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第136話 動き
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〈セラフ視点〉
みんなの心拍数が落ち着いてから僕は説明した。
「魔の森の活性化の話って覚えてます?あれはハルモニア三大楽典のリディア・クレイルが魔の森のモンスター達に精神支配をかけたのが原因なんですよ──」
僕は帝国と神聖国の戦争が起きた経緯を説明した。元々魔の森をハルモニア神聖国が狙っており、バーミュラー攻略の為にこの村を侵略してこようとしていた帝国を、神聖国が邪魔してきたと思わせるような方法で阻止したことを話す。
父さんには現国王勢力をぶつけようとしたこと。その為に王妃殿下と王女殿下の好きなレストランを経営するメイナーさんを利用しようとしたことも正直に話した。
──こんな形で王女殿下と親しくなるなんて……
メイナーさんは呟く。
「そんな狙いがあったとは……」
「ごめんなさい…こんな危険なことに最初から巻き込もうとしてしまって……」
「いえ、私の目標は世界の平和でしたので、セラフ君の目論見と合致する部分が多かったかと思われます。それに私どもも、セラフ君達に黙って王女殿下をここへお連れしてしまいました……皆さんの武力がなければ危うく村人の皆さんを死なせていたかもしれません……」
するとファーディナンドさんが言った。
「そ、それでその神聖国と帝国の戦争はどうなったのですか!?」
「ん~と、両軍を撤退させることに成功した?と思います。それに両国ともリディアを捕らえるか討つかを目的としていたので、魔の森最深部にリディア・クレイルの影を演出できたのは大きかったです。これは僕らの意図でそうなったのではないのですが、結果的にそのように演出できました。たぶん両国ともしばらくは、魔の森やヌーナン村周辺には近付かないと思いますよ?」
「リディア・クレイルを演出した?そのリディアは現在どうなったのです!?」
「実は、リディアは既にジャンヌの手で知らずして倒していたみたいなんですよね……」
僕がジャンヌに視線を合わせるとジャンヌは俯きながら言った。
「お恥ずかしながら……」
「知らずして!?」
「倒したぁ??」
「三大楽典を!?」
「そうみたいなんですよ。ね、マルク?」
「え、えぇ、私が斬られるところを確認したので間違いありません…おぉ、セラフ様にお声をかけて頂けるなんて……」
メイナーさんは僕からの情報を咀嚼し、それを声に出しながら飲み込む。
「つまり、そもそもセラフ君達が既に死んでいたリディア・クレイルの影を演出したおかげで、両軍が魔の森でぶつかりあったということか……」
実際には、最深部を拠点に動いていたマルクのおかげではあるが、メイナーさんにどのようにしてマルクが仲間になったのか、その経緯を説明しなかった。なんだか、僕の血にそのような力があるということを知られると、僕が人間ではないと疑念を抱かせそうで恐かったのだ。だからマルクが最初から仲間である旨をメイナーさん達には示しているし、僕ら家族にもそのように接してもらおうとしている。実際マルクを見てアビゲイルもローラさんも母さんも、また動物を人間に変えたのかと思っていることだろう。デイヴィッドさんにだけマルクが元々なんのモンスターだったかは明かしておこうかな。
──きっと驚くだろうな……
「……っとまぁ、こんな感じで魔の森にはリディアっていう巨大な勢力がいるってことを両国共に知った感じなので、この近くの国境を帝国軍が越えてくることはないと思います。もしかしたらシュマール王国に圧力をかけるためにも、軍を向かわせて来るかもしれませんが、直接的に攻めてくることは考えにくい……ですか?」
メイナーさんは言った。
「…皆様もそうなのですが、セラフ君は一体何者なのですか?」
僕は嘘をつく。
「普通の子供なんですけど、この付与魔法を自分の頭にかけることで、より頭脳明晰になるというか、普通の子供よりもちょっと賢くなる感じだと思います。ハハハ……」
そう言ってから僕は、話題をそらす。
「そ、それよりも!これからどうしますか?ここに王女殿下と王弟の隠し子の僕がいるってことがバレちゃいましたよね?そうなると、父さんやインゴベル陛下、あとは帝国も神聖国もどう動くでしょうか!?」
─────────────────────
