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夏は休み

五寸釘とメンタルケア

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 解体屋さんから、学校に戻る道すがらの話題は、普段、見せないおじさんの怒りの姿であった。
 あのおじさんは、いつもニコニコしていて、怒った姿など見た事がなかったから、今日のあの姿には、ギャップが大きかったのだ。
 さすがの柚月も、最初におじさんが怒った瞬間には、ちょっとビビっていたのは分かったくらいなのだ。

 学校に到着した私たちは、水野を訪ねて、部室まで水野を連れて行った。
 職員室で話して他の教師に訊かれ、騒ぎを大きくしたくなかったからだ。

 「承知した」

 私からの報告を受けた水野は、いつもの如く表情を動かすことなく、一定のトーンで話した。
 まぁ、いつもの事なので驚く事もなく、次の話へと進もうとしたところ

 「それで、本人の様子はどうなんだ?」

 と、訊かれたので、ショック状態で、今日は、まともにやり取りできる状態で無かったことを報告した。

 「こういう時の、ショックは計り知れないものがある。特に最初の車であり、免許取得から日も浅い事から、引きずらなければ良いのだが……」

 と、珍しい言葉が訊かれた。
 てっきり、水野の事だから、結衣のメンタルケアには触れずに淡々と物事を片付けるだけだろうと、思っていたので、正直、私にとっては、驚きの出来事だった。

 「幸い、夏休み中で且つ、単独の物損事故だった事もあって、学校への報告も不要なら、余計な騒ぎにもならない。車両の変更に関しても、故障で廃車したとか言えば何とでもなるから、くれぐれも、結衣君のケアの方はよろしく頼みます」

 うーん、何故だろう。
 水野は、こと、車関連の事になると、普段とは違って、とても頼りになるんだよね。
 当人に自覚があるか否かは、別としてさ。

 そうだ、その頼りになる車関連の事だから、言っておかなきゃね。
 解体屋さんにS14の部品の件で行ったんだけど、この件のゴタゴタで、用は済ませられなかったって事と、解体屋さんが、後日部品は学校に届けるって言ってたから、水野に連絡よろしくねーって。

 よし、用事はこれで終了したぞ。
 水野は最後の話も『承知した』って、言って断わらなかったから、これで面倒な事は全部水野に押し付けられたぞ。

 駐車場にやって来ると、柚月が口を開いた。

 「マイ~、明日さ、結衣の所に行ってみよ~よ」

 それは分かってるけどさ、大丈夫かな?
 ナーバスになっていて、誰にも会いたくないとか言うんじゃね?

 「その可能性を否定はしないけど~、でもって、今日のアレで、明日、誰も来ないってなると~、さすがに傷つくんじゃないかな~?」

 そうか……って、今、『誰も』って、言わなかったか?
 柚月さ、私らの他に、今日の事って、誰も知らないハズだよね?

 「え~!? 私、優子と悠梨にLINEしちゃたよ~」

 ばかぁ!
 私は、柚月のスマホを取り上げて思い切りツッコんだ。

 「痛いなぁ~! なにするんだよぉ!」

 うるさい、うるさい! あぁ、柚月、アンタ、なんてことしてくれるのよ。
 結衣や優子のような、プライドの塊みたいなタイプの人間の、この手の知られたくない事実ってのは、当人が話せるようになるまで、そっとしておくの。

 もし、優子あたりから、嫌味たっぷりなお見舞いメッセとか飛んで来たら、結衣が思いっきり傷ついちゃうでしょ! ただでも、あの2人はバチバチなんだから!

 「あ……」

 『あ』じゃねーよ! 柚月。
 そのくらいの想像力は、小学校高学年にもなりゃ、つくもんだろうが。
 だから、この間、道の駅で、燈梨と会った時も言っただろ! 柚月は、身体ばかりデカくなって、精神年齢は、小学校低学年だって!
 やっぱり、その通りじゃないか!

