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【第16話】乾いた砂糖菓子
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放課後の駅前にある、少し古びた喫茶店。
「昨夜の秀一の判断は、正しかったと言わざるを得ない」
向かいの席で、桐川露西亜がメロンソーダのストローをいじりながら言った。
彼女の前には、食べかけのフルーツパフェが置かれている。
「母上の追及は厳しかった。『お友達とはいつから』『何のお話をしていたの』と、矢継ぎ早の尋問じゃ。もしあそこで秀一が残っておったら、我が軍の防衛線は崩壊しておったろう」
「そうか。……無事でよかったよ」
僕はコーヒーを飲みながら、穏やかに相槌を打った。
以前の僕なら、彼女の制服姿や、クリームがついた唇を見て、テーブルの下で足首を掠めたり、卑猥な妄想を膨らませたりしていただろう。
けれど、今日は何かが違った。
目の前にいる露西亜が、前以上に幼く見えるのだ。
軍服のような独自の設定を纏っていても、その中身はただの、甘いお菓子が好きな女の子に過ぎない。
「……ん? どうした、秀一。今日はいやに静かではないか」
露西亜が小首をかしげる。
彼女は少し不満そうに、テーブルの下で僕の足首を自身の足首で触れてきた。
僕がそうするのは、それをこれから人気のないところへ誘う合図だった。それを悟った彼女が、頬を赤らめるのを楽しんでいた。
今日は、彼女からその合図をしているようだった。
いつもなら、これでスイッチが入っていたはずだ。
でも、今の僕には、それがまるで「パパ、構って」とねだる子供の悪戯のように感じられた。
「そうかな。……露西亜が美味しそうに食べてるなと思って」
「ふふん。甘味の補給も法力の充填になるゆえの」
彼女は、パフェの上のさくらんぼを口に運んだ。
すっかり僕に、デレになっている。
僕に砂糖菓子のような甘さを求めて、それを味わい、表情を緩めていく。
僕は無意識に、彼女の手首の細さを目で追っていた。
守ってやらなきゃいけない。
この気持ちは「彼氏」の感情というよりは、桐子さんに言われた「父親」のそれに近いのかもしれない。
「……もっと食べなよ。君は少し痩せすぎだ」
「ほう……桐川家の令嬢に向かって太れと言うのか? レーションのカロリーはこれで充分じゃ。それよりも法力の永久機関を回すことが先決よ」
文句を言いながらも、彼女は嬉しそうだった。
結局、その日は一度も「条例」の話にはならなかった。
僕が彼女に触れようとしなかったからだ。
健全で、平和で、砂糖菓子のように無害なデートだった──。
僕がアパートに帰ったのは、夕方過ぎだった。
いつもの門限前に別れた。今頃、彼女は母親に僕との時間を報告しているのだろうか。
鍵を開け、静まり返った部屋に入る。
靴を脱いだ瞬間、ドッと汗が噴き出した。
喫茶店では微動だにしなかった下半身が、痛みを感じるほどに脈打っていた。
──なんだ、これ。
今日、露西亜といる間は、こんなことなどなかった。
別れ際に、喫茶店の裏の木陰でキスをした時も、何もなかった。
その抑え込まれていた獣が、主人の留守を狙って暴れ出したような感覚だった。
僕は荒い息を吐きながら、ベッドに倒れ込む。
ズボンに手をかけて、瞼を閉じた。
想像するのは、今日の喫茶店の光景──。
向かいの席に座る女性。
けれど、脳内に映し出されたのは、何もかも吸い込んでしまう肌の露西亜ではなかった。
確かに顔立ちも背丈も露西亜と同じだが、その肌は雨に濡れたように艶やかで、子供とは別の慎ましさがある。
誰なんだろうか、この女性は。
──露西亜であって、露西亜ではない。
それは僕が勝手に作り出した理想の露西亜なのか。
違う。その黒髪は、ストレートに下に下ろされた露西亜のものと異なって、後ろでしっかり結ばれている。
「……っ、く……」
僕は、乾いた砂糖の塊ではなく、蜜を含んだ果実を貪るような幻覚に、手だけでなく腰を揺らしてしまう。
