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カウンター席に案内されると、加藤くんが当然のように私の椅子を引いてくれた。前なら、こんなふうにさりげなくエスコートされるだけで胸がいっぱいになって、これでもかというくらいキュンキュンしていたのに、今はただ女性の扱いに慣れた人の行為としか思えなかった。
私が腰を下ろすと、加藤くんは隣に座り、横から鋭い視線を向けてきた。タクシーの中もそうだった。ずっと沈黙が続いて、何を話したらいいのかわからなくて落ち着かないのに、彼は平然とした顔で私を見ていた。気づくたびに胸がざわつく。
その加藤くんが、私の前にメニューを置いた。
「今更だけど、お腹空いてる?まあ、空いてなくても連れてきてたけど」
「…うん」
昼間あれだけ食べたのに、生理前だからか食欲が止まらない。ちょうどいいタイミングで焼き鳥の香ばしい匂いが漂ってきて、胃が勝手に反応する。案の定、お腹が小さく鳴ってしまい、慌てて誤魔化すように姿勢を直した。
「飲み物何がいい?あと、陸、ハツ好きでしょ。頼もっか」
「え?」
思わず顔を上げる。
「あれ?好きだったよね?」
「うん…好きだけど」
「じゃあ、頼んどく。他には?」
私は目を瞬かせた。数年前に一度だけ話したことを、加藤くんが覚えていたなんて。自分ですら忘れていたくらいなのに。しかも彼の口ぶりはごく自然で、特別なことを言っている意識もなさそうだった。その記憶力に鳥肌が立ちそうになる。きっとどの人にもそうなんだろうけど、初対面のときの何気ない会話まで全部覚えていそうで、ちょっと怖いくらいだ。
「…ビール飲む。金曜日だし」
拗ねたようにそう答えて、横目で加藤くんを睨む。さっきまでの強引な行動を思い返すと、怒りがじわじわと蘇ってくる。彼はそんな私の反応を見て、口元を緩めたかと思うと、ふっと吹き出した。
「陸、ごめん。俺、ちょっと怒りすぎた?そんなに俺のこと威嚇しないで」
笑いをこらえるように手の甲を口元に当てて、くすくすと笑っている。その余裕のある表情に、胸の奥がさらにざわついた。人の顔を見て笑うなんて、ほんと失礼な人だ。
「さっきまで、なんかずっと怒ってたじゃん…私が悪いのは分かってるけど、私だって言いたいことあるんだよ」
「分かった。じゃあ後でちゃんと話そ」
彼がそう言ったとき、タイミングよくビールと焼き鳥が届いた。二人して同時にグラスへと視線を落とす。
「じゃあ、とりあえず乾杯。お疲れ」
「乾杯」
グラスを軽く合わせ、勢いよくビールを流し込む。今日は心も体も疲れていたから、キンキンに冷えたビールが喉を通る瞬間、思わず目を細めてしまった。炭酸が喉を刺激し、瞳にうっすらと涙が浮かぶほどだったけれど、それさえも心地いい。
「おー、豪快に飲むね」
「疲れてたから、最高に美味しいかも」
一息ついて背もたれに体を預けると、加藤くんは横からじっと私を見つめ、楽しそうに口角を上げた。
そのまま慣れた手つきで焼き鳥を串から外し、小皿に分けて私の方へと寄せてくる。そういう細やかな仕草の一つひとつが、彼が“モテる男”であることを物語っていた。どうして私は、こんな人と今こうして並んで座り、二人きりで食事をしているんだろう。しかも一度はまんまと惹かれて、痛い失恋までしてしまった相手なのに。毎回私が気づく前に気の利いたことをやられてしまうのだ。
「ありがとう」
小さく呟いて、焼き鳥に箸を伸ばす。まだ不貞腐れている気持ちは拭えなかったけれど、口に運んだ瞬間、そんな感情も一気に薄れていった。香ばしい炭の香りと肉汁の旨みが口いっぱいに広がって、自然と頬が緩んでしまう。まさに“ほっぺが落ちそう”ってこういうことなんだ、と納得する。
「陸って、本当に美味しそうに食べるよね」
加藤くんは自分の皿には手をつけず、片肘をカウンターについて頬杖をし、まるで観察するように私を見ている。
「そうかな?」
「うん。“美味しい”って気持ちが、表情全部に出てる」
「みんなそうなんじゃないの?」
「そんなことないと思う。陸は特にわかりやすい。だから最近はずっと『俺のこと苦手です』『避けてます』って顔してた」
「…っ、そんな顔してない!」
「いーや、してた。今だって」
そう言いながら、加藤くんの手がふいに伸びてきて、私の頬を包むように挟んだ。唐突すぎて、体がびくりと硬直する。頬に伝わる体温と、至近距離からの視線に心臓が暴れ出し、呼吸が浅くなる。
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