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第5章 愉悦する道化師

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「散々欲望を吸い尽くされた後、魂を食い潰されるだろうね」

「おいおい……」

 俺は頭が痛くなってきた。メレクはそのまま話を続ける。

「言い方は悪いけど、彼一人ならまだ犠牲は少ない方だよ。今日みたいに、彼を操って、奴がより大勢の人間から精気を奪おうとする可能性もあるんだ。そうすると被害はより大きくなる」

 それを聞いて俺はふと嫌な事を思い出す。

「待てよ……アイツ確か、来週末のカーニバルに出るとか言ってたような……」

 メレクは俺の言葉に眉根を寄せる。

「出演者も観客も多い……これ以上無い最悪な環境だね……」

「悪魔は人間の気を集めれば集める程力を増します……早急に手を打たなければ……」

 サマエルの口調にも焦りが見え始めた。

「我々で何とかするしかないな」

 僅かに間を置いて、マオの涼しげな声が緊迫するお茶の間に響く。

「元はと言えば私の責任だ。悪魔を人間界で好き勝手させる訳にはいかない。月斗に取り憑いた悪魔を払い、メフィストを捕らえて魔導書と鍵を回収するぞ」

「承知しました!」

 サマエルとメレクは胸の前に手を当てて応えた。

「カーニバル当日までに、奴の身柄を確保出来るのが理想的だが……」

「アイツの住んでるマンションなら分かるぜ。大学とカーニバルのダンス練習場所についても知り合いに聞いてみるわ」

「助かる」

「や、俺も偶然とは言え、アレを集めてお前を呼び出しちまった訳だし……」

 俺が頭を掻いていると、メレクが明るさを取り戻したように言った。

「うん、皆んなでなんとか頑張ろ! 僕カーニバルの邪魔だけは絶対させたくないんだよね!」

 マスターの友達のカーニバルチームに手伝いに入っているメレクは、彼等の祭りに掛ける情熱を何度も目の当たりにしているのだろう。

「僕の修復でパワーアップしたアレゴリアも見て欲しいし!」

「そっちか……まあ、俺に出来る事は協力するぜ!」

 こうして俺達は、カーニバルまでの残された時間で、月斗とメフィストを捕まえる事になった。

「……で、結局明日か……」

「やれる事はやったんだけどね~」

 金曜の夜。俺達は先週と全く同じ状態で卓袱台を囲んでいた。

 俺とマオとサマエルはこの一週間、月斗に接触すべく、思い付く限り全ての奴の行動範囲に足を向けていた。
 俺とマオはバイトの合間に、サマエルは家事の合間に、マンションや学校、友人宅、ダンスのレッスン先等、訪問してみたが、奴に会う事はついに叶わなかった。

(会いたくない時に限って出てくる癖に……ったく)

 女の子達とも会っていないらしく、元々夏休み期間という事もあるが、最近は学校にもサークルにも顔を見せていないという。

「屋上からマンション内に潜入してみようとしたのですが、結界が貼られており近づけませんでした……」

 サマエルは眉間にシワを寄せて報告する。

「結界?」

「一緒に居る悪魔の魔法だろう。多分月斗はマンションから外に出ていないのだろうな」

「結界張って、僕らに接触されないようにしたのは、恐らくメフィストだろうけどね……。彼に取り憑いてる奴は、そんな思考力は持っていないだろうから……」

 そう言って、メレクは溜息を吐く。彼はメフィストの探索を担当していた。

「参ったよ。アイツも楽しいパーティの準備に余念が無いんだ。僕らに事前に台無しにされないよう必死なんだろうね。完全に気配を消しているよ」

「どっちも収穫無しか……」

「明日、私は朝から月斗のマンションに張り込みます。メレク様はカーニバルのご準備を、何か動きが有ればご連絡しますので、クラース様は会場で合流いたしましょう」

「分かった。幸也はうみとそらと家で待機していてくれ。奴がもし暴れだしたら、巻き込まれないとも限らない」

「な……!」

 確かに明日は保育園が休みで双子を見ていなくてはならない。だが、自分達だけ家でじっとしていると言うのは気が引けた。

「俺も……いや、分かった」

 しかし、双子を巻き込まないためには、もはやそれしか手は無かった。

「それで良いんだ。私達に任せてくれ」

 そう言うとマオは、俺に優しく微笑んだ。
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