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夏は休み

雨に濡れても

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 遂に夏休みに突入したよ。
 それで、今日は、みんなで水着を買いに、麓の市まで行ったんだ。
 結構、アウトレットとか、ファッション系のお店行くんだったら、あそこまで行かないとダメだからね、今日は張り切って来ちゃったよ。

 やっぱり水着買うとなったら、ウチらの街じゃどうにもならないよね。
 だって、イアンモール行っても、水着となると、2店くらいしか置いてないもんね。
 しかも、数が少ないんだよ。ここが、海なし県だってのはあるんだけどさ、それでもプールとか、川とかはあるんだからさ。
 え? あんな流れの急な川では泳がないって? 違うよ、実際に泳ぐか否かじゃなくて、ファッションとして水着を着る場所だ、って話だよ。

 水着なんて滅多に買うもんじゃないからさ、結構あちこちで見て回って、悩みに悩んでたら、結構いい時間になっちゃったね。
 でもって、悠梨の水着さ、あれで大丈夫だったの? いや、アレさ、ちょっと波とか来たら、ズレて出てきちゃうんじゃね? って感じの際どさだったよ。
 流されないように、気を付けないとね。え? さすがにそんな危ないレベルのだったら、試着の段階でやめてるって? ホントに? いやぁ~、私には、あそこまでのを着て海に行く勇気も自信もないよ~。
 じゃぁ、ちょっと遅いけどお昼に行こうか?

 あれ? なんか、外がいつの間にか大雨だよ。
 このスコールっぷりは、結構凄いから、降りが弱まるまで店内で、待ってようよ。

◇◆◇◆◇

 さっきまでの、どしゃ降りは一体何だったんだろうね、と思うくらい、打って変わって日が照ってきたよ。
 なんか最近、異常気象なんだろうね。こういう大雨が多いよね。
 私らの街の方は、山の上だから、そういう事は、あんまりないけどさ、こことか、平地の方では、道路が冠水したりするんだって。
 
 あーあ、さっきの雨で、車がぐしょ濡れになっちゃったよ。
 今日は、私と柚月の車か。
 最近は、この組み合わせで出かけることも少ないからさ、珍しいと言えばそうかもね。とは言え、私ら、車に乗るようになって、まだ3ヶ月しか経ってないんだからね。

 さてと、出ようか。お昼、どこに行こうか? 

 「きゃっ!」

 助手席に優子が座った瞬間、そう声を上げると、ぴょんっと立ち上がった。
 どうしたの? 優子……。

 「マイ、このシート、ぐしょ濡れだよ!」

 え? でもって、優子、今日の朝から座ってなかったっけ? ここに着くまでは、何ともなかったって? なんで?

 「この車、雨が漏ってるんだよ」

 今まで、雨が漏ったことはなかったけどなぁ……一体、どうして今日になってなんだろ?

 「だって、マイの車、納屋の中にあるでしょ、学校の駐車場所だって、体育館の渡り廊下の庇《ひさし》の下だし」

 あ、そうかあ、私の車って、雨の影響を受けない場所に止めてたんだぁ、しかも、漏ってるのが助手席側だと、私が気がつきにくいから、今日まで気がつかなかったのかぁ……。
 
 とにかく、これじゃ、助手席に座れないね。じゃぁ、優子悪いけど、後ろの席に行って貰える? そっちは大丈夫だよね。
 え? その前に、することがあるでしょ、だって? なに?

 「漏ってる場所の特定をするんだよ」

 だってさ、もう雨やんじゃったよ。
 こんな状態だと、どこから漏ってたか、なんて分かる訳ないじゃん……って、なんで、ため息つきながら、哀れんだ目で見るの?

 「マイ~、やんだ直後なら、まだまだ濡れてるでしょ~、濡れた場所を辿っていくんだよ~」

 柚月と結衣もやって来て、助手席側の天井やら、内張りを触り始めたよ。あっ、結衣ったら、フロントガラス脇の内張りを、バリっと剥がしちゃって触ってるよ。

 「ピラー内じゃなさそうだね」

 ナニそれ結衣? 

