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夏は休み

部活動とぬか床

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 私たち3人は、第二体育館までやって来た。

 「なんか、ちょっと校舎から離れてるんだね」

 燈梨は、ちょっと不安そうに言った。
 まぁ、仕方ないよね。第二体育館なんて、卓球とか、ハンドボールとか、小さめのコートで出来る競技の授業でしか使わないから、そんなに大きくないし、さほど稼働率も高くないしね。

 そして準備室だった、部室へと入った。
 体育館内に入っても、燈梨の表情は晴れなかった。
 仕方ないよ、休み中で、卓球部とかもいないし、元々、窓の外に木が生い茂っていて、暗めだしね。

 そうだ、今度準備室に至る通路が殺風景だから、レッドカーペットを敷こうって案があったんだけど、私がレッドカーペット案に反対して保留になってたんだよね。
 ……こんな事になるなら、敷いておけば良かったなぁ……。

 「レッドカーペットに反対してたのは~、マイだけじゃなくて、結衣以外の全員だよ~」

 って事は、結衣が発案者か!
 なんでウチの部には、ロクでもない趣味の持ち主が多いんだろうなぁ。
 そんなやり取りを進めていると、後ろで燈梨がプッと、吹き出していた。

 「なんか、楽しそうだね」

 う、うん、まぁ、楽しいよ。
 今、部員は総勢で40人になったんだよ。なんと、凄いことに全員女子なんだよ。
 もう、こうなったら、自動車部は、女子専用の部にしようかって、案も今、真面目に出てるくらいだからね。

 「へぇ~」

 ちょっと、燈梨が興味出てきたかもしれないよ。
 部室のドアを開けると、燈梨の雰囲気が、それまでとは打って変わって、晴れやかなものになった。

 「中は、綺麗なんだね」

 あぁ、良かった。
 何ヶ月か前に、悠梨が優子を縛り上げて、勝手に壁を塗っちゃったんだよね。
 学校にメチャクチャ怒られて、私も、壁がカビて困っていたって、意見書を書かされたんだけど、その甲斐あって、燈梨のお気に召したようだよ。

 しかし、中に入った瞬間、燈梨の表情が……いや、全員の表情が一気に歪んだものに変わった。
 柚月、窓を開けろ! 
 窓を開けてから、悪臭の元をたどると、カーテンで仕切られた着替え用のスペースだったので、カーテンを一気に捲ってみた。
 
 誰だ! 部室にぬか床、持ち込んだのは! しかも、中でキュウリが程よく漬かってるぞ!

 「こんな、お婆ちゃんみたいなことするの~、優子しか、考えられないっしょ~」

 夏休みに入ってからの部活は、作業が無くて、誰も着替えしなかったし、部室の掃除も、そもそも優子が毎週やってたから、この悪事が見過ごされてたのか~。

 まぁ、いいや……って、良くないけど、燈梨、ここが部室ね。主に打ち合わせとか、行事関係とかに使うんだけど、普段の活動だと、そこで着替えをして、すぐガレージに向かう事が多いから、あまり使う事がなくて、みんなでお昼食べに来るくらいかな? ちなみに、燈梨は学食派? 購買でパン? それとも?

 「マイ~? まだ燈梨ちゃんは、そこまで決めてないと思うよ~」

 あ、そうか。
 ちなみに、テレビとレコーダーと、冷蔵庫もあるからね。色々使える部室なんだよ。
 
 それじゃぁ、活動の要になってるガレージに行くね。

 「ガレージ?」

 そう、整備とかをする場所なんだ。
 活動のメインは、こっちでの整備と、向こうにある練習場での練習になるんだよ。
 私たちは、出入口から出ると鍵を閉めて、外を回って、ガレージに向かった。

 「なんか、ドアから出入りしてると遠くなるんだね」

 そうなんだよ、いつもは窓に脚立をかけておくんだけど、今日は、部室を使う人がいなくて、施錠しなくちゃいけないからね。正規のルートを使ってるんだ。
 正規のルートというフレーズに、燈梨がヒットして、うふふと、ウケていると、ガレージに到着した。

 ここがガレージだね。
 今は、奥にある塗装ブースで、文化祭に向けた車を作ってるんだ。
 ついこの間、このガレージにもエアコンが完備されたから、作業も快適にできるようになったんだよ。

 ガレージには、GTEとタイプMが入っていた。
 こっちの2ドアのは、この間、この奥にある塗装ブースで塗ったんだよ。結構いい色に塗れたでしょ?
 この車は、部品取り車だったから、5月の段階ではかなりボロボロで、まともに止まらない状態からの復活だったんだよ。

 「へぇ~、凄いね!」

 燈梨が感心してるぞ、しめしめ、このまま『自動車部に入りたいから、この学校に行きたいっ!』って、なってくれれば、燈梨は、私の燈梨になる。水野は自動車部をきっかけに、転校生ゲットで、学校に貸しを作れる。優子の友達は喜んでくれる。燈梨も、毒親から離れて自由になれる……で、四方一挙に丸く収まるのになぁ……。

