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第126話 アホ領主
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〈ヌーナン村領主ケネス・オルマー視点〉
「私はこの村の領主であるケネス・オルマーだ!悪名高きケインズ商会の立ち退き及び、王都へ奉公する為の娘と男児を数人要求する」
陽も沈み、松明を持つ騎兵隊に囲まれ、闇夜に浮かび上がるような白馬に股がりながら、余は言葉を述べた。
馬に乗るのなんて何年ぶりであるか、ここまでの道中で何とか思い出した。
──女に乗るのは、得意なのだがな?
本来なら夕方にはつく頃だったのだが、すっかりと夜になってしまった。しかしこの時間をかけた長い旅路のお陰で、情けない姿を村民に見せることはせずにすんだ。そして先程述べたあの台詞。
村民達は余のことを尊敬の眼差しで見ていることだろう。
──亡き父上から賜ったヌーナン村の村民達よ……
今までは田舎村の領主として君臨することを嫌ってバーミュラーに移り住んでいたのだが、そろそろ歳も歳だ。嫁がほしいと思っていた。
そんな折りに、次のバーミュラーの都市長の最有力候補と目されるヴィスコンティ伯爵の使者が余に協力を求めてきたのだ。
バーミュラーよりも帝国との国境付近に余のヌーナン村が位置している為、余の苦労とその重要性を理解しておられた。
そしてその使者殿曰く、エイブル新国王陛下の元、新体制となった王都へと滅私奉公するための娘と男児を要求するとのことだ。娘は20代の前半、男児は10歳前後が好ましいようである。そして代わりに防衛としてヴィスコンティ伯爵の勇猛なる騎兵隊をヌーナン村に駐屯させるとのことだ。
なんたる配慮の行き届いた提案なのだろうか。
余は二つ返事でそれを快諾すると、ヌーナン村に鍛冶屋や道具屋はあるのかと使者殿に尋ねられた。
余は言った。バロッサの商人がつい先日、それらの店舗を建設する予定であることを。すると使者殿は不審がり、契約書を見せてほしいと頼まれた。
一通り契約書に目を通すとその使者殿は言った。
「これは危険な契約ですぞ!?そのバロッサの商人は今後たくさんのバロッサの移民を住まわせ、ヌーナン村の民を追い出し、村を乗っ取ろうとしているのではありませぬか?」
それを聞いて余は寒気を催した。村民は実に不安な日々を過ごしていたことだろう。しかし余が来たからにはもう大丈夫だ。それにヴィスコンティ卿による援助もある。
この逞しい騎兵隊は、ヴィスコンティ卿の近衛戦士団であり、その武威は帝国をも恐れるほどだと聞く。
余を慕い、陽が沈んだと言うのに多くの村民が姿を見せた。その中にはケインズ商会代表のジョン・メイナーもいる。
余はバロッサの刺客にして敵であるジョン・メイナーに対して馬上より口を開いた。
「貴様、よくも余を騙したな?」
卑しいメガネをかけた悪商人は言った。
「だ、騙してなどおりません!オルマー様も納得していたではありませんか!?」
「黙れ!聞けばあの契約は、一般的に見ても破格の値だというじゃないか!?」
「確かに初めの1、2年はそうかもしれませんが、その後の契約はオルマー様の望む通りの税率ではありませんか!?」
「5年後にここにある店を畳み、別の経営者が店を建てればまた税率は低いままではないのか!?」
メイナーは無言となった。
流石ヴィスコンティ卿の使者だ。彼の言ったことはやはり正しい。
──それにしてもこの村も大分変わったな……
村を囲う防壁に巨大な宿屋。余は広場をぐるりと回って周囲を見渡した。するとその巨大な宿屋にいる娘達に目がいった。
金髪の美しい娘と赤毛の娘だ。金髪の娘は齢20代の前半。赤毛の娘は15か16。王都への奉公人としての対象者ではあるが、
──2人とも余の妻として娶るか……
「そこの2人の娘達よ、余の妻にならぬか?」
余の言葉に歓喜し、驚きの表情を見せる2人の娘達の前に坊主頭の男が立ちはだかった。デイヴィッド・リーンバーンだ。その強面に一瞬だが余は怯んだ。しかし恐れることはない。昔は有名な冒険者であったそうだが、現在はただの宿屋の店主、それに片足が義足だ。また、今ヴィスコンティ伯爵の騎兵隊50人が余の味方なのだ。なんなら新国王陛下であらするエイブル陛下も余の背後に付いていてくれるだろう。
「この2人は俺の家族だ。もし手を出すんなら相手になるぜ?」
余はその言葉遣いに酷く困惑し、怒りが込み上げた。
