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夏は休み
エアコンと学校案内
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海から帰ってから数日が過ぎた。
今日は、部の活動日だよ。
私らにとっては、別に夏の活動は無くても良いんだけど、1、2年生にとっては、車に触れ合える唯一の機会だからね。
やっておきたいところだよね。
1、2年生を教習車とGTEに乗せて練習して貰った。
タイプMはエアコンが故障してるから避けたんだ。
昔の部車は、エアコンなんて真っ先に外して軽量化しちゃうのと、高回転、高負荷走行でエアコンのコンプレッサーが焼き付くために、夏の炎天下も当然窓を開けて練習したものらしいけど、ウチらの自動車部は、そこまでストイックに打ち込む部じゃないし、しかも、練習走行くらいでコンプレッサーに負担がかかるような走りもしないから、エアコンは入れて運転練習してるよ。
それに、昔と今とでは、気温が10度くらい違うから、そんな根性論が通用するような環境じゃないんだよね。
最初に私と優子で同乗をしようとしたところ、水野が後ろから来て
「ああ~、ちょっと部長と副部長」
と手招きをするので、私と柚月はそちらの方へと行った。
「早速なんだが、2つある。まず1つ目は、このガレージに、エアコンが付く」
と、唐突に言った。
「えっ!?」
私と、柚月が同時に言うと
「部員の大幅増と、ジムカーナ大会、3位の実績が物を言ったんだよ。誇っていいんだぞ」
と、水野にしては珍しく、感情を動かして喜んでいた。
普段の水野は、嬉しいことがあっても表情筋1つ動かさずに、声のトーンもほぼ、通常運転で出すために、読み取るのに私でも苦労するのだが、今日の水野のこの喜び方には、思わず、明日水野は死んじゃうんじゃないかと、とても不安になるくらい喜んでいた。
このガレージって、コンクリート打ちっ放しだから、夏は暑くて、冬はとっても寒そうなんだよね。
だから、真夏や真冬の整備作業をどうしようかって、ずっと考えてたんだけど、エアコンが付けば一挙に解決するね。
それで、早速明日から工事が入るから、中の車を一時的に練習場に退避させるようにという事だった。
「そして、もう1つだが、対外的な活動として、交通安全に対する当校の取り組みと共に、自動車部の活動と実績を掲載したパンフレットを作製した。ついては、これを自動車教習所に置かせてもらうことにした」
と、突然、水野が突拍子もないことを言い出したので呆気に取られていると、そのパンフレットとやらを見せてくれた。
そこには、この間、学校案内に掲載された集合写真の他に、撮った覚えのない部車の集合写真も掲載されていて、明らかに、自動車部に興味のありそうな層に向けて『こんなにR32がある』っていう感じをアピールしたい写真構成になっていた。
あとは、毎月やってる交通安全講習の授業風景ね。
あれを真面目に受けてる生徒なんて、恐らく1人もいないんじゃね?と思うよ。大体写真に写ってるみんな目が死んでるし。
まぁ、でもなんとなく、学校の狙いは分かったぞ。
ひょんなことから、部員数も増えて、おまけに学生ジムカーナ大会で3位入賞しちゃって、しかも、他の学校には、ほとんどない個性的な部となれば、交通安全指導に絡めてアピールしちゃって、学校に役立っている上に、他校にはない部で、しかも強豪っていう、この上ないセールスポイントで、受験者数をアップさせようって事だね。
「ついては、麓の自動車教習所には、既に2年生で行ってきて貰ったので、3年生には、越県して、山向こうの教習所に置いて来て欲しい」
え? 山向こうのって、この間、優子たちと泊まりで行ってきたシャレオツな教習所だよね。あそこにも置いてくるの? しかも、ウチらが?
「2年生に、山越えさせて行かせる訳にもいかないだろう。それに電車では、荷物が多いしな」
じゃぁ、ちょっと時間かかるけど、柚月、今から行こうか。部のシルビアも、休みになってから全然動かしてないしね。
「ちなみに、今日は、向こうの教習所は休校日だそうだ」
え? じゃぁ、明日以降じゃないとダメ、ってことじゃん! しかも、今日休みって事はさ、来週の活動日に行っても同じことなんじゃね?
「そういう事になるので、明日以降の日程で、行ってきて欲しい」
えー! 別にそこまでして頼むんなら、行かなくはないですけど、その場合は、学校に来ないで、制服も着ないで、自分の車で行ってきて置いてくるんでいいんですよね?
