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【第23話】シューロシアには眩しすぎる
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もっともその原因は、一人娘と室内で密会に及んでいた僕にあるわけだが、露西亜にそんな発想はないようだった。
「異界シューロシアより授かったわが法力は、かの聖女の前では、まっこと無力、そして貧者。それが救われた。やはりそなたこそ、わが特異点。妾が『浄化』を続けるに値する男ぞ」
なんだ、そのシューロシアって異世界の設定は。
露西亜は、ケチャップのついた指先を拭きもせず、またポテトをつまんで、誇らしそうに胸を張った。
「そこでだ、秀一。提案がある」
「提案?」
「うむ。近いうちに、『三者会談』を開催したい」
僕は持っていたグラスを取り落としそうになった。
「……三者って、つまり」
「察しがいいな。そなたと、妾と、母上の三人だ。場所は我が要塞のリビングでもよいし、外のレストランでも構わぬ」
彼女は真剣な眼差しで、僕を見つめてきた。
眩しい。希望を求める瞳をしている。
「先日、そなたと母上の面談は、まさに戦場の霧、不期の遭遇戦であった。それをそなたは、見事に切り抜けた。ならば、ここで正式に、貴様を『我が同志』として母上に紹介し、融和関係を求めたい」
露西亜は、少し照れくさそうにストローをいじった。
「そうすれば……母上も、妾のシューロシア界を少しは認めてくれるやもしれぬ。秀一のような特異点、つまり『シューロシアの住人と交信できる、まともな人間』が、妾の側にいるとわかれば、あの聖女の警戒心も解けるはずだ。……妾は、この閉塞した状況を変えたいのだ」
彼女の言葉は、切実だった。
独自の言葉で飾ってはいるが、言いたいことはわかる。
彼女は、母親と仲良くしたいのだ。
自分の趣味や世界観を否定され続け、腫れ物のように扱われる関係を打開したい。そのための触媒として、僕という「外部の人間」に期待している。
これは彼女にとっての、人生をかけた再構築プランなんだろう。
──こんな形で、また桐子さんと会話をすることになるのか。どうせなら、こっそり二人きりで会いたかったけど。
そんな最低なことを考えていたが、露西亜は僕の顔から目を離していなかった。
その目は初めこそ強気だったが、沈黙する僕の様子を見て、少しずつ怯えの色が生じている。
「き、急に変なことを言うてすまなかった。シューロシアのことは、妾一人で守るべきであるな。はは、そなたに修行をさせて、レベルアップさせようと思っていただけだ。そんなに深刻な顔をするでない」
彼女は、頼みごとをするのが苦手らしい。
そりゃそうだろう。
露西亜には何もない。対等な人間関係を構築しようとしても、どこか引け目を感じてしまう。
どうも彼女の人生には成功体験がない。だから他人の横に並ぶことを恐れている。
だから、いつも一方通行の関係や行動を求めていく。
そして、今のところ、それを受け入れているのは、この世で僕一人だけらしい。
「そうだな。僕は、露西亜にたくさん助けられたからな。お礼をしないといけない」
露西亜が不思議そうな目をした。
お礼をされることなんて覚えがないのに、という顔だ。
「君は僕にたくさん『浄化』を施してくれている。だから、お返しになるかどうかはわからないけれど、やらせてもらうよ」
これが彼女の成功体験になれば、露西亜の人格にいい影響を与えるかもしれない。
すると彼女は、さっきまでの緊張や臆病な発言など何もなかったように顎をあげて満面の笑みを浮かべた。
「うむ! 頼もしい限りじゃ。それでこそシューロシアと現世を接合する特異点ぞ!」
そうか。これまで僕を『特異点』と呼んでいたのは、そういう意味だったのか。現実社会と、彼女の空想する幻想を結びつける存在として、認められていたのか。
「ところで、露西亜」
「なんだ?」
「お母さんが『正論の聖剣』を使えるようになったのは、君のお父さんの影響なのかな」
僕はなんとなく、彼女の亡き父親、桐川大和のことが気になっていた。こんな二人の家族なのだ、そしてあんな正義感に満ちた人生を遂げたのだ。きっと、限りなく高潔な人だったのだろう。
「父上か? ……父上は複数の異界と、そしてこの現世を行き来するお方であった。そういう意味では、そなた以前の唯一の『特異点』であったと言える」
露西亜は遠くを見る目をした。