 よし、もっとこの部の魅力をたっぷりに案内しちゃうぞ! 
 そして、こっちの床下は、こうやって潜れるように、穴が開いてるんだよ。こうすれば、整備する時に、ジャッキで揚げたりしなくても、整備ができるんだ。

 この4ドア車は、ノンターボのワンカム車で、2ドアはターボね。パワーにして100馬力くらい違うんだけど、練習に使う分には大きな差にはならないからさ、どっちも楽しめるんだよ。

 地上に上がってくると、今度は塗装ブースを開けてみた。
 すると、悠梨が、下級生と打ち合わせの最中だった。
 ここが、塗装をやるブースで、こっちが渡邉悠梨、そして、打ち合わせ中の1、2年生だよ。
 紹介すると、途端に燈梨は、1、2年生に囲まれた。くそぅ、私の燈梨なのにぃ。

 しばらくして、もみくちゃにされた燈梨が出てきた。
 大丈夫だった? 燈梨、少し休む?
 すると、燈梨は首を横に振って

 「大丈夫、だから、先に行こっ!」

 と言うと、私の背中を片手で押した。
 
 今度は、練習場に向かった。
 練習場では、教習車を使って、1、2年生の練習走行が行われていた。
 ちょうど、練習走行は休憩中で、優子と1、2年生が飲み物を飲んでいたので、また紹介タイムとなって、燈梨は1、2年生にもみくちゃにされていた。
 そこには、ちょうど七海ちゃんもいたので、2年生の現在の活動についての話などもしてくれた。

 車も空いていたので、車の説明もした。
 これが、1、2年生用の練習車のR32。教習車のお下がりで、助手席にブレーキがついてるから、免許のない生徒の練習用なんだ。
 エンジンは4気筒の1800ccだから、最弱だよ。とっても遅いからね。

 そして、あっちの木の下にあるのが、グラウンド整備用のプレミオと、散水車のムーヴ、特に忘れてくれて問題ないよ。用途はそれだけだから。あ、でも、今度の文化祭用に、外装をやり直しするんだ。

 そして、その近くに止めてあった2台を見せて言った。
 この2台が競技用車なんだ。
 こっちのノートが、この間の学生ジムカーナ競技で3位入賞した、ジムカーナマシン、そして、こっちのエッセが、耐久レース用のマシンなんだ。
 耐久レースは、秋に出場する予定だから、まだ出走してないんだけど、それが、私ら3年の最後の晴れの活動になるんだよね。

 燈梨は、目を輝かせながら、2台の中を見ていたので、ドアを開けてあげて、中に乗って貰ったりしてみたよ。
 やっぱり燈梨は、興味あるのかな?

 部の見学の最後は、駐車場に行ってS14を見せた。
 これは、対外用の移動車のS14だけど、まぁ、これは燈梨の方が詳しいかな?

 「えっ!? ……うん」

 燈梨は言うと、中とかを見てたけど、変わり映えするものじゃないよね。同じ車で、同じグレードの、年式もほぼ同じものだしね。
 
 間がもてなくなりそうだったので、訊いてみた。
 燈梨は、S14乗ってるけど、やっぱり昔から車とか好きだったの?
 
 「いや、つい最近までは興味なんてなかったけど、コンさんがシルビアに乗ってて、それで、興味がね……」

 と、ちょっと懐かしむような、遠くを見ているような視線で言った。
 コンさんって、燈梨と今、一緒に住んでるっていうおじさんか。

 話を訊くと、そのコンさんが、S13に17年も乗り続けてて、初めて乗せて貰った時に、カルチャーショックを受けたから、そのおじさんの本棚の中にあったシルビアの本を読んでいるうちに、S14前期が好きになったんだって。

 燈梨って凄いね。そのおじさんの本棚の中に、えっちな雑誌とか入ってたら、どうするんだよ?
 え? 本棚の中の本は読んで良いって言われてたし、明らかに車の本が入っているところだったから、大丈夫だって?

 「それに……入っててくれた方が、良いんだけどね……」

 え? 『それに』なんだって? ちょっと、セミの鳴き声で聞こえなかったよ。
 え? なんでもない? 独り言だって?

◇◆◇◆◇

 あとは、現在ある斡旋物件のアパートの資料なんかを渡して、学校見学は終了となり、燈梨は、以前とは違った晴れやかな笑顔を残して去って行った。
 よかった。最初に会った頃の燈梨って、なんか、心の奥に引っかかることがあるのに、無理に笑顔を作ってるみたいなところがあって、放っておけなかったんだけど、今の燈梨を見ていると、なんか、私が心配するような事はないのかな? と思えてきた。

 でもって、なんとか、ここに転校して来て貰わないと困るんだよ~。
 何故なら、そうしないと私の燈梨にならないからだよ~。

 「マイのものになんて、なるもんか~!」

 うっせぇ柚月! お前なんかの事じゃないやい、燈梨の事だい!
 

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 ■あとがき■

 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
 毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに。

 
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