「致し方ないな。これは、先方の都合でそうなっているからな。学校としても、夏休みのハイシーズンには、置いておきたいらしいので、ぜひ頼むとのことだった」
仕方ないなぁ、そして、学校側の焦りもなんとなく分かる。
ウチの学校は、この数年、課外活動の不祥事が相次いで、そのイメージダウンによる受験者数の減少に苦しんでいるらしい。
私が入学して以降だけで、アイスホッケー部が、しごきで廃部、拳法同好会が、部内いじめで廃部、文芸部と美術部が、内部抗争で、第二文芸部と第二美術部に分離独立、そして私が所属していた軽音楽部が、内部分裂で廃部……と、ちょっと普通では考えられない数の事件が勃発しているのだ。
だから、突如として現れた、課外活動のダークホース的な存在の自動車部に、課外活動再興の一縷の望みを託しているのだと思う。
いきなり部員数を10倍以上に伸ばしてみせて、一挙に部に昇格し、その勢いを維持したまま、参加した大会で、エントリー数が少ないながらも、初出場で、しっかり入賞に躍り出て、イケるかも……って、思ってるんだろうなぁ。
まぁ、仕方ない。じゃぁ柚月、明日で良いよね?
え? マイが1人で行けばいいだろ~、だと?
オイ! 柚月のくせに、私の言いつけを断れるとでも思ってる訳?
大体、部長の私にだけやらせて、副部長のアンタは家で、エアコンの効いた部屋で、しろくまでも食べて過ごそうってか?
あ、そ。
分かったよ、そんなに柚月は薄情なんだ。
ハイ、練習走行待ちの1、2年生ちゅうも~く!
この間、みんなで海に行ったんだけど、柚月ったらね、ホテルの部屋のベッドの上でね~……むぐぐっ!
え? 行くの? でもって、自主的にじゃなさそうだね。凄く嫌々なのが見て取れるよ。
それでね、1、2年のみんな~。
実は、このスマホの中に、その時の一部始終が録画されてるんだけど~、邪魔が入る前にじっくり見ちゃおうか~って、また柚月が邪魔しに来たよ。
私のスマホ返せよ! 画面ロックのパスワード? 教える訳ないじゃん!
「ゴメンなさい~! 参りました~!」
今更参られても、困るかなぁ?
あ、私、言ってない時はパンツ脱がなくていいからね。
どうしたら、許してくれるのかって?
だから、言ったでしょ? 嫌々ついて来られても困るって。
え? とっても、行きたくてたまらなかったって?
あ、そ。じゃぁ明日ね。
逃げようとしても無駄だからね。先に柚月の家に電話して、おばさんに言っておくから。
今日は、部の活動日だよ。
私らにとっては、別に夏の活動は無くても良いんだけど、1、2年生にとっては、車に触れ合える唯一の機会だからね。
やっておきたいところだよね。
1、2年生を教習車とGTEに乗せて練習して貰った。
タイプMはエアコンが故障してるから避けたんだ。
昔の部車は、エアコンなんて真っ先に外して軽量化しちゃうのと、高回転、高負荷走行でエアコンのコンプレッサーが焼き付くために、夏の炎天下も当然窓を開けて練習したものらしいけど、ウチらの自動車部は、そこまでストイックに打ち込む部じゃないし、しかも、練習走行くらいでコンプレッサーに負担がかかるような走りもしないから、エアコンは入れて運転練習してるよ。
それに、昔と今とでは、気温が10度くらい違うから、そんな根性論が通用するような環境じゃないんだよね。
最初に私と優子で同乗をしようとしたところ、水野が後ろから来て
「ああ~、ちょっと部長と副部長」
と手招きをするので、私と柚月はそちらの方へと行った。
「早速なんだが、2つある。まず1つ目は、このガレージに、エアコンが付く」
と、唐突に言った。
「えっ!?」
私と、柚月が同時に言うと
「部員の大幅増と、ジムカーナ大会、3位の実績が物を言ったんだよ。誇っていいんだぞ」
と、水野にしては珍しく、感情を動かして喜んでいた。
普段の水野は、嬉しいことがあっても表情筋1つ動かさずに、声のトーンもほぼ、通常運転で出すために、読み取るのに私でも苦労するのだが、今日の水野のこの喜び方には、思わず、明日水野は死んじゃうんじゃないかと、とても不安になるくらい喜んでいた。
このガレージって、コンクリート打ちっ放しだから、夏は暑くて、冬はとっても寒そうなんだよね。
だから、真夏や真冬の整備作業をどうしようかって、ずっと考えてたんだけど、エアコンが付けば一挙に解決するね。
それで、早速明日から工事が入るから、中の車を一時的に練習場に退避させるようにという事だった。
「そして、もう1つだが、対外的な活動として、交通安全に対する当校の取り組みと共に、自動車部の活動と実績を掲載したパンフレットを作製した。ついては、これを自動車教習所に置かせてもらうことにした」
と、突然、水野が突拍子もないことを言い出したので呆気に取られていると、そのパンフレットとやらを見せてくれた。
そこには、この間、学校案内に掲載された集合写真の他に、撮った覚えのない部車の集合写真も掲載されていて、明らかに、自動車部に興味のありそうな層に向けて『こんなにR32がある』っていう感じをアピールしたい写真構成になっていた。
あとは、毎月やってる交通安全講習の授業風景ね。
あれを真面目に受けてる生徒なんて、恐らく1人もいないんじゃね?と思うよ。大体写真に写ってるみんな目が死んでるし。
まぁ、でもなんとなく、学校の狙いは分かったぞ。
ひょんなことから、部員数も増えて、おまけに学生ジムカーナ大会で3位入賞しちゃって、しかも、他の学校には、ほとんどない個性的な部となれば、交通安全指導に絡めてアピールしちゃって、学校に役立っている上に、他校にはない部で、しかも強豪っていう、この上ないセールスポイントで、受験者数をアップさせようって事だね。
「ついては、麓の自動車教習所には、既に2年生で行ってきて貰ったので、3年生には、越県して、山向こうの教習所に置いて来て欲しい」
え? 山向こうのって、この間、優子たちと泊まりで行ってきたシャレオツな教習所だよね。あそこにも置いてくるの? しかも、ウチらが?
