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夏は休み
大木と空回り
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私たちのシルビアは、レッカーについて街まで下っていく、更に街を抜けて更に下って行った。
「こっちって、結衣の家がある集落の方じゃない~?」
柚月が言う通り、結衣の家のある集落の方だけど、前を走るレッカーは、集落を抜けて更に下って行った。
こっちって、この辺の集落の人たちが、麓への抜け道代わりに使う、林道みたいなクネクネした道だよね。
私はあんまり使わないんだけど、昔、兄貴が『特訓』とか言って、夜中にこの道によく出没してたって、芙美香から訊いたことがあるよ。
芙美香が、ここを通りがかった時に、ガードレールに「TWIN TURBO」って逆文字になったシールが貼りついてて、ピンと来たから、家に帰って、当時兄貴が乗ってたスープラを調べたら、運転席にはあるステッカーが、助手席にはなくって、おまけに凹んだ助手席ドアを慌てて叩いた形跡が残ってたから確信して、兄貴にブチ切れてたことがあったね。
「マイのお兄さん、ここでもやってたんだね~」
芙美香の話だと、ここだけで7台潰したって言ってたよ。そのスープラも、ブチ切れ事件の8日後に、ヘアピンカーブの岩肌に突き刺さってたし、その後、マークIIとクラウンの5速載せ替え車とかいうのでしょ、レガシィ、ランサー、S15シルビア、チェイサーって、ぶっ潰してたよ。確か、クラウンは、ドリフトしたまま、崖から落としちゃったって、言ってた。
「あぁ~……」
兄貴は『ここは、トヨタの直6と相性悪いかも』とか、言ってたけど、そういう問題じゃないだろってのよ!
「そうだね~、他メーカーの車も3台潰してるしね~」
この3つ先のヘアピンカーブの岩肌に、スープラが突き刺さったんだよ、今でも岩肌に兄貴のスープラの塗装痕が残ってるんだよ。
なんで場所を正確に覚えてるのかって? それは、後片付けに行った時に、私と芙美香も一緒に行ったからだよ。
あれ? レッカー車がハザード出したよ。
私らもハザード出して、ここに止まって……と、あれ!?
柚月も、この先にある違和感に気付いて、私に言った。
「マイ! あれって~!?」
私たちの視線の先には、右ヘアピンカーブの、ガードレールの向こう側にある木の前に、真横になって止まっている黒のR32だった。
しかも、前輪に履いているホイールに見覚えがあった。確か、何ヶ月か前に一緒に中古パーツ屋さんに買いに行ったホイール……すると、このR32は結衣のGTS25だ。
私と柚月が車の方に駆け寄ると、GTS25の左後部は、木の幹にめり込んでしまっていた。
このヘアピンカーブは、ガードレールが一部途切れてしまっているので、ガードレールでせき止められずに、ここまで来てしまったのだろう。
芙美香が言ってたけど、ここって昔、ドライブインがあったから、そのお陰でガードレールは途切れてるけど、崖から真っ逆さまは回避できたんだね。
私たちは、結衣を探すと、車の前方に呆然自失で立ち尽くしていた。それを見たのとほぼ同じタイミングで、おじさんから
「悪いけど、あっちのお嬢連れて、先に事務所まで、戻っててもらって良いかい? 冷蔵庫の中の物でも飲んで待っててよ」
と言われて、事務所の鍵を受け取ると、柚月と一緒に結衣を捕まえて、シルビアの後席へと乗せた。
結衣は、普段と違って、生気が抜けて力ない状態になっていたので、拍子抜けするくらい軽く感じられ、あっさりと車に乗った。
その様子に思わず柚月と顔を見合わせて驚いたが、私は、運転席に座って、Uターンすると、解体屋さんを目指した。
解体屋さんを目指す車の中の空気は、非常に重苦しいものだった。元々、結衣って必要以上に口数が多い方じゃないけど、ここまで静かでもないから、物凄くどんよりとした空気になっているのだ。
柚月が、口火を切った。
「結衣~、何があったのぉ?」
「……」
「黙ってられてもぉ、困るんだよ~。私らだってぇ、お遣いで解体屋さんに行ったら、いきなり『ついて来て』って言われて、ここまで来ただけなんだからさぁ」
「……事故った」
結衣は、それだけ言うと、柚月の問いかけには、返事が無くなってしまった。
柚月は『ダメだこりゃ』といったジェスチャーで、私の方へと向き直ったので、私は頷いて、引き継いだ。
結衣さ、私らだって、何も訊かないって訳にいかないでしょ?