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〈ヴィクトール帝国宰相マクベス視点〉
今日の朝食後に、報告が届いた。
王弟エイブルとシュマール王インゴベルの内戦に動きがあったとのことだ。その内容はシュマール王インゴベルが王都を奪還し、王弟エイブルは王都より脱出。そのまま自軍のいるロスベルグ方面へと向かい軍と合流した。
皇帝陛下と我々、ヴィクトール帝国の首脳達は早速、作戦室に赴き、今後の動きについて話し合った。
帝国城の作戦室は、高いアーチ窓から陽光が差し込む明るい空間である。白い石壁には色鮮やかなタペストリーが掛けられ、磨かれた木の円卓には詳細な世界地図が設置されている。剣や巻物が整然と置かれ、窓の外には緑の丘陵と空高く飛んだ鳥達の戯れが見える。
地図上には駒がトラヴェルセッテ山脈西側、シュマール王国とバロッサ王国、そして我が帝国の領土が接している場所に置かれていた。そして魔の森にも駒が置かれている。駒は我が軍を現してる。
そして別の形をした駒がシュマール王国の領土、王都と都市ロスベルグの間に広がるナルボレンシス平原に置かれていた。これはインゴベル軍とエイブル軍を見立てている。それらを今朝の報告に則して移動させた。
インゴベルの駒を王都へ、そして王弟エイブルの駒をロスベルグへと動かした。
皇帝陛下が申される。
「この混乱に乗じて我が軍のできることは何かないか……」
私含めた要人達は頭をひねる。
しかしその時、急報を知らせる衛兵達が畳み掛けるようにして作戦室に入ってきた。
「我が軍及びシュマール王国軍にバロッサ王国軍が攻撃を仕掛けてきました!!
「バロッサ軍の数はおよそ8万です!!」
我々は驚いた。いやバロッサの行動の遅さに驚いたのだ。そんな中、陛下は冷静に分析する。
「インゴベルはバロッサと手を組んだか?」
確かにそう見える。インゴベルとエイブルの戦争に動きがあったと同時に、インゴベルに利のある行動をバロッサがしたからだ。何なら、バロッサはとっくにシュマールとの国境を越えて、侵攻していてもおかしくない。それなのにシュマールと戦争するのではなく、我々と王弟エイブルの派閥であるゴルドーの軍と戦争しているのだ。
私が皇帝陛下の意見に同意をしようとすると、それを否定する報告が届いた。
「ロスベルグの更に北西、バロッサとシュマールの国境が嵐に見回れ、国境に沿うよう崖となってバロッサ王国軍の侵攻を阻んでいるとのことです!!」
陛下は珍しく頭を抱えた。無理もない。私は溢す。
「…い、一体何が起きているのだ……?」
そしてまた、耳を疑うような報告がなされる。
「ヌ、ヌーナン村という田舎村にシュマール王国の王女マシュが匿われているとのことです!!」
陛下は声を飛ばす。
「なんだと!?」
私は畳み掛けられる情報に溺れていた。しかしここへきて、逆に冷静に思考ができるようになった。ヌーナン村は確か、トラヴェルセッテ山脈東側、魔の森付近にある村のことだ。私は地図のその位置を確認する。
マシュは王弟の反乱により、王都で捕らわれているとの報告がなされていたが、実際には違っていたのか。インゴベルの王都脱出と共にマシュも同じくして脱出し、姿を眩ますことに成功していたということだ。それを王弟エイブルは隠し、捕らえたと喧伝することでインゴベルに心理的な負担をかけていた。しかし、それらが偽りであることが、今回の報告で発覚した。
私は地図上にあるシュマール王国の領土、王都と都市ロスベルグに置かれたインゴベルとエイブルの駒を見つめた。この戦の決着次第で、王女マシュをどうするのか、その対応が変わってくる。しかし今、インゴベルとエイブルの決着を待たずに我々がマシュを確保するべきなのではないかと言った意見が飛び交う。
先程ヌーナン村について報告した衛兵が息を整えて、再度口を開く。まだ全ての報告を伝えきれていなかったようだ。
「王弟エイブルの落とし子もそのヌーナン村にいるとのことです……」
私は声を漏らした。
「なんと……」
何の因果であるか。ヌーナン村には王女マシュとエイブルの落とし子が同時に存在している。インゴベルとエイブル双方の弱味として今すぐにでも手元に置きたいと思った。何故なら、今後インゴベルが勝とうが、エイブルが勝とうが、ヌーナン村を襲うという一手で両方が手に入る。即効性と言ったところで王女マシュの方が価値は高いが、エイブルがインゴベルを下した時、その落とし子は反乱と交渉の種になる。
