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女学校時代③ 回想

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それから毎日フミとタエとキヨは一緒に過ごすことになった。

初日に比べてフミはよく笑うようになり、勉強以外の楽しみもタエとキヨに教えてもらった。

友だちと喫茶店に行くこと、活動写真を見ること、寄り道をすること、放課後の何気ない時間のお喋りなどなど、数えきれないくらいの楽しみがフミを待っていた。

世界はこんなに広かったのか、と驚くほどに楽しかった。

友だちが居らず、こちらに越してくる前までは銀座を歩いて覚えたての化粧をして大人になったつもりでいた。

所謂銀ブラというやつだ。

驚いたことにお店からも良く声を掛けられていた。

残念ながら未成年です。と断ると皆口々に驚いていた。

それほど自分は老けているのだろうか?と少しだけ不快になったが何も聞いていないことにする。

今は友達といる。
それだけで16歳のあどけない少女に戻ることができた。

友達というかけがえのない存在にここまで感謝しながら過ごしたことがあるだろうか。

フミが過ごす青春の時間は誰よりも輝いて、宝箱のようだった。

フミは孤独を愛しながらも、人を愛していた。

孤独でいることに慣れすぎると、人は何も感じなくなるらしい。

父はそんな私を案じたのだろうか。

「父さんが死んだ今となっちゃわからないんやけどな」

すっかり話すのに夢中になっていたため、冷めた紅茶をすするフミ。

「フミさんが人を好きなんも自分の世界に没頭したいんも、どっちも私にはわかる気がするで。フミさんのアトリエ見てたらわかる」

「ほんま?あんまり一人に慣れすぎるんもよくないんかもなあ……」

「フミさんは一人じゃないやろ?家族みんな離れてても繋がってるんやし。うちもいるんやし」

朝子が口をとがらせる。

「ふふ、寂しないっていうたら嘘にはなるけどな?ほんまに心の底から寂しいとは思ったこと、私はないねん」

「こんだけ自分の好きなことぶつけて生かしてたら寂しいなんて感情なくなるやろ」

「毎日がほんまに楽しいねん」

そういったフミが少しだけ、寂しそうな気がしたのは気のせいだろうか?

「お友達とは連絡とってるん?」

「とってるで。私は洋装職人、タヱは新聞記者、キヨはお嫁に行ってタイピスト。みんな立派な職業婦人」

「フミさん、なんか隠してる?」

朝子がフミに問うと、フミがこらえていた涙が溢れてきた。

「正直、な。時々寂しいとは思うんよ」

「我慢せんでええんとちゃう?強いだけがフミさんちゃうし」

フミはハンカチを取り出して、こどものように泣いた。

泣きながら次々に思い出される暖かい記憶。

絵画を学びに欧州に行った娘、父親の背中を見て海の向こうに旅立った息子。
自分に似て急に旅に出る!と家を出てしまった末っ子。
良くも悪くもたくさんのことを教えてくれた親友たち。

そして、世界で一番愛しているであろう旦那。

どれほどフミにとって大きな存在だったのかを気づかされた。

「こんなかっこ悪いとこ朝子ちゃんに見られたらしゃーないわな」

一通り泣き終えて、すっきりした顔で朝子に顔を向けるフミ。

「かっこ悪くないでしょ。うちもフミさんにはずっと助けられてきたんやから。今度はうちだってフミさんのこと助けたい」

「おおきに。朝子ちゃん」

泣きつかれたフミの鼻は店に差し込んできた夕日に照らされて真っ赤に染まっていた。
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