「母上が厳しき御仁になられたのは、父上が還らぬ人となってからだ。父上は、薄汚れた現世を変えうる唯一無二の勇者であった。じゃが……勇者亡き後の現世に光などあろうか」
彼女は拳を握りしめた。
「されど、日輪が隠れてからも世は続く。その日からわが桐川家の領域は、漆黒の宵闇に包まれた。そこで母上は、自ら聖女となりて、失った光を取り戻そうとしたのじゃ。生き残った妾のために」
そうか。桐子さんは、桐川大和が世を去ってから、八歳の娘が絶望の暗闇に落ち込まないよう、常に一人で監視するしかなくなったのだ。その言動から入浴時間まで、徹底管理。
とはいえ、桐子さんには仕事もある。これを手放したら、生活そのものが成り立たない。
そこで母親の目の届かない時は、露西亜がどこかに迷い込まないよう、厳しいルールを作り、人より早い門限も守らせるように躾けた。
時間が少し遅れそうになったら、この子の顔色が変わるほど、厳しく指導した。
「母上は、父上が背負っていた現世の業を背負おうとしているのかもしれぬな。……されど、現世の光は……聖女の光は、時として、わがシューロシアには眩しすぎる」
彼女は強がって鼻で笑った。
「じゃあ、話してくれないか。僕が桐川さんと三人で食事がしたいと言っていたと」
桐川露西亜の顔が輝く。
──事情はある程度わかった。これが、二人のためになるならば、一肌でもふた肌でも脱いでみよう。
露西亜と日取りを詰めていく。
彼女は土日祝の日中に巫女のアルバイトをしている。
僕も彼女に合わせて、バイトを土日祝に当てこむようにしているが、それ以外の時も人手不足でピンチヒッターを求められることがある。
僕らが会うのは、平日の午後三時から彼女の門限六時までが多い。あまり遠出はできない。
三人で会うのなら、門限など関係なく、桐子さんの都合に合わせて会うことになるだろう。
すると、おそらく金曜日の夜になる。
今週の六日か、来週の十三日が、ちょうどいい。
「うむ。あとは母上次第よ。妾からしかと話しておく。されど、先ほど伝えたように、かの聖女の御前ではわがシューロシア話法を使うこと能わず。ゆえに、この世界のニョショウが如き、軽やかな口調を使わざるを得ない。そこは心得ておいてくれ」
そんなことにこだわっているのは、彼女一人だから正直どうでもいいが、少しだけ戸惑うような顔をして、彼女の自尊心を満たしてやることにした。
すでに当日のことが恥ずかしいらしく、落ち着かない様子で、ソーダのストローを掻き回している。
「異界シューロシアより授かったわが法力は、かの聖女の前では、まっこと無力、そして貧者。それが救われた。やはりそなたこそ、わが特異点。妾が『浄化』を続けるに値する男ぞ」
なんだ、そのシューロシアって異世界の設定は。
露西亜は、ケチャップのついた指先を拭きもせず、またポテトをつまんで、誇らしそうに胸を張った。
「そこでだ、秀一。提案がある」
「提案?」
「うむ。近いうちに、『三者会談』を開催したい」
僕は持っていたグラスを取り落としそうになった。
「……三者って、つまり」
「察しがいいな。そなたと、妾と、母上の三人だ。場所は我が要塞のリビングでもよいし、外のレストランでも構わぬ」
彼女は真剣な眼差しで、僕を見つめてきた。
眩しい。希望を求める瞳をしている。
「先日、そなたと母上の面談は、まさに戦場の霧、不期の遭遇戦であった。それをそなたは、見事に切り抜けた。ならば、ここで正式に、貴様を『我が同志』として母上に紹介し、融和関係を求めたい」
露西亜は、少し照れくさそうにストローをいじった。
「そうすれば……母上も、妾のシューロシア界を少しは認めてくれるやもしれぬ。秀一のような特異点、つまり『シューロシアの住人と交信できる、まともな人間』が、妾の側にいるとわかれば、あの聖女の警戒心も解けるはずだ。……妾は、この閉塞した状況を変えたいのだ」
彼女の言葉は、切実だった。
独自の言葉で飾ってはいるが、言いたいことはわかる。
彼女は、母親と仲良くしたいのだ。
自分の趣味や世界観を否定され続け、腫れ物のように扱われる関係を打開したい。そのための触媒として、僕という「外部の人間」に期待している。
これは彼女にとっての、人生をかけた再構築プランなんだろう。
──こんな形で、また桐子さんと会話をすることになるのか。どうせなら、こっそり二人きりで会いたかったけど。
そんな最低なことを考えていたが、露西亜は僕の顔から目を離していなかった。
その目は初めこそ強気だったが、沈黙する僕の様子を見て、少しずつ怯えの色が生じている。