皇帝陛下は言った。
「これでエイブルがバーリントン辺境伯を利用した理由の1つが浮かび上がったな」
以前、エイブルはバーリントン辺境伯を焚き付け、我ら帝国と共謀するようにと辺境伯に仕向けさせた。小都市バーミュラーを落とす計画を立てさせ、罠に嵌めたのだ。その際にヌーナン村を攻め落とさせ、我々がバーミュラー攻略に優利な状況を作らせようとしていた。
我々は、村の1つや2つ犠牲になったところで構わないと言ったエイブルの冷徹な性格としてこのことを捉えていたが、そうではない。ヌーナン村にエイブルや息子のハロルド以外に王位継承者がいることを嫌ったのだ。
──冷徹なことには、かわりないか……
しかしこれらの作戦は失敗する。何故ならヌーナン村に程近い魔の森にハルモニア神聖国より派遣された三大楽典リディア・クレイルが我らの軍とエイブルの思惑を邪魔した。そのヌーナン村には同じく三大楽典のミカエラ・ブオナローテがいたが、現在ミカエラはハルモニアとバロッサ、シュマールの3ヶ国が接する国境付近で軍を主導している。
また魔の森は現在、四騎士ドウェイン・リグザードによって攻略中であり、そこにはリディア・クレイル及び三大楽典プリマ・カルダネラがいて、なんとリディアの裏切りを危惧してプリマがリディアを捕らえにやって来たのではないかという報告が情報局のマルティネス・ベルガーよりなされた。
これはあくまでも可能性であり確定事項ではない。また、ヌーナン村には神聖国の密偵がいると思われる為、王女マシュとエイブルの落とし子の情報は神聖国にも届いているだろう。
作戦室に議論が飛び交う。
ベルガーの報告が確定していない──またその報告以降ベルガーより連絡が届いていない──とはいえ、魔の森ではリディア・クレイルとプリマ・カルダネラが我が軍と戦闘を始めていることから、ヌーナン村の防御は手薄であり、その隙に我らがマシュとエイブルの落とし子を捕らえることも可能なのではないかと議論が進んでいる。勿論だが、それらを後回しにし、現在バロッサとシュマールの領土の接する国境での戦いに注力するべきとの声も上がっている。
何せ、今回王女マシュとエイブルの落とし子を発見した報告は、この反乱の騒ぎの合間に自分の落とし子を殺害する為にエイブルが刺客を放ったところから端を発するとのことだ。そこに王女マシュが潜伏していたなんて、エイブルにとっては僥倖《ぎょうこう》であったことだろう。
しかしここで引っ掛かるのは我々はヌーナン村が神聖国の手によって支配されているのではないかと考えていたのだが、エイブルの刺客を村に簡単に侵入させてしまっているところに疑問の余地が残る。確かに魔の森での戦争によってヌーナン村は神聖国にとってそこまで重要ではないと切り捨てた可能性もあれば、刺客を先導していたのがヌーナン村の領主ならば入村させるのも無理はないかもしれない。しかし大切な駒である王女マシュをあっさりと白日の元に晒してしまっている。
ここで考えられるのは、ベルガーの報告の信憑性が増したということだ。我々がヌーナン村は神聖国に支配されたと考えていたが、それは間違いで神聖国を裏切ったリディア・クレイルによってヌーナン村は支配されたと結論付けられる。だから魔の森での戦争によってリディアはマシュやエイブルの落とし子という駒を保護する手が回らず、晒してしまった。
私は意見する。
「ヌーナン村はその後どうなったのだ?」
衛兵は言った。
「ハッ!王女マシュの存在と落とし子の存在が発覚した時点で、身の危険を感じた密偵は、直ぐにヌーナン村から脱出したとのことです!何やら争い事が起きたと言っておりましたが詳細はわからないと言っております!村にはまだ何人か密偵はおりますが、連絡が取れておりません!」
陛下は言った。
「情報統制だな。王女マシュには護衛がついていただろうから、ただの落とし子を捕らえるつもりでやってきたエイブルの兵が返り討ちにされた可能性の方が高い。リディアの主導する兵もいた筈だ……今、ヌーナン村に軍を向かわせれば横取りできるな……」
「ですが、リディア・クレイルはどのようにしてエイブルの落とし子や王女マシュを手にいれたのでしょうか?まさか偶然なんてあり得るのでしょうか?」
陛下は言った。
「因果を思考し始めると混沌に飲まれるぞ?今は事実のみを考察し、行動すべきだ」
私は陛下の意見を肯定する。少々混乱し過ぎた。陛下は続けて述べた。
