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春は出会い……

タコライスとエア抜き

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 お昼はちょっと足を延ばして、イアンモールに行ってきちゃったよ。
 沖縄料理屋さんで、お昼にしたんだけどさ、私、結構好きかも……。
 あのタコライスってやつがさ、私的には結構ハマっちゃってさ、ちょっと自分でチャレンジしたいかな……って思っちゃた。
 タコライスの素ってのが、この辺だと、そうそう売ってないからさ、ちょっとレシピを調べてみようかな。

 さて、午後はデフオイルからいってみようかぁ。
 要領は、さっきのミッションオイルと一緒なんだよね。今度は、フィラーもドレンも凹の四角だってことくらいか。
 デフオイルは専用品なんだね。『機械式LSD対応』のオイルを必ず使わないと、機械式LSDが壊れる可能性があるし、そもそもLSDが効かなくなるからね……か。
 特に好みの問題とかもあるけど、無難なのは、LSDと同じメーカーのデフオイルを使うのが、相性も良いし、一番問題ないという訳だね。
 ちなみに、このオイルはニスモか、ってことは、このR32のLSDはニスモ製だってことだね。

 ミッションより小さいから、容量も、ミッションより少ないってことで良いの?
 2リットルあれば余るくらいだって、よし、ミッションオイルで要領を得たから、ちゃっちゃと、やっちまおう。
 まずはフィラーから外して、次にドレンと、あれ、優子、シールテープ持ってたんだ。取り敢えずね……だって? なんでそんな意味深に言うの?
 古いデフオイルも抜けたから、ドレンを締めて、ガンで新しいオイルを注入しちゃおう。
 溢れてきたから、ここでストーップと、終了だよ。フィラーも締めて、これでミッションとデフオイル交換も終了だよ~。

 あとは、エンジンオイルとフィルター、クーラント液交換だね。
 どうしたの柚月? 最初にクーラント交換して、次にオイルを交換するって?
 なんで? 一応、どんなオイルが入ってたか分からないから、ここに用意した安物のオイルを入れて1回エンジンを循環させた後で、本番のオイルを入れるって? こういうのをフラッシングって言うんだって。

 じゃぁ、ラジエーターは、エンジン外す時にクーラント抜いたから、オイルパンのドレンを外して……と。やっぱりエンジンオイルは真っ黒だね。
 抜けきったみたいだね。そしたら、ドレンを締めるんだね。

 そして、リフトを降ろして、両方ともフィラーを開けて、オイルはそのまま定量注入、ラジエーターも、最初にラジエーターキャップからラジエーターに直接注入するって?
 柚月、満タンに入ったみたいだよ。 え? エンジンをかけてって? 分かったよ。
 うわっ! 室内がカビ臭っ! いくよ
 “キュルルルルルルルルル、キュルルルルルル”
 
 「マイ~、アクセルを空踏みしながら、キー捻ってみて~」

 うん、分かったよ。1、2、3回踏んでみて、今度は踏みっぱなしで
 “キュルルルルルルル……ヴォウヴ……ヴオオオーーン、ヴオオン、ヴオオン”
 柚月が、オッケーの合図を出してる。よし、エンジンの方へと回ろう。

 「遂にかかったねぇ~」

 優子が、珍しく感動を言葉にしてるよ。
 あれ? ラジエターのキャップを開けたところに、お茶の2リットルのペットボトルの、上3分の1を切った状態のやつが、逆さまにして置いてあるよ。
 柚月がラジエーターのホースを揉みながら、言った。

 「マイ、室内でヒーターの温度を最高にしてから、温度上げるボタンを長押しして、優子は、ここで冷却液の補充」

 室内に入って、ヒーターのスイッチオン、エアコンが勝手に入るからオフにして、ひたすらに温度を上げていった。32度で、打ち止まったよ、でも更に温度上げるボタンを長押ししていると、突然表示が『FH』ってなって、暖房が勝手に最強で出てきたよ。羽の数も4枚になってるし、きっとFHって、フルホットとか、そういう意味だよね。

 柚月、なんか暖房が最強に噴射されてんだけど、大丈夫? 今日は暖房要らないよね。
 え? オーバーヒートした時や、冷却水のエア抜きをする時なんかは、暖房は最強にするのが常識だって? そうなの?
 ヒーターってのは、エンジンの冷却水が、ラジエーターに戻る過程で出た熱を利用してるから、ヒーターをつけることによって、水温を下げる働きが出てくるんだよ、だって?
 そして、ヒーターに回ってるところのエア抜きもするから、そういう意味でも必要なんだって
 私の車だったら、あの、デジタルの水温計で、間違いなく水温が下がっているのが、分かったはずだって?

 エア抜きって、とにかく、エアが抜けて減った分の冷却水を補充していく事に尽きるんだね。
 ……厳密に言うと違うけど、大枠は、そんなものだと思っていて良いって?
 今から合図するから、1000回転、2000回転、3000回転を10秒間キープしてくれって? よし、準備オッケーだよ。
 それが終わったら、今度は、アイドリングから4000回転まで回して、またアイドリング、を3回繰り返してくれって?

