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10.温室と幸運
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いつまでそうしていただろうか、ようやく体を起こせたのはまたエレベーターの到着音が鳴った時だった。
ただしルーの部屋ではない。行先を押すのを忘れていた俺は、どうやら崩れ落ちた時の衝撃で新たな行先を肘で押していたらしかった。
扉が開くと、そこは最上階。美しいステンドグラスのガラス扉が俺を迎えた。
「入っていいのかな……」
屋上に設置された、全面ガラスでできたような美しい建物は俺の好奇心を大いに刺激している。
まるで食虫植物の甘い蜜に誘われた虫のように、俺はフラフラと扉に近付く。
ステンドグラスから覗く室内はどうやら木々が生い茂っていた。ふと、今朝の会議でへスターに言われたことを思い出す。
「今度寮の温室に来てくれると嬉しい」
そういえば場所を聞いていなかったけど、もしかしたら温室ってここのことじゃないか。
ステンドグラスの模様に被せるように作られた弧を描いた取っ手は、鍵もなくあっさりと開いた。
「お、お邪魔します」
室内はとても暖かく作られていた。やっぱり温室で間違いないみたいだ。
木々の隙間にレンガで敷いた道が作られている。レンガの上を歩いていくと、見たことがない花や図鑑で見覚えのある大型の植物、曲がりくねった珍しい木等数多くの植物が俺を出迎えてくれる。
そのまま道沿いに進むと、外の光がキラキラと反射している一角に美しい生き物が寝そべっていた。
いつか動物園で見たワニくらいの大きさの、だけどワニのようにゴツゴツはしていない。どちらかと言うとトカゲのような。
すべすべな滑らかな白い皮膚は光を浴びて反射して所々虹を作っている。
その生き物は眠っているのか目をつぶっていて微動だにしない。
あまりにも荘厳で神秘的な景色に、俺は言葉を発することができずただ見つめていた。
どのくらい経ったのか、透き通るようだった皮膚の白さが次第に増していき、固くなっていくような気がする。
息を呑んで見つめていると、やがて「パリッ」という音と共に背中からヒビが入って広がっていく。
軽く割れるような音が続き、ヒビの中心から新たに薄紅色のその生き物が頭をもたげた。
器用に皮膚を剥いで、その殻から抜け出していく。
やがて全身薄紅色の彼は、俺の姿を認めゆっくりと手足を人間の姿に変えていった。
「優希……ようこそ」
彼、へスターはまだ髪に薄桃色を残したまま人間の姿に変わっていた。
「あっごめん!つい!綺麗で見とれちゃって、勝手に入ってごめん!」
話しかけられて自分を取り戻した俺は、裸のままのへスターからようやく視線をずらすことができた。
「いつでも来ていいから……優希は……とても運がいい」
へスターが服を着る気配を後ろに感じながら、独特のテンポの会話に応じる。
「さっきの、へスターの本当の姿?とても綺麗だった。運がいいってさっきの変身を見れたこと?」
「ん……サラマンダーの脱皮は……30年に1度しかやらない」
30年に1度!それは本当にベストタイミングだった!もういつ見れるか分からない……とても美しい光景だった。
「こっち向いて」
その言葉に従って振り向くと、目の前にへスターの顔があった。僅かに目が開かれていて驚く。近い。
「ここは……おれの城……だから。他のメンバーは誰も来ない……優希がゆっくり過ごしたい時は……ここに来るといい」
そう言って立ち上がると、温室の奥のテーブルセットの椅子に座り机上の書物を手にする。へスターしか見ていなくて全く気付かなかったけど、奥は簡易テラスのようになっており、飲み物や軽食も側にセットされていて随分居心地が良さそうだった。
独特のテンポを持った変わり者かと思っていたけど、へスターはとても優しい空気感の持ち主だった。
穏やかで何事もない時間を持てるのは嬉しいことだ。特に1人になる時間が少ない今は……。
その言葉に甘えさせてもらい、向かいの椅子に座る。
『植物の神秘』『火を噴く生き物たち』『この世界の成り立ち』『人間の花嫁ななふしぎ』
すごく興味をそそるタイトルばかりだ……。
へスターを見ると、薄紅色だった髪の色が白に近付きつつある。思わずじっと見つめていると、へスターの細めた目と合う。
「あっあの、髪の色は白に戻るのか?」
「ん……サラマンダーはもともと赤い……俺だけ白い。……脱皮後は特徴が出やすい」
つまり色違い……いやアルビノっていうんだっけ?
