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春は出会い……

愛好会の罠

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 翌日の放課後、水野の居場所を訊くと、第二体育館の準備室にいるらしい、との情報を柚月から訊き出した私は、柚月と共に向かった。

 一応、1人で行って水野に襲われても困るのと、アイツのやってる怪しい会の事を柚月も知りたいというので、柚月もついて来てくれた。
 柚月は、校内でも指折りの情報通なのと、見かけによらず一通りの武術をマスターしているので、護衛としても一緒について来て貰う事にした。

 第二体育館の準備室は、使われている様子はなく、やっぱり怪しいとしか思えないが、中に入るしかないだろう。
 ドアの前に立つが、ノックしても反応が無い。

 「ぶち破っちゃう~? 」

 ドアの前で身構えた柚月が言った。
 いつもと違って、なかなか暴力的ですな~。

 「一応、違ってるとヤバいから、やめとこうか」
 「マイは慎重派だね~。でも、中で倒れてるかもしれないから、やっちゃおうよ~」

 柚月は、勉強は出来るのだが、こういうところの判断が攻めすぎているのと、話し方がおっとりしているので、一見バカっぽく見えてしまう。

 「そぉ~れぇ~! 」

 柚月が構えから、掛け声とともに足を繰り出そうとした瞬間

 「コラコラコラ、部室のドアを壊すんじゃない! 」

 声のした背後を振り返ると、そこには昨日と同じ格好の水野が、左手をポケットに突っ込んだ状態で立っていた。

 「猿渡、昨日の今日で私を訪ねたということは、貴殿は入会と言う事でいいのか? 」

 勝手な論理で人の入会を決めようとするので、言った。

 「『沢渡』です! 今日来たのは、昨日来いと言われたからで、入会じゃありません! そもそも、会って、何の会ですか? 」

 水野は、はぁ~っと、ため息をつくと、頭をボリボリと搔きながら

 「自動車愛好会だ」

 私の学校の課外活動には、三段階ある。
 最も上位に位置するのが『部』で、これは言わずと知れた野球部や、サッカー部、吹奏楽部のような部員も相当数いて、連盟主催の大会なども催される、課外活動の花形だ。

 次に位置するのが『同好会』で、この場合は、部員の数が残念ながら規定に僅かながら満たなかった場合や、部員数は少数ながら、大会強豪校で、学校のイメージアップには欠かせない場合などに存在している。

 そして、最底辺に位置するのが『愛好会』だ。
 これは確か、3人以上の部員が最低条件だったような気がするが、大抵が実態の分からない活動だったり、大会もなくて成果が分かり辛い活動であるために理解が得られなかったりするために、部員数が維持できずに、初期メンバーが卒業すると廃部……というパターンが大半を占める部だ。

 もう、地雷臭しかしない部だよ……いや、愛好会だから『会』なのか。

 水野は鍵を開けて、中へと招き入れたので、入ってみると、会の実態とかけ離れた殺風景な部屋だった。
 長机と、パイプ椅子が5脚、あとは古びた冷蔵庫と、スチール棚が2つだが、棚の中身は空っぽで、明らかにこの部屋に最初から置かれていたものだ。

 水野は椅子に座ると、机の下にあるトートバッグの中から袋を取り出し、中にある物を私の方へと突き出して言った。

 「今日呼び出したのは、これを渡そうと思ったからだ。使ってくれ」

 受け取った物は、緑色をした円形のスポンジ状のものだった。
 柚月と2人であれこれ見ていたが、何だか分からないので訊いてみた。

 「これは、一体? 」
 「昨日、エアフロが異常だった時に見たら、エアクリーナーのフィルターがボロボロだったろう。使い古しだが、よりはマシだ。新品を買うまでの繋ぎに使ってくれ」
 「ちなみに、交換方法と、新品が売っている場所は知っているか? 」

