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春は出会い……

課題と6連スロットル

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 『乗りたいの』って言われてもねぇ……。
 それだけを言って、飲み物でも持ってくる……と、優子が姿を消した後、私は柚月と、GTSを眺めていた。
 私は口を開いた。

 「どう思う?」
 「かなり、きっついよぉ~」
 「だよねぇ……」

 目の前にあるのは、確かにR32だよ、私らの見慣れた、R32の2ドアクーペだよ。
 でもって、ボロさ具合が半端ないんだよ、マジパネェ……だよ。
 ボディの色は、こういう緑色なのか、と思えるくらいまで苔むしてて、君が代状態だし、その上から、埃がたっぷり積もっていて、緑の上から白を吹いたみたいになってるよ……。
 タイヤも真っ白な上に、同じ位置で、長期間放置したせいで、変形しちゃって、さっきも言ったけど、蒲鉾みたいな形になってるし、これって、私のR32なんて、比較にならないくらいの放置っぷりだよね。
 一応、私のR32って、何年も置きっぱなしだったけど、兄貴が年に2回帰省した時には、芙美香が、やいのやいの言うから、オイルと水を交換して、タイヤに空気を入れて、庭を何周かしてたし、水洗いもしてたよ。

 「それは、復活させる予定でいて、定期的に動かして、メンテしてたから良かったんだよ~。このR32は、解体屋の“ヌシ”のレベルだよ~」

 あちこちを見ていた柚月が、私の話を聞きながら言った。
 そして、床下を、スマホのライトで照らしながら見ていってから、立ち上がると

 「床下は奇麗だから、恐らく、屋内に入れてたんだろうね~。屋根や、リアのタイヤハウス周辺も錆びてないから、ボディは上物だと思うよ~」

 と言って、ドアミラーのところをポンと叩いたが、あまりの汚さに、慌てて手を引っ込めたよ。そして、言った。

 「でも~、エンジンや、足回りは、完全にダメだと思うんだよね~」

 そうだよね~、見てても分かるよね。なにせ、タイヤが蒲鉾みたいになってるんだもん、こんな状態じゃ、足回りなんて期待できないよね。
 ついで言うと、ブレーキも固着しちゃってるんじゃね? って、レベルだよね。

 優子が、コーラを持って戻ってきた。そして

 「どう?」

 と訊いてきた。
 私は、柚月を見ると、アイコンタクトで『マイお願い』と送られているのを確認してから、コーラを一口飲むと言った。

 「ボディはね、いい状態だと思うよ。ただ、あまりに放置による劣化が酷いからさ、メカ関連は、総入れ替えしないとダメな状態だよね」

 すると、優子は、そう言われる事は覚悟していたのか

 「それは分かってるよ。大丈夫、だからお願い、2人とも」

 と言ったが、言葉の終わりに被り気味のタイミングで、柚月が言った。

 「優子さ、コレを、みんなで直すことは可能だと思うよ~。ただ、時間と、お金が物凄くかかると思うからね~。私や、結衣の車買う倍、金額がかかると思ってね~」

 優子が、分かってはいながらも、ショックを受けている表情で、下を向いている脇で、柚月は続けて言った。

 「しかも、卒業までに間に合わない可能性大だし、私らにできるのは、ノーマル状態にするところくらいまで、だからね。分かるよね~」

 柚月は、優子から、キーをひったくるように取ると、ドアノブを引くが、ドアが固着してなかなか開かないらしく、何度も引いたり押したりを繰り返して、ようやく開けることが出来た。
 そして、ボンネットオープナーを引くので、私は、ボンネットの先端に回って、何度も引き上げようとするが、こちらも固着しているようで、柚月と私で、何度もオープナーと、ボンネットを揺すったり引いたりして、ようやく開けることが出来た。

 そして、エンジンを眺めると、満足したような笑みを浮かべて

 「ほらね~」

 と言った。
 私は、そのエンジンを見て、驚いた。

 「ナニこれ?」

 私は思わず言った。
 エンジンのカバーって、普通のRB20は、薄いシャンパンゴールドなのに、これは、所々剥げてるけど、真っ赤になってるし、エンジンの、運転席側サイドに、ラッパみたいなのが6つ付いてて、明らかに、改造されてるよね、コレ、って感じのエンジンだった。

 「6連チャンバーがついてる段階で、ハードチューンなのは分かるけどさ~、恐らく、このエンジン、中がやられてると思うんだよね~」

 柚月が、へらっとしながら、言って放つと、優子は

 「でも、ネットで調べてみると、10年放置した車でも、問題なく動いたって、出てたよ」

 と反論した。
 私も、試しに、その場でググってみると、結構そういう内容のページがあった。
 ほとんどが、1~2年放置だったけど、中には、8年とか、10年放置の例もいくつかあって、へぇ~車って丈夫なんだね、と感心しちゃったよ。
 すると、柚月が、ちょっとだけ真面目な表情になって言った。心なしか、声のトーンも、下がってるような気がするよ。

 「この車が、どノーマルだったら、それでもいいと思うよ~。オイルとガソリン抜いて新しくして、クランク回して、オイル循環させて、かかっちゃえば、『ラッキー』って言って、乗れると思うよ~。でも、この車だからダメ~」
 「なんで!」

 優子が、ちょっと不機嫌になりながら訊いてきた。すると、柚月が鋭い表情になって言った。

 「優子だって分かるでしょ、このエンジンは、スペシャルだって。ぶっちゃけさ、これ、気温が10度違うだけで調子崩しちゃうし、普段と違うオイル入れても同じく、だよぉ。それを10年放置したらどうなるか、分かるでしょぉ……」

 こりゃ柚月、マジで言ってるね。優子に対して、全く引かないで話してるし、優子が完全に押されてるもんね。
 優子が黙ってしまうと、柚月は更に言った。

 「それに、優子には、まだこのエンジンは、早すぎるよ~」
 「なんでよ!」

 優子が、喰ってかかってきた。
 分かるよ。優子って、見た目と違って、結構プライドが高いからね。こういう時に、本性が出て、そのギャップにみんながビビっちゃうんだよね。

 「優子、昔も言ったはずだよ~。最初から、パワーのある物に乗ると、パワーで誤魔化して下手になるって、優子はさ、バイクの時に、マジェスティ事故らせてるから、分かるはずでしょ~」
 「う……」

 あぁ、ここで出てくるかぁ、1年の頃の優子の失敗話が……。
 柚月は続けて

 「優子さ~、私らみんな基本的にノーマルに近いんだよ。マイも、結衣も、私もさ。悠梨だけが、パワーのある車に乗って、今、苦戦してるでしょ~。それ見たら、分かるでしょ~」

 と、言うと、優子は頷いた。

 「だから~、優子。エンジンは、解体屋からノーマル買ってきて、積み替えるよ~、それで良いなら、手伝うけど~」

 柚月がダメ押しをすると、優子が小さく頷いた。

 「イイの~?」
 「うん!」

 柚月に言われて、優子は遂に返事をした。

 「よし、決まり。じゃぁ、明日から少しずつ始めよう」

 柚月が言って、私の方を見てニコッとした。
 正直、そんなに簡単にいくとは思えないプロジェクトが、動き始めて瞬間だったね。
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