「き、急に変なことを言うてすまなかった。シューロシアのことは、妾一人で守るべきであるな。はは、そなたに修行をさせて、レベルアップさせようと思っていただけだ。そんなに深刻な顔をするでない」
彼女は、頼みごとをするのが苦手らしい。
そりゃそうだろう。
露西亜には何もない。対等な人間関係を構築しようとしても、どこか引け目を感じてしまう。
どうも彼女の人生には成功体験がない。だから他人の横に並ぶことを恐れている。
だから、いつも一方通行の関係や行動を求めていく。
そして、今のところ、それを受け入れているのは、この世で僕一人だけらしい。
「そうだな。僕は、露西亜にたくさん助けられたからな。お礼をしないといけない」
露西亜が不思議そうな目をした。
お礼をされることなんて覚えがないのに、という顔だ。
「君は僕にたくさん『浄化』を施してくれている。だから、お返しになるかどうかはわからないけれど、やらせてもらうよ」
これが彼女の成功体験になれば、露西亜の人格にいい影響を与えるかもしれない。
すると彼女は、さっきまでの緊張や臆病な発言など何もなかったように顎をあげて満面の笑みを浮かべた。
「うむ! 頼もしい限りじゃ。それでこそシューロシアと現世を接合する特異点ぞ!」
そうか。これまで僕を『特異点』と呼んでいたのは、そういう意味だったのか。現実社会と、彼女の空想する幻想を結びつける存在として、認められていたのか。
「ところで、露西亜」
「なんだ?」
「お母さんが『正論の聖剣』を使えるようになったのは、君のお父さんの影響なのかな」
僕はなんとなく、彼女の亡き父親、桐川大和のことが気になっていた。こんな二人の家族なのだ、そしてあんな正義感に満ちた人生を遂げたのだ。きっと、限りなく高潔な人だったのだろう。
「父上か? ……父上は複数の異界と、そしてこの現世を行き来するお方であった。そういう意味では、そなた以前の唯一の『特異点』であったと言える」
露西亜は遠くを見る目をした。
「母上が厳しき御仁になられたのは、父上が還らぬ人となってからだ。父上は、薄汚れた現世を変えうる唯一無二の勇者であった。じゃが……勇者亡き後の現世に光などあろうか」
彼女は拳を握りしめた。
「されど、日輪が隠れてからも世は続く。その日からわが桐川家の領域は、漆黒の宵闇に包まれた。そこで母上は、自ら聖女となりて、失った光を取り戻そうとしたのじゃ。生き残った妾のために」
そうか。桐子さんは、桐川大和が世を去ってから、八歳の娘が絶望の暗闇に落ち込まないよう、常に一人で監視するしかなくなったのだ。その言動から入浴時間まで、徹底管理。
とはいえ、桐子さんには仕事もある。これを手放したら、生活そのものが成り立たない。
そこで母親の目の届かない時は、露西亜がどこかに迷い込まないよう、厳しいルールを作り、人より早い門限も守らせるように躾けた。
時間が少し遅れそうになったら、この子の顔色が変わるほど、厳しく指導した。
「母上は、父上が背負っていた現世の業を背負おうとしているのかもしれぬな。……されど、現世の光は……聖女の光は、時として、わがシューロシアには眩しすぎる」
彼女は強がって鼻で笑った。
「じゃあ、話してくれないか。僕が桐川さんと三人で食事がしたいと言っていたと」
桐川露西亜の顔が輝く。
──事情はある程度わかった。これが、二人のためになるならば、一肌でもふた肌でも脱いでみよう。
露西亜と日取りを詰めていく。
彼女は土日祝の日中に巫女のアルバイトをしている。
僕も彼女に合わせて、バイトを土日祝に当てこむようにしているが、それ以外の時も人手不足でピンチヒッターを求められることがある。
僕らが会うのは、平日の午後三時から彼女の門限六時までが多い。あまり遠出はできない。
三人で会うのなら、門限など関係なく、桐子さんの都合に合わせて会うことになるだろう。
すると、おそらく金曜日の夜になる。
今週の六日か、来週の十三日が、ちょうどいい。
「うむ。あとは母上次第よ。妾からしかと話しておく。されど、先ほど伝えたように、かの聖女の御前ではわがシューロシア話法を使うこと能わず。ゆえに、この世界のニョショウが如き、軽やかな口調を使わざるを得ない。そこは心得ておいてくれ」
そんなことにこだわっているのは、彼女一人だから正直どうでもいいが、少しだけ戸惑うような顔をして、彼女の自尊心を満たしてやることにした。
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