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翡翠の森
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しおりを挟む「僕もここまで……なんだね」
禁断の森。
彼が送ってくれるのも、ここまで。
「今日はこれで帰るけど。次はこうはいかないから、覚悟しておいて」
あの時は本気で離れるつもりだったのに、一度認めてしまえば、どうしたって無理なのだ。
だが、もう逃げはしない。
「……楽しみに待ってる」
諦める覚悟ではない。
彼を好きでいる覚悟だ。
次は一体いつになるのか。
お互いの国を往き来しても平気になるのは、どれくらい時間が必要なのか。
「うん。何かあれば、すぐに知らせるんだよ」
手紙のやり取りくらいはできる?
でもそれも、長く続かなかったらどうしよう。
「そんな顔してると、連れて帰るよ」
きっと、泣きそうな顔なんだろう。
他に大変なことはあるのに、自分の恋愛についてはどうも弱腰だ。
「ロイが格好よく拐ってくれるのを待ってるわ。その間に、私は私ができることをする」
(私の王子様に、絶対にまた逢える)
甘くて優しくて、結構意地悪。
……だけど、信念の強い王子様。
「言ったね。……その言葉、忘れないで」
人としての願いと、女としての想いが心の中で戦い続けている。
今はまだ、二つが両立することは困難だけれど。
「……うん」
だから、約束。
また必ず、近いうちに。
―― 一緒にこの森に来よう。
「その時は、何が何でも」
髪を、瞳を、肌を。
彼の全ての色を、目に焼きつけておきたいのに。
瞼が落ちてきたと思ったら、もう涙で何も見えない。
「離さない」
(……だから、もうちょっとだけ)
時を惜しむような口づけに、委ねていたかった。
どうにか熱を冷ました後は、二人とも無言だった。
背を向けて、一歩一歩離れていく。
ロイの足音がする。
大股で雑に歩く感じは、まるで知らない人のものだ。
だっていつもは、歩幅も速度も合わせてくれていて――。
「……っ」
ジェイダは走りだした。
小枝が足を掠めた気がしたが、どうでもいい。
これ以上何も思い出さないうちに、森を抜けてしまいたかった。
(ロイ、ロイ……!! )
出てくるのは、彼の名前だけ。
それを消すのは嫌だから、頭の中で何度も繰り返した。
彼と過ごした日々を振り返るには、まだ早すぎる。
視界が開け、ジェイダはようやく息を吐いた。
「……っ、はあ、は……」
転がるように森を出れば、強い日差しに打たれて俯いてしまう。
(……こんなに近いのに、遠すぎるよ)
涙が頬を滑り落ちていく。
乾いた地面に映る影は、ひどく小さく見えた。
「……馬鹿。そんなに泣くくらいなら、何で戻ってきた」
上から声が降ってきて見上げると、兄が困り顔で微笑んでいる。
「お前は祈り子なんかじゃない。ただのガキだ。全部忘れて、惚れた男と過ごすのも……悪くはなかっただろ」
引っ張り上げてくれる手は、力強い。
もがき苦しんできたはずの兄は、優しく頼もしかった。
「……ううん。もちろん、私は祈り子じゃないけど」
こんなところで踞っていたのが恥ずかしくて、ジェイダはぐいっと涙を拭う。
「それを言うなら、兄さんだってただの男の人だわ」
「そりゃ、そうだけど」
空を仰げば、今日も抜けるように高く、青い。
別れてきたばかりのアルフレッド、ジン、デレク。彼らの瞳の色が思い浮かぶ。
「みんな、そう。何の肩書きも、押しつけられる役目もない。そんな私たちだから……」
ああ、もう探してしまう。
この空のどの部分が、最も近い色だろうかと。
「変えられる。もちろん、最高にいい意味で!! 」
あの、少し薄い青が似ているかも。
恋しくて堪らない、アイスブルーの色に。
「……そうだな」
レジーも空を見上げ、程なくしてジェイダの頭を軽く叩いた。
「ほら、行くぞ。ったく、何で怪我してるんだ。昔からトロい奴だな」
「ひどーい」
他愛もない話をしながら、歩き出す。
これは離れていくのではない。
近づいているのだ。
――二人が再び出逢う、あの森へ。
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