自動車部員であり、友達でもある結衣が、事故ってるのを見て、何も訊かないで済ますって、どんだけ薄っぺらい付き合いなの? 私らって。
このところ、優子とも、明らかに、しっくりいってない様子だったしさ。
別にそのことを責めるつもりはないよ。優子は、どちらかって言うと、敵を作りやすいし、感情って難しいもんだし、メンタルコントロールなんて、私だって苦手だしさ。ただ、露骨過ぎて、見てる私らに気を遣わせてるしさ。
その挙句が今日の事故でしょ。
あれ、普通に走ってたわけじゃないでしょ? 私にだって分かるよ、タイヤ見れば、後輪に履いてるのって、あの車が来た時に履いてた、純正のホイールと、溝の少ないタイヤでしょ?
あれってさ、悠梨が一時期、8の字の特訓してて、小手先でタイム上げようとして焦ってた時に、こっそりやってたよね。
それって、結衣自身が、悠梨にそんな方法じゃダメだって、言ってなかったっけ? そんな機械頼りの運転方法で速くなってもってさ。
ハッキリ言うとさ、最近の結衣って、1人で空回りしてるよね。
この間だって、転入候補の娘が来て、部活の案内するっていうのに、1人だけ、用もないのに帰っちゃうし。
「あれは、午後は自由参加だって、言ったからでしょ!」
ようやく話したけど、黙ってると自分にとって都合の悪い部分だけだね。
こっから、口を割らせるためには、攻め込むよ。
あぁ~、柚月ったら、見たくないからって、目ぇ瞑って、耳塞いじゃってるよぉ。
じゃぁ、いくよ。
自由参加だって言っても、用事もないのに、帰る人がいるなんて思わなかったよぉ。
別に受験生とかだったら分かるけど、ウチら違う訳だしぃ、自動車部は、3年生も、耐久レースまでは、メインの活動がある訳だしぃ、転入候補の燈梨は、ウチらと同い年で、免許もあって、車もS14だから、是非ともウチの部に入って欲しいしぃ、色んな意味で重要なイベントだったわけだよ。
全学年通して、不参加だったの結衣だけだよ。当日は、あの悠梨ですら、文化祭に向けての活動で、テキパキと後輩を動かして頼もしかったんだからさ、きっと、燈梨が転校してきて、部に入った暁には、結衣だけは、会ったことがない人だから、アウェー扱いだよね。
「その燈梨って娘は、マイが、お気に入りで、勝手に入れあげてるだけでしょ! なんでこの件に関係あるのよ!」
大ありだよね。
最近の結衣は、部の活動に対して他人事過ぎるんだよ。
だから燈梨にだって、そういう色眼鏡でしか物が見られないんだよ。
悪いけど、燈梨の件で、私が入れあげてるだけだから、入って欲しくないなんて、思ってる人は、部の中に、誰もいないよ。
七海ちゃんだって、1年の娘だって、みんな、燈梨に部に入って欲しいって、言ってるのに、1人だけ的外れなこと言ってるのは結衣だけだよ。
で、挙句、今回の事故でしょ。
夏休み中の単独事故だから、恐らく学校にまでは上がる案件じゃないけど、水野には上げなきゃだよね。
この間の合宿の時だって、結衣の走りはおかしかったから、この2つを見ている、ウチの部の関係者は、間違いなく、この2つは繋がってるって思うだろうね。実際
、私は思ってるし。
ハッキリ言うね。
結衣は、優子に妙な対抗心を起こして、気だけが焦って、感情任せに変な走り込みをした結果、事故っちゃった。
しかも、優子への対抗心は、耐久レースのタイム計測とか、本番での結果で見せればいいのに、今度の花火の行き帰りの道で、しょーもないバトルごっこでも仕掛けて、勝とうとでも思ってたんでしょ?