 私は黙って首を横に振った。

 「あぁーー! もう、手伝うから今から交換だ。それから、コイツは麓の国道沿いにある大型のカー用品店で売ってる。ネット通販でも可だ」

 私たちは、水野に連れられて、駐車場までやって来た。
 スカイラインのボンネットを開けると、昨日のエアフロの手前にあるキノコ状の形の部分を、水野は指差して言った。

 「ここがエアクリーナーだ。本来は、紙製のフィルターがボックス状のケースに収められているのだが、この車は社外品の剥き出しクリーナーになっている。このてっぺんのネジを外して、外し、中身を入れ替える。サルでもできる作業だ」

 言われた通りに、ネジを外してエアクリーナーのドーム型になってる網の部分を外すと、中に真っ黒いスポンジのようなものが貼りついていた。

 「うわ……汚い」

 私が思わず言うと

 「放置しっ放しの結果がそれだ。今日のものと見比べてみると良い」

 古い方の黒くなったフィルターを外そうとするが、ボロボロに崩れる上に、網の部分に貼りついて外れてこない。
 すると、水野がそれをひったくると、軽く地面に叩きつけて落とし、残った部分は、ポケットから取り出した歯ブラシで掻き出して綺麗にした。

 「本来の交換時期で交換していれば、普通に手で取れる。次回からは半年に1回交換だな」
 「ありがとう……ございます」

 私は思わず言うと、新しいフィルターを網の中に入れていった。入れてから、フィルターが波打って網との間に隙間が出来ている箇所があったので、そこも直してから、元通り取り付けた。

 作業が終わると、話があると言われて元の体育準備室に3人で戻った。
 私たちに椅子を勧めて、冷蔵庫から缶コーヒーを出して渡してくれると、自分でも飲みながら言った。

 「昨日、沢渡のR32から外したエアフロだが、最近、ヘタクソな応急処置をした跡があった。恐らく、車検に預けた段階で不調だったと思われる」
 「ええっ!? 」

 私が驚いたように言うと、水野は続けて言った。

 「悪いことは言わんから、そこに出すのはやめろ。車を壊されるのがオチだ。古い車のエアフロを、パーツクリーナーで洗浄するなど、プロとして考えられん! 」

 取り敢えず、何処に出していいかは、私だと分からないので、お父さんとお母さんに相談だね。とにかくメモメモ……エアフロを壊したと。

 「分からなければ、手っ取り早くここを訪ねると良い。私の紹介だと言えば何とかしてくれる。本当は、一度総点検するのが望ましい」

 水野は1枚の名刺を渡してくれた。
 
 私は、名刺を生徒手帳にしまうと、部室を見回して訊いた。

 「部員は今日来ないんですか? 」
 「いない」
 「えっ!? 」
 「部員はいない」
 
 私は一瞬、何を言っているのか分からなくて頭の中が真っ白になったが、隣にいる柚月を見ても同じ反応なので、私が異常なのではない事が分かった。

 「それは……? 」
 「昨年末に設立したんだ。その際、どうしても部員が3人必要で、進級の危ない奴に声を掛けて、かき集めたんだが、よりにもよって1人が退学し、残りの2人も進級した途端に退部しやがった。だが、年度初めには在籍していたので、今年1年は存続できるという訳だ」

 う~ん、水野恐るべし。そして、考えが浅っ!
 そんな臨時で、しかも進級をエサにかき集めた部員なんて、進級出来たら速攻退部するに決まってんじゃん。

 しかも、存続は出来ても、部員ゼロで活動実態のない愛好会なんて、下手すりゃ夏休み明けにもお取り潰し確定コースじゃね?
 柚月を見ると、私と同じ事を考えてるようで、哀れそうでいて、目が思いっきり笑っている表情をしていた。柚月的には何処かがツボヒットしたようだ。

 「ちなみに、活動って何やるつもりだったんですかぁ? 」

 今まで黙っていた柚月が質問すると、水野は

 「最終的には競技での入賞を念頭に、整備等を行うつもりでいた。学校側から部室と活動場所、更には部車まで提供を受けたので、なかなかあっさり廃部という訳にもいかなくてな」

 と答えると、椅子から立ち上がり準備室の窓をガラッと開けて言った。

 「あれらが、我が会の部車だ」

 
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