上 下
114 / 296
夏は休み

エアコンと学校案内

しおりを挟む
 海から帰ってから数日が過ぎた。
 今日は、部の活動日だよ。

 私らにとっては、別に夏の活動は無くても良いんだけど、1、2年生にとっては、車に触れ合える唯一の機会だからね。
 やっておきたいところだよね。

 1、2年生を教習車とGTEに乗せて練習して貰った。
 タイプMはエアコンが故障してるから避けたんだ。

 昔の部車は、エアコンなんて真っ先に外して軽量化しちゃうのと、高回転、高負荷走行でエアコンのコンプレッサーが焼き付くために、夏の炎天下も当然窓を開けて練習したものらしいけど、ウチらの自動車部は、そこまでストイックに打ち込む部じゃないし、しかも、練習走行くらいでコンプレッサーに負担がかかるような走りもしないから、エアコンは入れて運転練習してるよ。

 それに、昔と今とでは、気温が10度くらい違うから、そんな根性論が通用するような環境じゃないんだよね。
 最初に私と優子で同乗をしようとしたところ、水野が後ろから来て

 「ああ~、ちょっと部長と副部長」

 と手招きをするので、私と柚月はそちらの方へと行った。

 「早速なんだが、2つある。まず1つ目は、このガレージに、エアコンが付く」

 と、唐突に言った。

 「えっ!?」

 私と、柚月が同時に言うと

 「部員の大幅増と、ジムカーナ大会、3位の実績が物を言ったんだよ。誇っていいんだぞ」

 と、水野にしては珍しく、感情を動かして喜んでいた。
 普段の水野は、嬉しいことがあっても表情筋1つ動かさずに、声のトーンもほぼ、通常運転で出すために、読み取るのに私でも苦労するのだが、今日の水野のこの喜び方には、思わず、明日水野は死んじゃうんじゃないかと、とても不安になるくらい喜んでいた。

 このガレージって、コンクリート打ちっ放しだから、夏は暑くて、冬はとっても寒そうなんだよね。
 だから、真夏や真冬の整備作業をどうしようかって、ずっと考えてたんだけど、エアコンが付けば一挙に解決するね。

 それで、早速明日から工事が入るから、中の車を一時的に練習場に退避させるようにという事だった。

 「そして、もう1つだが、対外的な活動として、交通安全に対する当校の取り組みと共に、自動車部の活動と実績を掲載したパンフレットを作製した。ついては、これを自動車教習所に置かせてもらうことにした」

 と、突然、水野が突拍子もないことを言い出したので呆気に取られていると、そのパンフレットとやらを見せてくれた。
 そこには、この間、学校案内に掲載された集合写真の他に、撮った覚えのない部車の集合写真も掲載されていて、明らかに、自動車部に興味のありそうな層に向けて『こんなにR32がある』っていう感じをアピールしたい写真構成になっていた。

 あとは、毎月やってる交通安全講習の授業風景ね。
 あれを真面目に受けてる生徒なんて、恐らく1人もいないんじゃね?と思うよ。大体写真に写ってるみんな目が死んでるし。

 まぁ、でもなんとなく、学校の狙いは分かったぞ。
 ひょんなことから、部員数も増えて、おまけに学生ジムカーナ大会で3位入賞しちゃって、しかも、他の学校には、ほとんどない個性的な部となれば、交通安全指導に絡めてアピールしちゃって、学校に役立っている上に、他校にはない部で、しかも強豪っていう、この上ないセールスポイントで、受験者数をアップさせようって事だね。

 「ついては、麓の自動車教習所には、既に2年生で行ってきて貰ったので、3年生には、越県して、山向こうの教習所に置いて来て欲しい」

 え? 山向こうのって、この間、優子たちと泊まりで行ってきたシャレオツな教習所だよね。あそこにも置いてくるの? しかも、ウチらが?

 「2年生に、山越えさせて行かせる訳にもいかないだろう。それに電車では、荷物が多いしな」

 じゃぁ、ちょっと時間かかるけど、柚月、今から行こうか。部のシルビアも、休みになってから全然動かしてないしね。

 「ちなみに、今日は、向こうの教習所は休校日だそうだ」

 え? じゃぁ、明日以降じゃないとダメ、ってことじゃん! しかも、今日休みって事はさ、来週の活動日に行っても同じことなんじゃね?

 「そういう事になるので、明日以降の日程で、行ってきて欲しい」

 えー! 別にそこまでして頼むんなら、行かなくはないですけど、その場合は、学校に来ないで、制服も着ないで、自分の車で行ってきて置いてくるんでいいんですよね?

 「致し方ないな。これは、先方の都合でそうなっているからな。学校としても、夏休みのハイシーズンには、置いておきたいらしいので、ぜひ頼むとのことだった」

 仕方ないなぁ、そして、学校側の焦りもなんとなく分かる。
 ウチの学校は、この数年、課外活動の不祥事が相次いで、そのイメージダウンによる受験者数の減少に苦しんでいるらしい。

 私が入学して以降だけで、アイスホッケー部が、しごきで廃部、拳法同好会が、部内いじめで廃部、文芸部と美術部が、内部抗争で、第二文芸部と第二美術部に分離独立、そして私が所属していた軽音楽部が、内部分裂で廃部……と、ちょっと普通では考えられない数の事件が勃発しているのだ。

 だから、突如として現れた、課外活動のダークホース的な存在の自動車部に、課外活動再興の一縷の望みいちるののぞみを託しているのだと思う。
 いきなり部員数を10倍以上に伸ばしてみせて、一挙に部に昇格し、その勢いを維持したまま、参加した大会で、エントリー数が少ないながらも、初出場で、しっかり入賞に躍り出て、イケるかも……って、思ってるんだろうなぁ。

 まぁ、仕方ない。じゃぁ柚月、明日で良いよね?
 え? マイが1人で行けばいいだろ~、だと?
 オイ! 柚月のくせに、私の言いつけを断れるとでも思ってる訳?
 大体、部長の私にだけやらせて、副部長のアンタは家で、エアコンの効いた部屋で、しろくまでも食べて過ごそうってか?

 あ、そ。
 分かったよ、そんなに柚月は薄情なんだ。

 ハイ、練習走行待ちの1、2年生ちゅうも~く!
 この間、みんなで海に行ったんだけど、柚月ったらね、ホテルの部屋のベッドの上でね~……むぐぐっ!
 
 え? 行くの? でもって、自主的にじゃなさそうだね。凄く嫌々なのが見て取れるよ。
 
 それでね、1、2年のみんな~。
 実は、このスマホの中に、その時の一部始終が録画されてるんだけど~、邪魔が入る前にじっくり見ちゃおうか~って、また柚月が邪魔しに来たよ。
 私のスマホ返せよ! 画面ロックのパスワード? 教える訳ないじゃん!

 「ゴメンなさい~! 参りました~!」

 今更参られても、困るかなぁ?
 あ、私、言ってない時はパンツ脱がなくていいからね。

 どうしたら、許してくれるのかって?
 だから、言ったでしょ? 嫌々ついて来られても困るって。
 え? とっても、行きたくてたまらなかったって?

 あ、そ。じゃぁ明日ね。
 逃げようとしても無駄だからね。先に柚月の家に電話して、おばさんに言っておくから。


しおりを挟む

処理中です...