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3.イトナの部屋

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 保健室を出て学校の中を歩く。間もなく夕暮れ、学校にはもう誰の姿もない。通り過ぎる教室や玄関は俺がよく知る学校そのもので、異世界というのが信じられないほど。

 学校を出れば遠くに高い塀が見えて、もしやこの学校の敷地内は塀で隔離されているのかもしれない。学校はとても大きく、なぜか日本語で書かれた案内板にはグラウンドが数個あること、寮が何棟か離れてあることが伺えた。

「梨花、こっちだよ」
「梨花じゃない、俺は優希だ!ゆ、う、き、だ!」
「あっごめんね、似てたから。優希こっちだよ」

 カッとなって言い返すと、イトナは子供を相手にするように手を繋ぐ。
 何度も梨花と似てると言われているけども、梨花と俺が似ているところなんて身長くらいだ。2人で歩いていても兄弟だと思われることはあまりない。何が似ているんだろう?
 イトナの手を振り解こうとしても、こいつの力の強さは充分理解しているので諦めて大人しく着いていく。
 学校からいくつか分かれ道のように作られている木々に囲まれた道を行くと、大きな洋館が見えてくる。

【華寮】

 玄関先のプレートにはそうあった。
 見た目は洋館だし造りも豪華そうで全然古びていない、随分金をかけた寮だな。もしかしてこいつらお金持ち学校の生徒なんだろうか。
 洋館はマンションのような仕組みで、イトナの出したカードキーを読み取り玄関扉のロックが外れる。玄関にも管理者は特にいないようで、またカードを読み取って動くエレベーターで上がっていく。

「華寮はね、花嫁を迎える時期の生徒が集められてるから広いんだ。花嫁を迎えられるのは50年に1回だからみんな慎重なんだよ。時期以外の生徒や種族に孕ませるわけにはいかないからね」

 手をぎゅっと握りながらイトナは静かにそう言った。

「孕ませる、ってさっきから怖いんだけどどういう意味なんだ?なんで花嫁は異世界からしか来れない?男でも関係ないって何でだ?」

 いくつか問うと、少し困った顔で俯く。

「そんなこと聞かれても僕は分かんない。花嫁は昔から50年に1回1人だけ呼ばれるし、男でも孕ませれば子供は産まれるんだよ。梨花はまだ……産んでないけど」

 よかったよ!姉を探して異世界に来たら姉の子供がいましたなんて冗談じゃない!ラノベでもそんなえげつないストーリーは見ないぞ!正直ほっとした。
 エレベーターを降りて階に1つしかない部屋の扉に着く。もしかしてこの階すべてがこいつの部屋なのか?どんだけ広いんだこれ。

「あ、でも別に花嫁じゃなくても子供は産まれるよ。えーと、花嫁は特別。人間と交われば、より強い種族の子供が産まれる。人間と結ばれれば栄えるって言われてる。から、歓迎されるんだ。まあ、だから狙われやすいみたい」

 つまり花嫁と呼ばれるのは異世界から勝手に神とやらに呼ばれた人間のみってことか。この言い方だと、こっちには人間以外の種族しかいないようだけど。

「ようこそ僕の部屋に」

 イトナは嬉しそうに俺を迎えた。

 その家(もう部屋じゃなくて家と呼ぶ)は使ってない部屋がいくつかあるようで、何故か多機能なシステムキッチンの隣に小さなバーカウンターまである。
 イトナ曰く内装は割と好きに変えていいそうで、酒が強い種族の部屋にはバーカウンターが自動で装備されるとか。こいつら何歳だ?同い年か少し上くらいに思ってたんだけど、学生じゃなかったのか?
 そう聞くと、「酒を飲むのに年齢制限があるのは人間くらいだよ」と笑われた。
 食べ物は作ってもいいし寮食を頼んでもいい。華寮以外の寮は大食堂があるんだって。特別扱いの度が過ぎる。

 人間じゃないと言っても食べ物は人間となんら変わらず、種族によって好き嫌いが別れる程度。今日はイトナが料理を作ってくれた。
 やたら凝ったパエリアやパスタが器用に次々と作られていくのを側で見ていたが、もしやこいつ手が何本があるんじゃ……と目を懲らすと本当に高速移動している手があった。ただし蜘蛛の手。いや足か?どこから生えてるとかは俺のSAN値が下がりそうなので見なかったことにした。SAN値チェックをしますか?サイは振らない。

 リビングはパステルカラーで統一されていて、作りかけの編み物と毛糸が籠にまとめられていた。乙女か!
 イトナの趣味だろう、毛糸で編んだぬいぐるみやらもふもふの大きいクッションやらが点在している中で、濃いめの味付けの夕飯をご馳走になった後、
「一緒に入ろう」とかスケベオヤジみたいな発言を叱りつけ1人で大きな風呂を借りた。俺より随分大きいシャツを借りて寝ることにする。

「ベッドはひとつしかないから一緒に寝よう?」

 そんなわけないだろうこんだけ部屋が余ってるのに。

「使わない部屋は弄ってないから……そうだ、梨花が喜んでくれたこれ、優希もする?」

 そう言ってイトナは手から出た糸でハンモックを作り上げた。糸は少し伸び縮みして、人生初のハンモックに少しテンションが上がる。

「そういえば梨花もここに住んでたのか?梨花の荷物とか、住んでた痕跡みたいなの見つからないけど・・・」

 あのぬいぐるみや可愛いものは絶対に梨花の趣味じゃない。おっとりした性格のわりに、梨花は機能的なものだけを好んでいた。ぬいぐるみとかもらっても仕舞っていたような。

「ううん。梨花は確か女の子とルームシェアしてたんじゃなかったかな。僕の花嫁になってからは、一人部屋が欲しいって星寮に住んでたよ。もっと小さい部屋なんだけど、そっちがいいって。そうだ、明日案内してあげるよ」

 梨花らしいな。そういえば、1人きりになる時間は大切よって聞いたことがある。

「ハンモックは僕のベッドルームに取り付けるからもう寝ようか。一緒に寝れないのは残念だけど」

 どうして会ったばかりでよく姉と間違える変態ヤロー(しかもどうやら姉の自称旦那)と一緒に寝なければならないのか。人間界の常識とやらはこいつにはないらしい。まだ旦那だって認めてないぞ。

 ブランケットを1枚借りて、クッションのあるハンモックに寝そべる。思ったより寝心地がいい。横になった途端、疲れからか一気に眠気が襲ってきた。

 おやすみ、と言うイトナに半分寝た状態で返事をして、俺は微睡みに身を任せた。
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