「な、なんたる無礼!!?」
余はその坊主頭の無礼者に正義の鉄槌を下すことにした。あの美しい娘達も、このデイヴィッドの傍若無人さによってさぞ苦しんできたことであろう。
「騎兵隊よ!その無礼者を捕らえよ!!」
決まった。一度は戦場に立ち、武威を示してみたいものであった。
騎兵隊の隊長が馬から降りて、その長槍を坊主頭に向けたその時、甲高い男児の声が聞こえた。
「やめろ!!」
─────────────────────
─────────────────────
〈王弟エイブルの使者ヴァング視点〉
ヌーナン村。強固な防壁に囲まれ、思ったよりも豊かな村である印象を受けた。陽も沈み、これから眠ろうとするこの村なのだが、冒険者や村民が陽気に語らいあっているのが見えた。しかし、私とヴィスコンティ卿の騎兵隊、そしてヌーナン村のアホ領主ケネス・オルマー御一行を見て、素面に戻る。
私はエイブル国王陛下より派遣され、小都市バーミュラーへと赴いた。
その任とは、エイブル陛下の隠し子とその母親を捕え、処刑することにある。
陛下は私のことを気遣い、お前はヌーナン村に行く必要はない、と仰って頂いた。下らぬ者には下らぬ者で対処させよとも仰っていた。
しかし小都市バーミュラーを訪問し、ヴィスコンティ伯爵が幽閉状態であることを知り、事の顛末を訊いた際に、これは好機なのではないかと思った。
──功を上げ、私が四大将軍の座につく……
バーミュラーの件はヴィスコンティ卿の行きすぎた対応によって、民達の不信を仰いだ印象を受ける。ヴィスコンティ卿曰く、フースバル将軍の兵が勝手にやったことであると宣《のたま》っていた。
ならば何故、ヴィスコンティ卿が監禁紛いの処遇を受けているのか?などとは訊かなかった。おおよそヴィスコンティ卿が功を焦り、対応を間違えたのだろうと予測できたからだ。卿と旧六将軍の元将軍──肩書きは長くなるが仕方がない──ロバート・ザッパとを対立させることを優先すべきではない。インゴベル側についたザッパを許すつもりはないが、この内戦と隣国との大戦が終えてから着手すればよい。
しかしフースバル将軍を四大将軍の座から引きずり下ろす情報が拾えたのは大きい。
私は四大将軍の座を密かに狙っていた。エイブル陛下の側近として、今まで忠誠を尽くしてきたのだ。しかし四大将軍の中に陛下に忠義を尽くすものが何人いるだろうか?恐らく4人が4人とも自分達のことしか考えていない。武も今の四大将軍達にも劣らない自信が私にはある。
私は本来ならヴィスコンティ卿の使者にやらせれば良いことを自ら行い、陛下に自身の有用性を顕示しようと思った。
ヴィスコンティ卿の使者を装い、卿の私兵を代わりに引き連れ、ケネス・オルマーと共にヌーナン村までやって来た。
「騎兵隊よ!その無礼者を捕らえよ!!」
オルマーというアホ領主の命令で騎兵隊の1人──この隊の隊長だ──は馬から降り、槍を元Bランク冒険者である剛力のデイヴィッドに向けたその時、甲高い声が聞こえた。
「やめろ!!」
声のする方向を見ると、そこには10歳くらいの男児がいた。その男児は恐怖で震え、立っているのもやっとのことに見える。
「よせ、セラフ!?」
剛力のデイヴィッドが名を言った。
──セラフ…この男児がエイブル陛下の落とし子であるか!?
すると領主が言った。
「ヴィスコンティ卿より10歳前後の男児は全てお連れしろとのことだ。オイ、お前達?この村の男児を保護し、一ヶ所に集めるのだ」
領主の号令によって、私は馬からおり、槍を握ってエイブル陛下の落とし子セラフの前に歩み寄る。この功は誰にも渡さない。
セラフは恐怖によって息を弾ませ、捕らえるのは簡単なことだと思った。
私はセラフとの距離を更に詰めたその時、背後より物音が聞こえた。デイヴィッドと騎兵達が戦闘を始めたのかと思い、私はその様子を窺い、背後に視線を送った。
すると、2人の女が駆け寄って来ていた。
1人は、先程領主に妻にならないかと提案された金髪の女であり、もう1人は──こちらも金髪の──何故だか見覚えのある15歳ぐらいの少女だった。
「私はこの村の領主であるケネス・オルマーだ!悪名高きケインズ商会の立ち退き及び、王都へ奉公する為の娘と男児を数人要求する」
陽も沈み、松明を持つ騎兵隊に囲まれ、闇夜に浮かび上がるような白馬に股がりながら、余は言葉を述べた。
馬に乗るのなんて何年ぶりであるか、ここまでの道中で何とか思い出した。
──女に乗るのは、得意なのだがな?