そして、誰のものでもない熱を吐き出す直前、僕は「……さんっ」と、呼んではいけない人の名前を呼んでいた。
「昨夜の秀一の判断は、正しかったと言わざるを得ない」
向かいの席で、桐川露西亜がメロンソーダのストローをいじりながら言った。
彼女の前には、食べかけのフルーツパフェが置かれている。
「母上の追及は厳しかった。『お友達とはいつから』『何のお話をしていたの』と、矢継ぎ早の尋問じゃ。もしあそこで秀一が残っておったら、我が軍の防衛線は崩壊しておったろう」
「そうか。……無事でよかったよ」
僕はコーヒーを飲みながら、穏やかに相槌を打った。
以前の僕なら、彼女の制服姿や、クリームがついた唇を見て、テーブルの下で足首を掠めたり、卑猥な妄想を膨らませたりしていただろう。
けれど、今日は何かが違った。
目の前にいる露西亜が、前以上に幼く見えるのだ。
軍服のような独自の設定を纏っていても、その中身はただの、甘いお菓子が好きな女の子に過ぎない。
「……ん? どうした、秀一。今日はいやに静かではないか」
露西亜が小首をかしげる。
彼女は少し不満そうに、テーブルの下で僕の足首を自身の足首で触れてきた。
僕がそうするのは、それをこれから人気のないところへ誘う合図だった。それを悟った彼女が、頬を赤らめるのを楽しんでいた。
今日は、彼女からその合図をしているようだった。
いつもなら、これでスイッチが入っていたはずだ。
でも、今の僕には、それがまるで「パパ、構って」とねだる子供の悪戯のように感じられた。
「そうかな。……露西亜が美味しそうに食べてるなと思って」
「ふふん。甘味の補給も法力の充填になるゆえの」
彼女は、パフェの上のさくらんぼを口に運んだ。
すっかり僕に、デレになっている。
僕に砂糖菓子のような甘さを求めて、それを味わい、表情を緩めていく。
僕は無意識に、彼女の手首の細さを目で追っていた。
守ってやらなきゃいけない。
この気持ちは「彼氏」の感情というよりは、桐子さんに言われた「父親」のそれに近いのかもしれない。
「……もっと食べなよ。君は少し痩せすぎだ」
「ほう……桐川家の令嬢に向かって太れと言うのか? レーションのカロリーはこれで充分じゃ。それよりも法力の永久機関を回すことが先決よ」
文句を言いながらも、彼女は嬉しそうだった。
結局、その日は一度も「条例」の話にはならなかった。
僕が彼女に触れようとしなかったからだ。
健全で、平和で、砂糖菓子のように無害なデートだった──。
僕がアパートに帰ったのは、夕方過ぎだった。
いつもの門限前に別れた。今頃、彼女は母親に僕との時間を報告しているのだろうか。
鍵を開け、静まり返った部屋に入る。
靴を脱いだ瞬間、ドッと汗が噴き出した。
喫茶店では微動だにしなかった下半身が、痛みを感じるほどに脈打っていた。
──なんだ、これ。
今日、露西亜といる間は、こんなことなどなかった。
別れ際に、喫茶店の裏の木陰でキスをした時も、何もなかった。
その抑え込まれていた獣が、主人の留守を狙って暴れ出したような感覚だった。
僕は荒い息を吐きながら、ベッドに倒れ込む。
ズボンに手をかけて、瞼を閉じた。
想像するのは、今日の喫茶店の光景──。
向かいの席に座る女性。
けれど、脳内に映し出されたのは、何もかも吸い込んでしまう肌の露西亜ではなかった。
確かに顔立ちも背丈も露西亜と同じだが、その肌は雨に濡れたように艶やかで、子供とは別の慎ましさがある。
誰なんだろうか、この女性は。
──露西亜であって、露西亜ではない。
それは僕が勝手に作り出した理想の露西亜なのか。
違う。その黒髪は、ストレートに下に下ろされた露西亜のものと異なって、後ろでしっかり結ばれている。
「……っ、く……」
僕は、乾いた砂糖の塊ではなく、蜜を含んだ果実を貪るような幻覚に、手だけでなく腰を揺らしてしまう。
そして、誰のものでもない熱を吐き出す直前、僕は「……さんっ」と、呼んではいけない人の名前を呼んでいた。
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