心の花の国

いりえ。

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すれ違いの夜

その決意は誰がために

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 直感的に、さっきの光が原因だと悟ったけど。
 でも、驚くことはまだ続いた。

「ココネ!」

 男の人の必死な声。妖精の名前を知ってるのは、私とハカセさんだけ。
 なら、これはハカセさんの声だ。ハカセさんが感情をむき出しにしている。
 ココネのもとに近寄る。ハカセさんがすくい上げると、その体はぐったりとしていた。

「なんでこんな。早く、早く処置しないと」
「ハカセ、さん? 普通に喋れるようになったんですか? それに、ココネに一体なにが」
「彼女の感情が暴走して力を使い切ってしまったんだ。早く魔力を。ボクの感情を供給しないとココネが死んでしまう。どこか……どこか設備が整ってる場所に連れて行かないと」

 ココネが、死んじゃう? それを聞いて私も慌てた。治療とか設備とか言われてもどこに案内したら良いのかわからない。私もなにが起きたのかパニックになっていたから。

「チカちゃん、ココネを支えてて。応急処置をするから」
「え、あ、はい!」

 促されるままココネを手にのせる。
 ハカセさんは手荷物から何種類かの花を取り出した。何本も備えているみたいで、その数は多いように見える。

 そして、次に何かを唱え始めた。ココネのそばに花びらをのせて、ココネと一緒に光で包み込んでいく。次第に花が分解され、それをココネが吸収しているような。
 魔法だ。ハカセさんは魔法を使ってココネになにかを施している。だけど。

「ダメだ、手持ちの花じゃ一晩ももたない。誰か花を。たくさんの種類の花を用意してくれ! 医者も、心珠専門の医者を呼んでほしい! 心珠を診断できるような設備が整っている場所にも移動したい!」

 焦りは村のみんなにも伝わったみたいで、顔を合わせて判断に困っているようだった。

「な、なにをわけのわからないことを言ってますの! まずはお縄についてからですわ! さっきの現象もきっちり説明してもらいますわよ!」

 だけど、リリさんは非協力的だった。それを合図に、大人たちは再び私たちとの距離を詰めてくる。

「そんなことしてるヒマはないんだ! 頼む! 罰ならあとでいくらでも受けるから、彼女を助けるのに協力してくれ!」

 ハカセさんの必死の訴え。だけど、みんなは聞いてくれなかった。
 今度こそ止められない? ココネを庇わなきゃいけないから、ハカセさんは……と。
 逡巡したとき。

 ──グオオオオオンッ!

 耳に響く大きな咆哮。頭上からだ。
 見上げると、そこには竜がいた。羽ばたきで煽った風が木々を揺らしながら、私たちの近くに着地する。竜に乗っていたのは。

「やれやれ、見送りが少ないと騒いでいたから何かと思ったら、こういうことか。みなさん、一度落ち着いてみてはいかがかな?」
「クローバー船長……」

 竜士の人以外に乗っていたのは、飛行船の船長と村長さん、それに……。

「彼が必死に船の出発を止めていたんだよ。なにがあったのか事情を聞いたらね、キミらが危ない目にあってるかも知れないって教えてくれて」
「ウィル」

 ぐったりとして連れられていたのは、私がよく知る幼馴染みだった。
 なんでも、学校帰りに別れたあとウィルも私を追いかけたらしい。

 そうしたら、私のあとを追って大人を集めているリリさんを目撃したらしく、大変なことになると予想してクローバー船長を呼んでくれたとのこと。騒ぎを聞きつけた村長さんも、同行させてほしいと言われてここまで一緒に来たらしい。

「よう、バカチカ。考えなしなの、いい加減あらためろよ。ヒヤヒヤさせやがって」

 全力で暴れ回っていたと村長さんは言う。
 そのせいか、ウィルは疲れ切った様子でフラフラとしていた。

「イトスギくんは……彼は私の友人です。きっと誤解があったのでしょう。この件、一旦私に預けていただけませんか。みなさんには明日、事情を説明いたしますので」

 船長さんは帽子をとって、笑顔で深々と大人たちに頭をさげた。

 その胸にはキキョウの花が咲いている。花言葉は──「誠実」「従順」。

 村長さんがそのあとに続く。

「私も彼の友人の一人です。申し訳ございませんでした。事情を知っていながら、私は村人のみなさんに黙っていたことがあります。どうか、少しだけお時間をもらえませんか?」

 同じく心珠にキキョウの花。

 頭を深々と下げる村長さんを見て、リリさんも村人の人たちも肩の力を抜いてくれていた。
 二人とも礼儀をつくしてくれた。そこからさらに、村長さんが大人たちの説得に走る。ハカセさんとは昔から知り合いだったこと。私たちが先に言ったことを重ねて伝え、それで初めてみんなひと息ついたようで。

「船長……どうして……」

 ハカセさんはまるで夢でも見ているかのように、クローバー船長を見上げた。
 お互い、望んだ再会の形ではないだろうけど。

「どうしてなんて、ひどい言い草じゃないか。まあ、キミには何もしてあげられなかったからね。そう思われるのも仕方がないか。でもね、助けを求めてる友人が近くにいたんだから、それを無下にするほど落ちぶれちゃいないよ」

 船に乗る意志がない人間には手を差し伸べられない、と以前船長さんは言っていた。
 だけど、友人が助けてほしいように思えたらその限りではないとのこと。

「ウィルくんに感謝するんだね。あの子が呼び止めてくれなきゃ気づかなかったんだから。警備の人間にもみくちゃにされて、体中にアザまで作っちゃってさ」

 暗くて気づくのが遅れたけど、船長さんの言うとおり、ウィルには痛々しい傷がところどころにあった。大けがはないらしいけど、ウィルの行動には感謝が絶えないだろう。

「ウィル、大丈夫?」
「うん? 間に合ったんならこんなの大したことないって。その、なんだ。お前が無事でよかったよ」

「どうしよう。私、給食のデザートも渡してるしウィルの家の水くみもおつかいも手伝ってるのに、もう日直の当番を代わってあげるくらいしかできないよ」
「いや、さすがにその話は今は良いだろ」

 さっきはケンカして別れたから、胸が不甲斐なさでいっぱいになる。
 でも、ウィルは気にした様子もなく微笑んでくれた。

 二人で船長さんと一緒にココネの様子をうかがう。

「ココネくん、ずいぶん衰弱しているように見えるね。どうすれば彼女を助けられる? 私にも手伝わせてくれ」

 険しい顔つきになって、船長さんもココネを見つめた。
 ハカセさんの支えとなった妖精。いったい何が起きたのか、私にもまだわからないし。わかるのは、ココネがもしかしたら死んじゃうかもしれないということ。

 クローバー船長の気遣いに、ハカセさんは。

「船長。ボクにとって、彼女は大切な存在なんです」

 感極まったというふうに、ハカセさんの瞳から涙がこぼれおちていった。

 その決断に、どれだけの苦労が積み重なっていたのだろう。私の涙が抗いなら、ハカセさんの涙は、枯れきった心から芽吹く感情だ。
 ハカセさんは確かに、クローバー船長に向けてこう懇願したのだった。

「ボクを、船に乗せてください」
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