私には、結衣の考えが全部透けて見えちゃってるよ。
私が、そこまで一気に話して、はぁ~っと、ため息をつくと、助手席の柚月が、私の肩を掴んで
「マイ! ヤバいよ!」
と言うので、ルームミラーを見ると、シートの隅で下を向いてボロボロと涙を流す結衣の姿があった。
「出たよ~。『追い込みのマイ』が~」
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『舞華の追い込みで、どうなっちゃうの?』『泣きが入った結衣は、口を開くの?』と、少しでも思われたら【★、♥評価】、ブックマーク頂けますと、創作の励みになります。
「こっちって、結衣の家がある集落の方じゃない~?」
柚月が言う通り、結衣の家のある集落の方だけど、前を走るレッカーは、集落を抜けて更に下って行った。
こっちって、この辺の集落の人たちが、麓への抜け道代わりに使う、林道みたいなクネクネした道だよね。
私はあんまり使わないんだけど、昔、兄貴が『特訓』とか言って、夜中にこの道によく出没してたって、芙美香から訊いたことがあるよ。
芙美香が、ここを通りがかった時に、ガードレールに「TWIN TURBO」って逆文字になったシールが貼りついてて、ピンと来たから、家に帰って、当時兄貴が乗ってたスープラを調べたら、運転席にはあるステッカーが、助手席にはなくって、おまけに凹んだ助手席ドアを慌てて叩いた形跡が残ってたから確信して、兄貴にブチ切れてたことがあったね。
「マイのお兄さん、ここでもやってたんだね~」
芙美香の話だと、ここだけで7台潰したって言ってたよ。そのスープラも、ブチ切れ事件の8日後に、ヘアピンカーブの岩肌に突き刺さってたし、その後、マークIIとクラウンの5速載せ替え車とかいうのでしょ、レガシィ、ランサー、S15シルビア、チェイサーって、ぶっ潰してたよ。確か、クラウンは、ドリフトしたまま、崖から落としちゃったって、言ってた。
「あぁ~……」
兄貴は『ここは、トヨタの直6と相性悪いかも』とか、言ってたけど、そういう問題じゃないだろってのよ!
「そうだね~、他メーカーの車も3台潰してるしね~」
この3つ先のヘアピンカーブの岩肌に、スープラが突き刺さったんだよ、今でも岩肌に兄貴のスープラの塗装痕が残ってるんだよ。
なんで場所を正確に覚えてるのかって? それは、後片付けに行った時に、私と芙美香も一緒に行ったからだよ。
あれ? レッカー車がハザード出したよ。
私らもハザード出して、ここに止まって……と、あれ!?
柚月も、この先にある違和感に気付いて、私に言った。
「マイ! あれって~!?」
私たちの視線の先には、右ヘアピンカーブの、ガードレールの向こう側にある木の前に、真横になって止まっている黒のR32だった。
しかも、前輪に履いているホイールに見覚えがあった。確か、何ヶ月か前に一緒に中古パーツ屋さんに買いに行ったホイール……すると、このR32は結衣のGTS25だ。
私と柚月が車の方に駆け寄ると、GTS25の左後部は、木の幹にめり込んでしまっていた。
このヘアピンカーブは、ガードレールが一部途切れてしまっているので、ガードレールでせき止められずに、ここまで来てしまったのだろう。
芙美香が言ってたけど、ここって昔、ドライブインがあったから、そのお陰でガードレールは途切れてるけど、崖から真っ逆さまは回避できたんだね。
私たちは、結衣を探すと、車の前方に呆然自失で立ち尽くしていた。それを見たのとほぼ同じタイミングで、おじさんから
「悪いけど、あっちのお嬢連れて、先に事務所まで、戻っててもらって良いかい? 冷蔵庫の中の物でも飲んで待っててよ」
と言われて、事務所の鍵を受け取ると、柚月と一緒に結衣を捕まえて、シルビアの後席へと乗せた。
結衣は、普段と違って、生気が抜けて力ない状態になっていたので、拍子抜けするくらい軽く感じられ、あっさりと車に乗った。
その様子に思わず柚月と顔を見合わせて驚いたが、私は、運転席に座って、Uターンすると、解体屋さんを目指した。
解体屋さんを目指す車の中の空気は、非常に重苦しいものだった。元々、結衣って必要以上に口数が多い方じゃないけど、ここまで静かでもないから、物凄くどんよりとした空気になっているのだ。
柚月が、口火を切った。
「結衣~、何があったのぉ?」
「……」
「黙ってられてもぉ、困るんだよ~。私らだってぇ、お遣いで解体屋さんに行ったら、いきなり『ついて来て』って言われて、ここまで来ただけなんだからさぁ」
「……事故った」
結衣は、それだけ言うと、柚月の問いかけには、返事が無くなってしまった。
柚月は『ダメだこりゃ』といったジェスチャーで、私の方へと向き直ったので、私は頷いて、引き継いだ。
結衣さ、私らだって、何も訊かないって訳にいかないでしょ?