本来なら夕方にはつく頃だったのだが、すっかりと夜になってしまった。しかしこの時間をかけた長い旅路のお陰で、情けない姿を村民に見せることはせずにすんだ。そして先程述べたあの台詞。
村民達は余のことを尊敬の眼差しで見ていることだろう。
──亡き父上から賜ったヌーナン村の村民達よ……
今までは田舎村の領主として君臨することを嫌ってバーミュラーに移り住んでいたのだが、そろそろ歳も歳だ。嫁がほしいと思っていた。
そんな折りに、次のバーミュラーの都市長の最有力候補と目されるヴィスコンティ伯爵の使者が余に協力を求めてきたのだ。
バーミュラーよりも帝国との国境付近に余のヌーナン村が位置している為、余の苦労とその重要性を理解しておられた。
そしてその使者殿曰く、エイブル新国王陛下の元、新体制となった王都へと滅私奉公するための娘と男児を要求するとのことだ。娘は20代の前半、男児は10歳前後が好ましいようである。そして代わりに防衛としてヴィスコンティ伯爵の勇猛なる騎兵隊をヌーナン村に駐屯させるとのことだ。
なんたる配慮の行き届いた提案なのだろうか。
余は二つ返事でそれを快諾すると、ヌーナン村に鍛冶屋や道具屋はあるのかと使者殿に尋ねられた。
余は言った。バロッサの商人がつい先日、それらの店舗を建設する予定であることを。すると使者殿は不審がり、契約書を見せてほしいと頼まれた。
一通り契約書に目を通すとその使者殿は言った。
「これは危険な契約ですぞ!?そのバロッサの商人は今後たくさんのバロッサの移民を住まわせ、ヌーナン村の民を追い出し、村を乗っ取ろうとしているのではありませぬか?」
それを聞いて余は寒気を催した。村民は実に不安な日々を過ごしていたことだろう。しかし余が来たからにはもう大丈夫だ。それにヴィスコンティ卿による援助もある。
この逞しい騎兵隊は、ヴィスコンティ卿の近衛戦士団であり、その武威は帝国をも恐れるほどだと聞く。
余を慕い、陽が沈んだと言うのに多くの村民が姿を見せた。その中にはケインズ商会代表のジョン・メイナーもいる。
余はバロッサの刺客にして敵であるジョン・メイナーに対して馬上より口を開いた。
「貴様、よくも余を騙したな?」
卑しいメガネをかけた悪商人は言った。
「だ、騙してなどおりません!オルマー様も納得していたではありませんか!?」
「黙れ!聞けばあの契約は、一般的に見ても破格の値だというじゃないか!?」
「確かに初めの1、2年はそうかもしれませんが、その後の契約はオルマー様の望む通りの税率ではありませんか!?」
「5年後にここにある店を畳み、別の経営者が店を建てればまた税率は低いままではないのか!?」
メイナーは無言となった。
流石ヴィスコンティ卿の使者だ。彼の言ったことはやはり正しい。
──それにしてもこの村も大分変わったな……
村を囲う防壁に巨大な宿屋。余は広場をぐるりと回って周囲を見渡した。するとその巨大な宿屋にいる娘達に目がいった。
金髪の美しい娘と赤毛の娘だ。金髪の娘は齢20代の前半。赤毛の娘は15か16。王都への奉公人としての対象者ではあるが、
──2人とも余の妻として娶るか……
「そこの2人の娘達よ、余の妻にならぬか?」
余の言葉に歓喜し、驚きの表情を見せる2人の娘達の前に坊主頭の男が立ちはだかった。デイヴィッド・リーンバーンだ。その強面に一瞬だが余は怯んだ。しかし恐れることはない。昔は有名な冒険者であったそうだが、現在はただの宿屋の店主、それに片足が義足だ。また、今ヴィスコンティ伯爵の騎兵隊50人が余の味方なのだ。なんなら新国王陛下であらするエイブル陛下も余の背後に付いていてくれるだろう。
「この2人は俺の家族だ。もし手を出すんなら相手になるぜ?」
余はその言葉遣いに酷く困惑し、怒りが込み上げた。
「な、なんたる無礼!!?」
余はその坊主頭の無礼者に正義の鉄槌を下すことにした。あの美しい娘達も、このデイヴィッドの傍若無人さによってさぞ苦しんできたことであろう。
「騎兵隊よ!その無礼者を捕らえよ!!」