「そうなんだ。へスターの白い皮膚が光に反射してとても綺麗だった。赤色も見てみたいけど、俺はへスターの元の姿とっても好きだな」
さっきの神秘的な光景が忘れられず、かと言ってうまく伝える語彙力もない。好きとしかいえずもだもだとしていると、へスターがふふっと笑った。
「優希はとても優しい……優しい気配がする……みんなも、おれも優希が好き」
「え?そ、そうか」
優しい気配ってなんだ。
「この本は読んでもいいの?」
照れ隠しに本を手に取ると、
「ん……」と頷き本の続きを読み始めた。
俺が選んだ本は『この世界の成り立ち』。子供用の神話詰め合わせみたいな本だったけど、とても興味深かった。もしかしたらへスターが俺のために用意してくれてたんじゃ?それは考えすぎかな。
俺が本を読み終わってふと頭を上げると、温室にはいつの間にか明かりが灯り外はすっかり日が落ちていた。
「あっやばっ居すぎた!帰らないと!へスターごめん、ありがとう!」
いつの間にか出ていた紅茶とクッキーを無意識に完食していたらしい。
「またね……優希」
「うん!ありがとう!また来るよ!」
そう言って温室を後にすると、俺は急いでエレベーターに乗り込む。目的地は今度こそルーの部屋。
偶然温室を見つけて脱皮を見れるなんて、本当に運がよかった……運がよかった?
──幸運のおすそ分け
なるほど。ありがとうアルト、最高の幸運をもらったよ!
ただしルーの部屋ではない。行先を押すのを忘れていた俺は、どうやら崩れ落ちた時の衝撃で新たな行先を肘で押していたらしかった。
扉が開くと、そこは最上階。美しいステンドグラスのガラス扉が俺を迎えた。
「入っていいのかな……」
屋上に設置された、全面ガラスでできたような美しい建物は俺の好奇心を大いに刺激している。
まるで食虫植物の甘い蜜に誘われた虫のように、俺はフラフラと扉に近付く。
ステンドグラスから覗く室内はどうやら木々が生い茂っていた。ふと、今朝の会議でへスターに言われたことを思い出す。
「今度寮の温室に来てくれると嬉しい」
そういえば場所を聞いていなかったけど、もしかしたら温室ってここのことじゃないか。
ステンドグラスの模様に被せるように作られた弧を描いた取っ手は、鍵もなくあっさりと開いた。
「お、お邪魔します」
室内はとても暖かく作られていた。やっぱり温室で間違いないみたいだ。
木々の隙間にレンガで敷いた道が作られている。レンガの上を歩いていくと、見たことがない花や図鑑で見覚えのある大型の植物、曲がりくねった珍しい木等数多くの植物が俺を出迎えてくれる。
そのまま道沿いに進むと、外の光がキラキラと反射している一角に美しい生き物が寝そべっていた。
いつか動物園で見たワニくらいの大きさの、だけどワニのようにゴツゴツはしていない。どちらかと言うとトカゲのような。
すべすべな滑らかな白い皮膚は光を浴びて反射して所々虹を作っている。
その生き物は眠っているのか目をつぶっていて微動だにしない。
あまりにも荘厳で神秘的な景色に、俺は言葉を発することができずただ見つめていた。
どのくらい経ったのか、透き通るようだった皮膚の白さが次第に増していき、固くなっていくような気がする。
息を呑んで見つめていると、やがて「パリッ」という音と共に背中からヒビが入って広がっていく。
軽く割れるような音が続き、ヒビの中心から新たに薄紅色のその生き物が頭をもたげた。
器用に皮膚を剥いで、その殻から抜け出していく。
やがて全身薄紅色の彼は、俺の姿を認めゆっくりと手足を人間の姿に変えていった。
「優希……ようこそ」