「防衛は薄くなるが、四騎士フィリル・グレイスをヌーナン村に向かわせる。戦争中のトーマス・ウェイド並びにヴェスパシアン・ショウは余程の見込みがない限りは防御に努めさせようぞ?」
我々は更に意見を交わし、作戦が決定した。陛下は述べる。
「王弟エイブルはまず王都を再び奪還しようとするだろう。だが王都を攻め落とす為に必要な兵站に限りがあることから、ヌーナン村にいる王女マシュを捕らえに、その方へ向かうと思われる。マシュを捕らえインゴベルの脅しの材料にする可能性が高い。そこをフィリルに叩かせる。もしかしたらその前に王弟エイブルとリディア・クレイルが衝突するかもしれない。王弟軍がヌーナン村を襲った後に動くことを命じておこう。いくら未知の戦力をリディアが有しているからといって、流石に連戦はキツイ筈だ。仮に神聖国も我らと同じくしてやって来た場合も、この世界戦争で武勇のあるハルモニア兵がヌーナン村までやって来る可能性は低い。武力なら我が四騎士の方が上であろう」
情報過多で整理しきれていない。ドウェイン・リグザードからの魔の森での戦争はどうなっているのだろうか。まだその報告がない状態での作戦に私は少々危機感を募らせていた。
みんなの心拍数が落ち着いてから僕は説明した。
「魔の森の活性化の話って覚えてます?あれはハルモニア三大楽典のリディア・クレイルが魔の森のモンスター達に精神支配をかけたのが原因なんですよ──」
僕は帝国と神聖国の戦争が起きた経緯を説明した。元々魔の森をハルモニア神聖国が狙っており、バーミュラー攻略の為にこの村を侵略してこようとしていた帝国を、神聖国が邪魔してきたと思わせるような方法で阻止したことを話す。
父さんには現国王勢力をぶつけようとしたこと。その為に王妃殿下と王女殿下の好きなレストランを経営するメイナーさんを利用しようとしたことも正直に話した。
──こんな形で王女殿下と親しくなるなんて……
メイナーさんは呟く。
「そんな狙いがあったとは……」
「ごめんなさい…こんな危険なことに最初から巻き込もうとしてしまって……」
「いえ、私の目標は世界の平和でしたので、セラフ君の目論見と合致する部分が多かったかと思われます。それに私どもも、セラフ君達に黙って王女殿下をここへお連れしてしまいました……皆さんの武力がなければ危うく村人の皆さんを死なせていたかもしれません……」
するとファーディナンドさんが言った。
「そ、それでその神聖国と帝国の戦争はどうなったのですか!?」
「ん~と、両軍を撤退させることに成功した?と思います。それに両国ともリディアを捕らえるか討つかを目的としていたので、魔の森最深部にリディア・クレイルの影を演出できたのは大きかったです。これは僕らの意図でそうなったのではないのですが、結果的にそのように演出できました。たぶん両国ともしばらくは、魔の森やヌーナン村周辺には近付かないと思いますよ?」
「リディア・クレイルを演出した?そのリディアは現在どうなったのです!?」
「実は、リディアは既にジャンヌの手で知らずして倒していたみたいなんですよね……」
僕がジャンヌに視線を合わせるとジャンヌは俯きながら言った。
「お恥ずかしながら……」
「知らずして!?」
「倒したぁ??」
「三大楽典を!?」
「そうみたいなんですよ。ね、マルク?」
「え、えぇ、私が斬られるところを確認したので間違いありません…おぉ、セラフ様にお声をかけて頂けるなんて……」
メイナーさんは僕からの情報を咀嚼し、それを声に出しながら飲み込む。
「つまり、そもそもセラフ君達が既に死んでいたリディア・クレイルの影を演出したおかげで、両軍が魔の森でぶつかりあったということか……」
実際には、最深部を拠点に動いていたマルクのおかげではあるが、メイナーさんにどのようにしてマルクが仲間になったのか、その経緯を説明しなかった。なんだか、僕の血にそのような力があるということを知られると、僕が人間ではないと疑念を抱かせそうで恐かったのだ。だからマルクが最初から仲間である旨をメイナーさん達には示しているし、僕ら家族にもそのように接してもらおうとしている。実際マルクを見てアビゲイルもローラさんも母さんも、また動物を人間に変えたのかと思っていることだろう。デイヴィッドさんにだけマルクが元々なんのモンスターだったかは明かしておこうかな。
──きっと驚くだろうな……