 「サンルーフでもないねぇ~」

 柚月、でもって、ガラスは閉まってたんだからさ。

 「何言ってるんだよ~、マイ、密閉しきれないから、排水用の溝があるんだろ~」

 柚月に言われてサンルーフを開けると、開口部の側には排水用の溝があり、四隅には、排水用の穴まで開いていた。

 「隙間から入った水を~、溝から四隅の穴に流して~、そこからチューブを伝って地面に排水してるんだよ~」

 なるほど、原理としては、家の窓ガラスのサッシみたいな感じか。
 あのサッシのレールだって、水が入ってきてるけど、排水が追い付いてるから、ガラスの内側に水が入って来ないんだもんね。

 しかし、これらが違うとなると、どこなんだろ?
 すると、助手席のドアの足元の辺りを中心に見ていた優子が、突然、柚月たちの傍でブラブラしていた悠梨に指示を出すと、悠梨は、あちこちを撫でてみてから、優子に耳打ちをしていた。
 それを訊いた優子は、おもむろに立ち上がると

 「マイ、ここだよ」

 と言って、みんなをそちらへと呼んだ。

 「どこ~?」

 柚月が言いながらキョロキョロしている脇で、優子は、フロントガラス脇の柱を掴んで撫でながら

 「ここだって!」

 繰り返し言って、手を動かす優子の仕草を見ていた柚月が、ハッとした顔になって

 「ここかぁ~」

 と、言ったので、私はイライラしながら訊いたんだよ。
 すると、柚月はニヤニヤしながら

 「どうしよっかなぁ~?」

 と、勿体つけるので

 「柚月、パンツ脱ぐ?」

 と、言うと

 「なんでマイは、私にそうやって、暴力をふるおうとするんだよ~」

 と、言い始めた。
 別に、暴力じゃないもん。前にした約束に従って、パンツ脱ぐ? って、訊いただけだもんね。じゃぁ、柚月になんか訊かないから良いもん。
 優子、どこから漏ってるの?

 「このゴムが、痩せてるんだよ」

 と、優子は言うと、柱のドア側、ちょうど、助手席ドアのガラス辺りに位置する場所にある太いゴムを、さすっていた。

 優子の説明によると、この助手席ドアのガラスと密着しているゴムが、経年劣化で痩せた事によって、ガラスとの間に隙間ができて、そこから水が漏ったのだという。

 「ホラ、ガラスの内側に、まだ僅かながら、水滴が蒸発せずに残ってるでしょ。ここからドアの端とかにも行ってるけど、ほとんどが真下に落ちて、シートに染みたんだよ」

 よく屈んで見てみると、助手席側の跨いで上がる部分が僅かながらに濡れてるし、助手席のシート脇の床に敷かれている不織布みたいなカーペットも水を含んでぐっしょりになっていた。

 「押すとホラ、水が染み出してくるよ」

 悠梨が親指でぎゅうっと、カーペットを押すと、水がたっぷりと染み出してきていた。
 困ったねこりゃぁ……と思っていると、結衣が来て言った。

 「こればっかりは、経年劣化だからね。仕方ないよ。でも、逆に交換すれば安心だからさ」

 確かに、もう30年過ぎた車だから、こういうことが起こってもおかしくないんだよね。でも、なんで左側だけなんだろ?
 
 「今まで置いてあった環境とか~、ドアの開閉の頻度とかで、変わってくるんだよ~」

 と、すると、昔の持ち主は、左だけ、日が当たるような環境で使ってた、って事かな?
 考えていると、優子がドアを開いて、ドアの下側をぐるっと巻いているゴムを指さして

 「ここも、余裕があれば変えておいた方が良いよ」

 と言った。
 訊くと、上側のゴムが寿命なら、この下側のゴムも寿命な可能性が高いらしい。
 今は、冷房の効きが悪いと感じる程度で済むが、真冬になると、このゴムの瘦せた隙間から入ってくる隙間風が本気で冷たいらしい。

 なんか、見た感じは大丈夫そうなんだけど、右側も何のかんの言っても、ダメになりそうな気がするので、替えておきたい気分だよね。なにせ、30年前の車だし、なにせ、左がやられてるし……。

 ただ、なんかこの面積のゴムという段階で、部品代が夥しいおびただしいような気がしてならないよ。
 頭が痛いなぁ……。

 「へっへ~んだ! マイ! いつも私に意地悪するから、罰《ばち》が当たったんだぁ~!」

 柚月が大笑いしながら、私の周りを飛び回って踊っていた。
 くそぅ、柚月め、とにかく帰ったら酷い目に遭わせてやるぞぉ……と、決意しながら、それぞれの車に戻った時だった。

 「柚月、トランクの中が、びしょ濡れだぞ~!」

 柚月の車のトランクに、荷物を入れようとした結衣が一言ボソッと言い

 「うそ~?」

 柚月が泣きそうな顔で、トランクへと向かった。

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