「2年生に、山越えさせて行かせる訳にもいかないだろう。それに電車では、荷物が多いしな」
じゃぁ、ちょっと時間かかるけど、柚月、今から行こうか。部のシルビアも、休みになってから全然動かしてないしね。
「ちなみに、今日は、向こうの教習所は休校日だそうだ」
え? じゃぁ、明日以降じゃないとダメ、ってことじゃん! しかも、今日休みって事はさ、来週の活動日に行っても同じことなんじゃね?
「そういう事になるので、明日以降の日程で、行ってきて欲しい」
えー! 別にそこまでして頼むんなら、行かなくはないですけど、その場合は、学校に来ないで、制服も着ないで、自分の車で行ってきて置いてくるんでいいんですよね?
「致し方ないな。これは、先方の都合でそうなっているからな。学校としても、夏休みのハイシーズンには、置いておきたいらしいので、ぜひ頼むとのことだった」
仕方ないなぁ、そして、学校側の焦りもなんとなく分かる。
ウチの学校は、この数年、課外活動の不祥事が相次いで、そのイメージダウンによる受験者数の減少に苦しんでいるらしい。
私が入学して以降だけで、アイスホッケー部が、しごきで廃部、拳法同好会が、部内いじめで廃部、文芸部と美術部が、内部抗争で、第二文芸部と第二美術部に分離独立、そして私が所属していた軽音楽部が、内部分裂で廃部……と、ちょっと普通では考えられない数の事件が勃発しているのだ。
だから、突如として現れた、課外活動のダークホース的な存在の自動車部に、課外活動再興の一縷の望みを託しているのだと思う。
いきなり部員数を10倍以上に伸ばしてみせて、一挙に部に昇格し、その勢いを維持したまま、参加した大会で、エントリー数が少ないながらも、初出場で、しっかり入賞に躍り出て、イケるかも……って、思ってるんだろうなぁ。
まぁ、仕方ない。じゃぁ柚月、明日で良いよね?
え? マイが1人で行けばいいだろ~、だと?
オイ! 柚月のくせに、私の言いつけを断れるとでも思ってる訳?
大体、部長の私にだけやらせて、副部長のアンタは家で、エアコンの効いた部屋で、しろくまでも食べて過ごそうってか?
あ、そ。
分かったよ、そんなに柚月は薄情なんだ。
ハイ、練習走行待ちの1、2年生ちゅうも~く!
この間、みんなで海に行ったんだけど、柚月ったらね、ホテルの部屋のベッドの上でね~……むぐぐっ!
え? 行くの? でもって、自主的にじゃなさそうだね。凄く嫌々なのが見て取れるよ。
それでね、1、2年のみんな~。
実は、このスマホの中に、その時の一部始終が録画されてるんだけど~、邪魔が入る前にじっくり見ちゃおうか~って、また柚月が邪魔しに来たよ。
私のスマホ返せよ! 画面ロックのパスワード? 教える訳ないじゃん!
「ゴメンなさい~! 参りました~!」
今更参られても、困るかなぁ?
あ、私、言ってない時はパンツ脱がなくていいからね。
どうしたら、許してくれるのかって?
だから、言ったでしょ? 嫌々ついて来られても困るって。
え? とっても、行きたくてたまらなかったって?
あ、そ。じゃぁ明日ね。
逃げようとしても無駄だからね。先に柚月の家に電話して、おばさんに言っておくから。
応援ありがとうございます!
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