決まった。一度は戦場に立ち、武威を示してみたいものであった。
騎兵隊の隊長が馬から降りて、その長槍を坊主頭に向けたその時、甲高い男児の声が聞こえた。
「やめろ!!」
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〈王弟エイブルの使者ヴァング視点〉
ヌーナン村。強固な防壁に囲まれ、思ったよりも豊かな村である印象を受けた。陽も沈み、これから眠ろうとするこの村なのだが、冒険者や村民が陽気に語らいあっているのが見えた。しかし、私とヴィスコンティ卿の騎兵隊、そしてヌーナン村のアホ領主ケネス・オルマー御一行を見て、素面に戻る。
私はエイブル国王陛下より派遣され、小都市バーミュラーへと赴いた。
その任とは、エイブル陛下の隠し子とその母親を捕え、処刑することにある。
陛下は私のことを気遣い、お前はヌーナン村に行く必要はない、と仰って頂いた。下らぬ者には下らぬ者で対処させよとも仰っていた。
しかし小都市バーミュラーを訪問し、ヴィスコンティ伯爵が幽閉状態であることを知り、事の顛末を訊いた際に、これは好機なのではないかと思った。
──功を上げ、私が四大将軍の座につく……
バーミュラーの件はヴィスコンティ卿の行きすぎた対応によって、民達の不信を仰いだ印象を受ける。ヴィスコンティ卿曰く、フースバル将軍の兵が勝手にやったことであると宣《のたま》っていた。
ならば何故、ヴィスコンティ卿が監禁紛いの処遇を受けているのか?などとは訊かなかった。おおよそヴィスコンティ卿が功を焦り、対応を間違えたのだろうと予測できたからだ。卿と旧六将軍の元将軍──肩書きは長くなるが仕方がない──ロバート・ザッパとを対立させることを優先すべきではない。インゴベル側についたザッパを許すつもりはないが、この内戦と隣国との大戦が終えてから着手すればよい。
しかしフースバル将軍を四大将軍の座から引きずり下ろす情報が拾えたのは大きい。
私は四大将軍の座を密かに狙っていた。エイブル陛下の側近として、今まで忠誠を尽くしてきたのだ。しかし四大将軍の中に陛下に忠義を尽くすものが何人いるだろうか?恐らく4人が4人とも自分達のことしか考えていない。武も今の四大将軍達にも劣らない自信が私にはある。
私は本来ならヴィスコンティ卿の使者にやらせれば良いことを自ら行い、陛下に自身の有用性を顕示しようと思った。
ヴィスコンティ卿の使者を装い、卿の私兵を代わりに引き連れ、ケネス・オルマーと共にヌーナン村までやって来た。
「騎兵隊よ!その無礼者を捕らえよ!!」
オルマーというアホ領主の命令で騎兵隊の1人──この隊の隊長だ──は馬から降り、槍を元Bランク冒険者である剛力のデイヴィッドに向けたその時、甲高い声が聞こえた。
「やめろ!!」
声のする方向を見ると、そこには10歳くらいの男児がいた。その男児は恐怖で震え、立っているのもやっとのことに見える。
「よせ、セラフ!?」
剛力のデイヴィッドが名を言った。
──セラフ…この男児がエイブル陛下の落とし子であるか!?
すると領主が言った。
「ヴィスコンティ卿より10歳前後の男児は全てお連れしろとのことだ。オイ、お前達?この村の男児を保護し、一ヶ所に集めるのだ」
領主の号令によって、私は馬からおり、槍を握ってエイブル陛下の落とし子セラフの前に歩み寄る。この功は誰にも渡さない。
セラフは恐怖によって息を弾ませ、捕らえるのは簡単なことだと思った。
私はセラフとの距離を更に詰めたその時、背後より物音が聞こえた。デイヴィッドと騎兵達が戦闘を始めたのかと思い、私はその様子を窺い、背後に視線を送った。
すると、2人の女が駆け寄って来ていた。
1人は、先程領主に妻にならないかと提案された金髪の女であり、もう1人は──こちらも金髪の──何故だか見覚えのある15歳ぐらいの少女だった。
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