彼、へスターはまだ髪に薄桃色を残したまま人間の姿に変わっていた。
「あっごめん!つい!綺麗で見とれちゃって、勝手に入ってごめん!」
話しかけられて自分を取り戻した俺は、裸のままのへスターからようやく視線をずらすことができた。
「いつでも来ていいから……優希は……とても運がいい」
へスターが服を着る気配を後ろに感じながら、独特のテンポの会話に応じる。
「さっきの、へスターの本当の姿?とても綺麗だった。運がいいってさっきの変身を見れたこと?」
「ん……サラマンダーの脱皮は……30年に1度しかやらない」
30年に1度!それは本当にベストタイミングだった!もういつ見れるか分からない……とても美しい光景だった。
「こっち向いて」
その言葉に従って振り向くと、目の前にへスターの顔があった。僅かに目が開かれていて驚く。近い。
「ここは……おれの城……だから。他のメンバーは誰も来ない……優希がゆっくり過ごしたい時は……ここに来るといい」
そう言って立ち上がると、温室の奥のテーブルセットの椅子に座り机上の書物を手にする。へスターしか見ていなくて全く気付かなかったけど、奥は簡易テラスのようになっており、飲み物や軽食も側にセットされていて随分居心地が良さそうだった。
独特のテンポを持った変わり者かと思っていたけど、へスターはとても優しい空気感の持ち主だった。
穏やかで何事もない時間を持てるのは嬉しいことだ。特に1人になる時間が少ない今は……。
その言葉に甘えさせてもらい、向かいの椅子に座る。
『植物の神秘』『火を噴く生き物たち』『この世界の成り立ち』『人間の花嫁ななふしぎ』
すごく興味をそそるタイトルばかりだ……。
へスターを見ると、薄紅色だった髪の色が白に近付きつつある。思わずじっと見つめていると、へスターの細めた目と合う。
「あっあの、髪の色は白に戻るのか?」
「ん……サラマンダーはもともと赤い……俺だけ白い。……脱皮後は特徴が出やすい」
つまり色違い……いやアルビノっていうんだっけ?
「そうなんだ。へスターの白い皮膚が光に反射してとても綺麗だった。赤色も見てみたいけど、俺はへスターの元の姿とっても好きだな」
さっきの神秘的な光景が忘れられず、かと言ってうまく伝える語彙力もない。好きとしかいえずもだもだとしていると、へスターがふふっと笑った。
「優希はとても優しい……優しい気配がする……みんなも、おれも優希が好き」
「え?そ、そうか」
優しい気配ってなんだ。
「この本は読んでもいいの?」
照れ隠しに本を手に取ると、
「ん……」と頷き本の続きを読み始めた。
俺が選んだ本は『この世界の成り立ち』。子供用の神話詰め合わせみたいな本だったけど、とても興味深かった。もしかしたらへスターが俺のために用意してくれてたんじゃ?それは考えすぎかな。
俺が本を読み終わってふと頭を上げると、温室にはいつの間にか明かりが灯り外はすっかり日が落ちていた。
「あっやばっ居すぎた!帰らないと!へスターごめん、ありがとう!」
いつの間にか出ていた紅茶とクッキーを無意識に完食していたらしい。
「またね……優希」
「うん!ありがとう!また来るよ!」
そう言って温室を後にすると、俺は急いでエレベーターに乗り込む。目的地は今度こそルーの部屋。
偶然温室を見つけて脱皮を見れるなんて、本当に運がよかった……運がよかった?
──幸運のおすそ分け
なるほど。ありがとうアルト、最高の幸運をもらったよ!
応援ありがとうございます!
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