 これで完了だって、ペットボトルを片付けて、ラジエターキャップを閉めて……と、今度は、オイル交換かぁ、という事でエンジンを1回切ろう。
 なんか、このキーって、よく見ると変わったキーだね。キーヘッドの形が少し違って、水引風のデザインで60って描いてあるよ。
 この車は、日産60周年記念の特別仕様車なんだって? タイプMと同じスポーツステアリングと、CDプレーヤー、プロジェクターライトとフォグランプ、リアスポイラー、アルミホイール、フッ素樹脂塗装、更には専用シートと、そのキーが、特別装備としてついてきたんだって?
  
 しばらく待って、エンジンが少し冷えてきたから、オイル交換に入ろうって?
 早速、ドレンから抜いてみると、さっき入れたばかりなのに、結構真っ黒になっちゃってるね。
 これが、フラッシングなんだって? 敢えて綺麗なオイルを入れて、エンジン内部の汚れを吸着させるんだって、フラッシング用のオイルなんてのも売ってるけど、油膜切れを起こす可能性もあるから、もし、やるなら、今回みたいに、一番安売りしてるオイルでやるのが、ベターなんだって。
 オイルとフィルターも無事交換して、遂に、メカに関しての作業は全部終わったね。
 タイヤを履かせて、ボンネットを元に戻せば、完成だね。よし、早速やっちゃおう。

 このホイールさ、ホイールナットの上にカバーがかかって、ナットが見えないようになっちゃってるから、整備性は良くないよね。凹凸が少なくて、空気抵抗が良くなるのと、デザイン上の問題なんだろうけどね。
 よし、終わったよ。あ、ナットの所のカバーみたいなやつの、専用レンチがあるんだ。六角になってるけど、メガネレンチなんてレベルじゃないサイズだったから、手締めで良いのかと思っちゃった。

 よし、これでリフトを降ろして、ボンネットの取り付けだね、
 今度は4人いるから付けるの楽じゃね? 2人が支えて、2人がボルトを締めればいいんだからさ。
 じゃぁ、私と柚月が支えて……え? 少しは優子にやらせなよ、だって? でもさ、優子、外す時だって途中でヘバっちゃったじゃん。
 え? やらせて欲しいって、そうなの、じゃぁ、しっかり頼むね。

 穴の位置が微妙に合ってないよ……優子、もう少し下、今度は下過ぎ。よし入れるよ……って、角度が合ってないの! ボンネットをもう少し寝かせて。
 ようやく取り付けられた。優子は、やっぱりあれだけの作業でヘロヘロになっちゃったじゃん。

 でも、これで遂に出来上がったね。
 私らだけで、あんな状態だったR32を、ここまでにしたんだね。
 いやぁ~、なんか凄いね! 達成感があるね。よし、優子にエンジンをかけてもらって、軽く1周して貰おう。
 優子、ゆっくり走るんだよ。ブレーキの圧が、まだ、かかり辛くなってるかもしれないし、作業ミスもあり得るんだからね!
 “キュルルルルル、ヴオオオオオ”
 やったよぉ、さっきもかかってたけどさぁ、それでも、しっかりかかったよぉ。

 よし、ゆっくりと走りながら、ところどころブレーキを踏んでいって、駐車場に行ったよ。そして、バックで切り返して、こっちまで戻ってきたね。

 「どうだった?」

 私は、思わず、喰い気味に訊いてしまった。

 「うん、凄く調子いいし、ブレーキもしっかり効くよ。みんな、本当にありがとう!」

 優子は、とても嬉しそうな表情で、そして、大きな声で言った。

 「なんか、自分たちで手を入れた車が走るのって、感動するね、そうじゃね?」

 悠梨が興奮しながら言って、なんか妙なガッツポーズを取っていた。

 「優子~、これで、あとは登録だけだね~」

 柚月が言うと、優子の表情が曇った。そして、さっきより明らかに小さな声で言った。

 「登録って、何をすればいいの?」
 「内容は車検が主で~、同時に登録手続きも必要になってくるんだよ~、これから部のシルビアも同じ手続き踏むけど~、優子の場合は、所有者の伯父さんが、亡くなってるから~、そこだけは、確認かな~」

 柚月が、へらっとしながら答えた。

 「でもって、車検前に、一度整備は必要じゃね? アライメント取って、ライトの光軸とかもやって貰わないと……だしね」

 と、私が言うと、悠梨が

 「登録と車検を、自分でやるか、業者に頼むかでも、全然違うんじゃね? どっちにするの?」

 と言った。
 確かにそうだね、私の時は、芙美香が、強制的に業者に出してたけど、自分でやるって手もあるんだね。

 「うん、ちょっと考えてみるね」

 優子は、力なく笑顔を浮かべたが、これは適当に誤魔化す時の表情だ。
 私と柚月は顔を見合わせて頷き合うと

 「よし、おじさんに挨拶に行って来よー」

 私は言って、おじさんに挨拶を済ませると、帰路についた。
 優子は、R32に赤い斜線の付いたナンバープレートを付けると、R32に乗り、柚月がクルーを運転して私と悠梨を送ってくれた。

 兎にも角にも、優子のR32の復活作業は、ハード面は終了した。
 残されたのはソフト面なんだよね。まぁ、それは、明日からの私の動きでどうにかするかぁ……。

 
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