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春は出会い……

絶望と自己診断モード

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 柚月の言葉に、その場が、凍ったように固まった。
 確かに、結衣のGTS25のエアコン、もわ~っとした風しか出て来ないよ。
 結衣は、顔面が蒼白になっていた。

 「どうすれば良いの?」
 「まずは、現状把握だね~」

 結衣が訊いて、柚月が瞬時に答えた。
 柚月はエンジンを止めて、すぐさまキーをオンにすると、エアコンの『OFF』ボタンを長押ししてみた。
 すると、いつもと違う表示になったため、私は思い出して、部室に走ると、以前に納屋で見つけたR32のDIY本を持って、再び結衣の車へと戻った。

 これは、エアコンの自己診断モードだったはずだ。
 これによって、エアコンのどこかに異常がある場合は、その箇所が表示されるという、当時としては、かなりハイテクなシステムだったんだけど、あくまで、修理業者向けのモードなので、暗号のように、番号が出てくるだけなんだよ。

 だから、その暗号を解くために、この特集本が必要なんだよ。
 この題材のタイプMもエアコンが故障していて、自己診断モードで診断したために、その診断モードの解読が行われていて、それが表になって載ってるんだ。

 それによると……どうも、結衣のエアコンは、異常無しって結果が出るんだけど、それはこの本に載ってるタイプMも同じだったから、次のステップに進もう。
 次は、エアコンのヒューズを見よう……って、やっぱり切れちゃってるよ。

 「だったら、ヒューズ切れなんじゃないの?」

 結衣が、少し色を取り戻した顔になって、私らの方にやって来て、言った。
 すると、柚月と私が、同時に言おうとして止まったため、私は柚月に譲った。

 「結衣~、ヒューズが切れるには、理由があるんだよ~。挿し直しても、いいけど~、秒で切れるよ」

 言われた結衣は、同じアンペア数のヒューズを挿して、エアコンのスイッチを入れた。
 一瞬だけ、ヒヤッとした空気が出たのも束の間、あっという間に、元のもわっとした空気に戻ってしまった。

 ヒューズを抜くと、予想通り、切れていて、接点は熱で溶断していた。
 やっぱりだ。この本を1度読んだことのある私には、この症状に見覚えがあった。

 「なんなの!? これ?」

 結衣は、顔色を変えて、オロオロし始めた。

 「マグネットクラッチじゃない?」

 私が言うと、柚月が頷いて

 「だね~、さっき、聴いてみたけど、エアコンのスイッチが入った時にする、接続音がしないから、マグネットクラッチがショートしたんだね~」

 「なに!? それ、交換できないの?」

 結衣が、さっきの調子のまま騒ぐけど、それは無理なんだよね~。
 マグネットクラッチってのは、エンジンから動力を取っているエアコンを、適時動かせるようにするために、つけられてるんだよ。

 これが無いと、エンジンをかけている間は、強制的にエアコンはオンになってないといけなくなっちゃって、効率も悪ければ、風も強制的に出てなきゃいけなくなるでしょ? コイツがあるお陰で、エンジンがかかっていて、コンプレッサーのベルトは回っていても、接続を切って、エアコンが好きな時にオフにできるって訳。

 つまり、コイツがショートすると、コンプレッサーとの接続が出来なくなるから、コンプレッサーが働かなくなるって訳。

 「だって、クラッチでしょ? 消耗品じゃないの?」

 それはそうなんだけどさ、結衣、マグネットクラッチは、車のクラッチと違って、エアコンユニットに組み込まれてる車もある訳よ、単体で交換できる車と、そうでない車があって、R32は、単体で交換できない車なんだよ。

 「それに~、R32の場合、マグネットクラッチがイカレてる車って、ほぼ確実に、コンプレッサー自体が、ダメになってる場合が多いから~」
 
 柚月が言うと、結衣はその場に呆然と立ち尽くして

 「そうなると、幾らぐらいかかるの?」

 と、また、顔面蒼白になって訊いた。

 「ディーラーで、オール新品だと、30万~だよ。大抵、エアコントラブルで持ち込むと、コンプレッサーだけじゃなくて、コンデンサーや、エバポレーター、リキッドタンクなんかも交換するから」

 優子が言うと、悠梨が

 「おお~、くわばら、くわばら」

 と、茶化していた。

 「そんなお金……ないよぉ……」

 結衣は、がっくりとうな垂れながら言った。
 そりゃそうだ。車自体が30万以下で入手してるんだから、エアコンの修理費に30万以上かかるとなれば、そうなるよね。

 「じゃぁ、解体屋にある……」

 結衣は言いかかったが、言い終わらないうちに、柚月から

 「中古品は、やめといた方が良いよ~」

 と、言われた。
 そうだよね。優子の車のエンジン積み替え手伝ったから分かるけど、エアコンのコンプレッサーって、結構エンジンの下の方についてて、ベルトがたくさん絡んでるから、外すの面倒臭いし、外れたところでメチャクチャ重いから、あんまりしょっちゅうやりたくない作業だよね。

 そんな中で、解体屋にあるR32なんて、壊れたか、古くなったから回ってきてるからさ、コンプレッサーなんて、既に壊れてるか、壊れかけかの2択だよね。

 「ただ」

 優子が、静かに言った。

 「解体屋さんに、相談だけはしておいても、良いんじゃない?」
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