「……っとまぁ、こんな感じで魔の森にはリディアっていう巨大な勢力がいるってことを両国共に知った感じなので、この近くの国境を帝国軍が越えてくることはないと思います。もしかしたらシュマール王国に圧力をかけるためにも、軍を向かわせて来るかもしれませんが、直接的に攻めてくることは考えにくい……ですか?」
メイナーさんは言った。
「…皆様もそうなのですが、セラフ君は一体何者なのですか?」
僕は嘘をつく。
「普通の子供なんですけど、この付与魔法を自分の頭にかけることで、より頭脳明晰になるというか、普通の子供よりもちょっと賢くなる感じだと思います。ハハハ……」
そう言ってから僕は、話題をそらす。
「そ、それよりも!これからどうしますか?ここに王女殿下と王弟の隠し子の僕がいるってことがバレちゃいましたよね?そうなると、父さんやインゴベル陛下、あとは帝国も神聖国もどう動くでしょうか!?」
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〈ヴィクトール帝国宰相マクベス視点〉
今日の朝食後に、報告が届いた。
王弟エイブルとシュマール王インゴベルの内戦に動きがあったとのことだ。その内容はシュマール王インゴベルが王都を奪還し、王弟エイブルは王都より脱出。そのまま自軍のいるロスベルグ方面へと向かい軍と合流した。
皇帝陛下と我々、ヴィクトール帝国の首脳達は早速、作戦室に赴き、今後の動きについて話し合った。
帝国城の作戦室は、高いアーチ窓から陽光が差し込む明るい空間である。白い石壁には色鮮やかなタペストリーが掛けられ、磨かれた木の円卓には詳細な世界地図が設置されている。剣や巻物が整然と置かれ、窓の外には緑の丘陵と空高く飛んだ鳥達の戯れが見える。
地図上には駒がトラヴェルセッテ山脈西側、シュマール王国とバロッサ王国、そして我が帝国の領土が接している場所に置かれていた。そして魔の森にも駒が置かれている。駒は我が軍を現してる。
そして別の形をした駒がシュマール王国の領土、王都と都市ロスベルグの間に広がるナルボレンシス平原に置かれていた。これはインゴベル軍とエイブル軍を見立てている。それらを今朝の報告に則して移動させた。
インゴベルの駒を王都へ、そして王弟エイブルの駒をロスベルグへと動かした。
皇帝陛下が申される。
「この混乱に乗じて我が軍のできることは何かないか……」
私含めた要人達は頭をひねる。
しかしその時、急報を知らせる衛兵達が畳み掛けるようにして作戦室に入ってきた。
「我が軍及びシュマール王国軍にバロッサ王国軍が攻撃を仕掛けてきました!!
「バロッサ軍の数はおよそ8万です!!」
我々は驚いた。いやバロッサの行動の遅さに驚いたのだ。そんな中、陛下は冷静に分析する。
「インゴベルはバロッサと手を組んだか?」
確かにそう見える。インゴベルとエイブルの戦争に動きがあったと同時に、インゴベルに利のある行動をバロッサがしたからだ。何なら、バロッサはとっくにシュマールとの国境を越えて、侵攻していてもおかしくない。それなのにシュマールと戦争するのではなく、我々と王弟エイブルの派閥であるゴルドーの軍と戦争しているのだ。
私が皇帝陛下の意見に同意をしようとすると、それを否定する報告が届いた。
「ロスベルグの更に北西、バロッサとシュマールの国境が嵐に見回れ、国境に沿うよう崖となってバロッサ王国軍の侵攻を阻んでいるとのことです!!」
陛下は珍しく頭を抱えた。無理もない。私は溢す。
「…い、一体何が起きているのだ……?」
そしてまた、耳を疑うような報告がなされる。
「ヌ、ヌーナン村という田舎村にシュマール王国の王女マシュが匿われているとのことです!!」
陛下は声を飛ばす。
「なんだと!?」
私は畳み掛けられる情報に溺れていた。しかしここへきて、逆に冷静に思考ができるようになった。ヌーナン村は確か、トラヴェルセッテ山脈東側、魔の森付近にある村のことだ。私は地図のその位置を確認する。
マシュは王弟の反乱により、王都で捕らわれているとの報告がなされていたが、実際には違っていたのか。インゴベルの王都脱出と共にマシュも同じくして脱出し、姿を眩ますことに成功していたということだ。それを王弟エイブルは隠し、捕らえたと喧伝することでインゴベルに心理的な負担をかけていた。しかし、それらが偽りであることが、今回の報告で発覚した。
