必死に堪える。
切り出したのは自分なのに、そんな権利はとてもないと思ったのだ。

(好き)

彼のことが好きだ。
別れを申し出たのではないが、それとほぼ同等であることは分かっていた。
ここを離れれば、それぞれの生活が始まる。

ジェイダはクルルに。
ロイはこの国で、彼に相応しいお姫様と――……。

「……泣くと、僕はつけあがるよ」

これまで幾度となく想像してきた、彼との別れ、失恋。
その都度、何とか飲み下してきたのに。
こんな日に限って、上手くいかない。

「君も僕を好きだって。そんなに泣くほど、離れたくないんだって。……僕を待ってるって」

(そんなのダメ、なのに)

彼の立場を思えば、早く誰かと結ばれた方がいい。そう思うのに、言葉にならない。
それは唇を塞がれ、貪られているから。

(……違う)

――否定したくないから――

「僕を好きだと言って」

解放されたと思ったら、今度は耳元で囁かれる。

「じゃなきゃ、一歩も出さない」

「……っ、ん……」

返事を急かすくせに、彼はまた唇を塞いで。

「言ってよ。……早く」

呼吸を整えようとする度に催促して、その後すぐにまた奪われるのだ。

(……怖いよ)

それは彼に対する恐怖ではない。

(このままでいたくなるのが、怖い)

責めるような、乞うような熱に流されてしまえたら。
甘く痺れたまま、他に何も考えずにいられたら――……。

「……言っておくけど」

強めの口調で言われ、肩が震えた。
この期に及んでまだ、彼に嫌われることを恐れている。

「あれほど至るところで交際宣言しておいて別れるなんて、全然納得してないから」

それを言われては黙るしかない。
皆に彼を紹介して回ったのは、ジェイダの方だ。

「君がクルルに帰ったって、僕は必ずまた君を拐いに行くよ。何度も言ったろ。……僕は絶対に諦めない」

いつしか優しく変化した声音が、新たな涙を作っていく。

「なのに君は、僕のことだけ諦めるの? 僕らの国のことは諦めていないくせに。矛盾してるだろ」

何をしに帰ろうというのか。
二つの国を結ぶ為、架け橋になるなどと大きなことを言ってみせた自分が。

「僕の気持ちを放って、勝手に諦めたりしないでよ。頑固者の君が帰ると言ったら、帰るんでしょ。でも僕だって」

頬を包まれて、思わずその手に重ねる。

「会いに行く。それを可能にするべく、頑張ってきたんだ。すぐには難しくても、必ず。できるだけ早く、君を拐いにいく」

大きくて、あたたかい。

(……そうだったね)

こうして繋ぐ為にここに来たのに。
振り解かないと達成できないと、思い込んでいた。

「ロイ」

「ん? 」

今度こそしがみつく。
こうしてくっつけば温かいのに、すっかり忘れていた。

「大好き」

伝えたい想いを、当の本人にひた隠しにするなんて。

「……遅いの。僕はもう」

――愛してる。

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