自動車部員であり、友達でもある結衣が、事故ってるのを見て、何も訊かないで済ますって、どんだけ薄っぺらい付き合いなの? 私らって。
このところ、優子とも、明らかに、しっくりいってない様子だったしさ。
別にそのことを責めるつもりはないよ。優子は、どちらかって言うと、敵を作りやすいし、感情って難しいもんだし、メンタルコントロールなんて、私だって苦手だしさ。ただ、露骨過ぎて、見てる私らに気を遣わせてるしさ。
その挙句が今日の事故でしょ。
あれ、普通に走ってたわけじゃないでしょ? 私にだって分かるよ、タイヤ見れば、後輪に履いてるのって、あの車が来た時に履いてた、純正のホイールと、溝の少ないタイヤでしょ?
あれってさ、悠梨が一時期、8の字の特訓してて、小手先でタイム上げようとして焦ってた時に、こっそりやってたよね。
それって、結衣自身が、悠梨にそんな方法じゃダメだって、言ってなかったっけ? そんな機械頼りの運転方法で速くなってもってさ。
ハッキリ言うとさ、最近の結衣って、1人で空回りしてるよね。
この間だって、転入候補の娘が来て、部活の案内するっていうのに、1人だけ、用もないのに帰っちゃうし。
「あれは、午後は自由参加だって、言ったからでしょ!」
ようやく話したけど、黙ってると自分にとって都合の悪い部分だけだね。
こっから、口を割らせるためには、攻め込むよ。
あぁ~、柚月ったら、見たくないからって、目ぇ瞑って、耳塞いじゃってるよぉ。
じゃぁ、いくよ。
自由参加だって言っても、用事もないのに、帰る人がいるなんて思わなかったよぉ。
別に受験生とかだったら分かるけど、ウチら違う訳だしぃ、自動車部は、3年生も、耐久レースまでは、メインの活動がある訳だしぃ、転入候補の燈梨は、ウチらと同い年で、免許もあって、車もS14だから、是非ともウチの部に入って欲しいしぃ、色んな意味で重要なイベントだったわけだよ。
全学年通して、不参加だったの結衣だけだよ。当日は、あの悠梨ですら、文化祭に向けての活動で、テキパキと後輩を動かして頼もしかったんだからさ、きっと、燈梨が転校してきて、部に入った暁には、結衣だけは、会ったことがない人だから、アウェー扱いだよね。
「その燈梨って娘は、マイが、お気に入りで、勝手に入れあげてるだけでしょ! なんでこの件に関係あるのよ!」
大ありだよね。
最近の結衣は、部の活動に対して他人事過ぎるんだよ。
だから燈梨にだって、そういう色眼鏡でしか物が見られないんだよ。
悪いけど、燈梨の件で、私が入れあげてるだけだから、入って欲しくないなんて、思ってる人は、部の中に、誰もいないよ。
七海ちゃんだって、1年の娘だって、みんな、燈梨に部に入って欲しいって、言ってるのに、1人だけ的外れなこと言ってるのは結衣だけだよ。
で、挙句、今回の事故でしょ。
夏休み中の単独事故だから、恐らく学校にまでは上がる案件じゃないけど、水野には上げなきゃだよね。
この間の合宿の時だって、結衣の走りはおかしかったから、この2つを見ている、ウチの部の関係者は、間違いなく、この2つは繋がってるって思うだろうね。実際
、私は思ってるし。
ハッキリ言うね。
結衣は、優子に妙な対抗心を起こして、気だけが焦って、感情任せに変な走り込みをした結果、事故っちゃった。
しかも、優子への対抗心は、耐久レースのタイム計測とか、本番での結果で見せればいいのに、今度の花火の行き帰りの道で、しょーもないバトルごっこでも仕掛けて、勝とうとでも思ってたんでしょ?
私には、結衣の考えが全部透けて見えちゃってるよ。
私が、そこまで一気に話して、はぁ~っと、ため息をつくと、助手席の柚月が、私の肩を掴んで
「マイ! ヤバいよ!」
と言うので、ルームミラーを見ると、シートの隅で下を向いてボロボロと涙を流す結衣の姿があった。
「出たよ~。『追い込みのマイ』が~」
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『舞華の追い込みで、どうなっちゃうの?』『泣きが入った結衣は、口を開くの?』と、少しでも思われたら【★、♥評価】、ブックマーク頂けますと、創作の励みになります。
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