私は地図上にあるシュマール王国の領土、王都と都市ロスベルグに置かれたインゴベルとエイブルの駒を見つめた。この戦の決着次第で、王女マシュをどうするのか、その対応が変わってくる。しかし今、インゴベルとエイブルの決着を待たずに我々がマシュを確保するべきなのではないかと言った意見が飛び交う。
先程ヌーナン村について報告した衛兵が息を整えて、再度口を開く。まだ全ての報告を伝えきれていなかったようだ。
「王弟エイブルの落とし子もそのヌーナン村にいるとのことです……」
私は声を漏らした。
「なんと……」
何の因果であるか。ヌーナン村には王女マシュとエイブルの落とし子が同時に存在している。インゴベルとエイブル双方の弱味として今すぐにでも手元に置きたいと思った。何故なら、今後インゴベルが勝とうが、エイブルが勝とうが、ヌーナン村を襲うという一手で両方が手に入る。即効性と言ったところで王女マシュの方が価値は高いが、エイブルがインゴベルを下した時、その落とし子は反乱と交渉の種になる。
皇帝陛下は言った。
「これでエイブルがバーリントン辺境伯を利用した理由の1つが浮かび上がったな」
以前、エイブルはバーリントン辺境伯を焚き付け、我ら帝国と共謀するようにと辺境伯に仕向けさせた。小都市バーミュラーを落とす計画を立てさせ、罠に嵌めたのだ。その際にヌーナン村を攻め落とさせ、我々がバーミュラー攻略に優利な状況を作らせようとしていた。
我々は、村の1つや2つ犠牲になったところで構わないと言ったエイブルの冷徹な性格としてこのことを捉えていたが、そうではない。ヌーナン村にエイブルや息子のハロルド以外に王位継承者がいることを嫌ったのだ。
──冷徹なことには、かわりないか……
しかしこれらの作戦は失敗する。何故ならヌーナン村に程近い魔の森にハルモニア神聖国より派遣された三大楽典リディア・クレイルが我らの軍とエイブルの思惑を邪魔した。そのヌーナン村には同じく三大楽典のミカエラ・ブオナローテがいたが、現在ミカエラはハルモニアとバロッサ、シュマールの3ヶ国が接する国境付近で軍を主導している。
また魔の森は現在、四騎士ドウェイン・リグザードによって攻略中であり、そこにはリディア・クレイル及び三大楽典プリマ・カルダネラがいて、なんとリディアの裏切りを危惧してプリマがリディアを捕らえにやって来たのではないかという報告が情報局のマルティネス・ベルガーよりなされた。
これはあくまでも可能性であり確定事項ではない。また、ヌーナン村には神聖国の密偵がいると思われる為、王女マシュとエイブルの落とし子の情報は神聖国にも届いているだろう。
作戦室に議論が飛び交う。
ベルガーの報告が確定していない──またその報告以降ベルガーより連絡が届いていない──とはいえ、魔の森ではリディア・クレイルとプリマ・カルダネラが我が軍と戦闘を始めていることから、ヌーナン村の防御は手薄であり、その隙に我らがマシュとエイブルの落とし子を捕らえることも可能なのではないかと議論が進んでいる。勿論だが、それらを後回しにし、現在バロッサとシュマールの領土の接する国境での戦いに注力するべきとの声も上がっている。
何せ、今回王女マシュとエイブルの落とし子を発見した報告は、この反乱の騒ぎの合間に自分の落とし子を殺害する為にエイブルが刺客を放ったところから端を発するとのことだ。そこに王女マシュが潜伏していたなんて、エイブルにとっては僥倖《ぎょうこう》であったことだろう。
しかしここで引っ掛かるのは我々はヌーナン村が神聖国の手によって支配されているのではないかと考えていたのだが、エイブルの刺客を村に簡単に侵入させてしまっているところに疑問の余地が残る。確かに魔の森での戦争によってヌーナン村は神聖国にとってそこまで重要ではないと切り捨てた可能性もあれば、刺客を先導していたのがヌーナン村の領主ならば入村させるのも無理はないかもしれない。しかし大切な駒である王女マシュをあっさりと白日の元に晒してしまっている。
ここで考えられるのは、ベルガーの報告の信憑性が増したということだ。我々がヌーナン村は神聖国に支配されたと考えていたが、それは間違いで神聖国を裏切ったリディア・クレイルによってヌーナン村は支配されたと結論付けられる。だから魔の森での戦争によってリディアはマシュやエイブルの落とし子という駒を保護する手が回らず、晒してしまった。
私は意見する。
「ヌーナン村はその後どうなったのだ?」
衛兵は言った。
「ハッ!王女マシュの存在と落とし子の存在が発覚した時点で、身の危険を感じた密偵は、直ぐにヌーナン村から脱出したとのことです!何やら争い事が起きたと言っておりましたが詳細はわからないと言っております!村にはまだ何人か密偵はおりますが、連絡が取れておりません!」
陛下は言った。
「情報統制だな。王女マシュには護衛がついていただろうから、ただの落とし子を捕らえるつもりでやってきたエイブルの兵が返り討ちにされた可能性の方が高い。リディアの主導する兵もいた筈だ……今、ヌーナン村に軍を向かわせれば横取りできるな……」
「ですが、リディア・クレイルはどのようにしてエイブルの落とし子や王女マシュを手にいれたのでしょうか?まさか偶然なんてあり得るのでしょうか?」
陛下は言った。
「因果を思考し始めると混沌に飲まれるぞ?今は事実のみを考察し、行動すべきだ」
私は陛下の意見を肯定する。少々混乱し過ぎた。陛下は続けて述べた。
「防衛は薄くなるが、四騎士フィリル・グレイスをヌーナン村に向かわせる。戦争中のトーマス・ウェイド並びにヴェスパシアン・ショウは余程の見込みがない限りは防御に努めさせようぞ?」
我々は更に意見を交わし、作戦が決定した。陛下は述べる。
「王弟エイブルはまず王都を再び奪還しようとするだろう。だが王都を攻め落とす為に必要な兵站に限りがあることから、ヌーナン村にいる王女マシュを捕らえに、その方へ向かうと思われる。マシュを捕らえインゴベルの脅しの材料にする可能性が高い。そこをフィリルに叩かせる。もしかしたらその前に王弟エイブルとリディア・クレイルが衝突するかもしれない。王弟軍がヌーナン村を襲った後に動くことを命じておこう。いくら未知の戦力をリディアが有しているからといって、流石に連戦はキツイ筈だ。仮に神聖国も我らと同じくしてやって来た場合も、この世界戦争で武勇のあるハルモニア兵がヌーナン村までやって来る可能性は低い。武力なら我が四騎士の方が上であろう」
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そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜
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不幸体質持ちの若林音羽はある日の帰り道、自他共に認める陽キャのクラスメイト 朝日翔陽の異世界召喚に巻き込まれた。目を開ければ、そこは歩道ではなく建物の中。それもかなり豪華な内装をした空間だ。音羽がこの場で真っ先に抱いた感想は『テンプレだな』と言う、この一言だけ。異世界ファンタジーものの小説を読み漁っていた音羽にとって、異世界召喚先が煌びやかな王宮内────もっと言うと謁見の間であることはテンプレの一つだった。
その後、王様の命令ですぐにステータスを確認した音羽と朝日。勇者はもちろん朝日だ。何故なら、あの魔法陣は朝日を呼ぶために作られたものだから。言うならば音羽はおまけだ。音羽は朝日が勇者であることに大して驚きもせず、自分のステータスを確認する。『もしかしたら、想像を絶するようなステータスが現れるかもしれない』と淡い期待を胸に抱きながら····。そんな音羽の淡い期待を打ち砕くのにそう時間は掛からなかった。表示されたステータスに示された職業はまさかの“無職”。これでは勇者のサポーター要員にもなれない。装備品やら王家の家紋が入ったブローチやらを渡されて見事王城から厄介払いされた音羽は絶望に打ちひしがれていた。だって、無職ではチートスキルでもない限り異世界生活を謳歌することは出来ないのだから····。無職は『何も出来ない』『何にもなれない』雑魚職業だと決めつけていた音羽だったが、あることをきっかけに無職が最強の万能職だと判明して!?
チートスキルと最強の万能職を用いて、音羽は今日も今日とて異世界無双!
※カクヨム、小説家になろう様でも掲載中
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
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これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
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