 こうなったら、柚月のスマホから、優子だけにでも
 『季節外れの、エイプリルフールだよ~ん!』とか、テキトーなスタンプと共に送っておこう。
 そうだ! この間の柚月の全裸海老反り画像を添付して……と。

 「やめろ~!」

 なんだ柚月、自分が元凶のくせに、訂正文の送信を拒むのか?
 やっぱり柚月は、SNSや動画投稿サイトで、問題発言して、炎上させるだけしてから、テキトーな謝罪動画をアップして、再生回数を稼ごうっていう、ダメな大人になる気だな?

 いいか? さっき水野にも言われただろうが、結衣のケアはしっかりってさ、あれって、これを引きずると、耐久レースにも関わってきちゃうからだぞ。

 「そうかぁ~」

 何を感心してるんだよ、柚月!
 結衣が、もし、精神を乱れさせたまま、耐久レース当日を迎えて、車を潰しちゃったら、部活的には貴重な競技車がぶっ潰れちゃう、結衣は、心に傷がついて立ち直れない、学校からは、目をつけられちゃう……で、三方全部丸損になるじゃないかぁ。

 「そうだね~」

 よし、分かったところで、柚月の全裸海老反り画像で、謝罪っと。

 「それはダメ~!」

◇◆◇◆◇

 結局、昨日のLINEの訂正も、優子は半分懐疑的だったな~。
 そりゃぁ、内容が内容だけに、嘘にしちゃぁ、リアリティがあり過ぎるもんな。
 柚月め、画像こそ載せなかったものの、正確な事故現場まで示しちゃってるし、そこが、結衣の家から近いとなれば、真実味がマシマシなんだよね……。
 どうしてくれるんだよ! 柚月!

 「どうって~?」

 結衣の家に向かっている柚月のGTS-4の中で、柚月が不安げに言った。
 結衣の家に行くという承諾は貰ったものの、何台もでゾロゾロ乗りつけるのは、精神衛生上、どうかと思ったので、1台に纏めたのだ。

 「どう責任取るかって事だよ、柚月。当然小指くらい覚悟してるんでしょうねぇ」
 「一体、いつの時代の話だよ! 小指なんか詰めないもん」

 時代背景によらず、堅気さんは小指なんか詰めないぞ。
 アレは、任侠道の人が、堅気さんに迷惑をかけた際に、ケジメとして詰めるもので、映画とかで何故か間違った解釈で広まっちゃったんだよね。

 まったく、昨日の優子の反応から見て、アレ、信じてないっぽいからね。

 「だよね~」

 『だよね』じゃないんだよ! 優子なら、知らない素振りで結衣の家に乗り込んで来て、ほじくり返そうとするぞ。
 優子は、そういうところが厄介なんだよ。分かっているくせに、知らないフリして真綿で首を絞めてくるような感じ、これが優子の真骨頂なんだからさ。

 「マイ~、それ、褒めてないよ~」

 私はね、褒めてないよ。
 前に綾香って娘から訊いたことあるんだからさ、優子の奴さ、あの娘が自分の彼と付き合ってるって聞いた時も、ウラ取りもしないで、訪ねて行ってさ『転校生の娘と、色々話するの、趣味なの』とか、白々しい嘘から切り出したらしいぞ。

 「おぞましいねぇ~」

 優子とは、なろうことなら対立したくないよねぇ。
 アイツ敵に回すと、絶対に、山頂の神社の旧社殿の方とか行って藁人形に五寸釘とか打ち込んでそうだもんね。
 説明すると、山頂の神社には、一般的に参拝する本殿の他に、昔は本殿で、手狭になったんだけど、土地的に拡張できない事から今の本殿に移った、旧社殿が存在する。
 旧社殿の方も、一応、整備はされてるらしいので、入れるらしいんだけど、わざわざ行く人は少なくて、クラスメイトの神社の宮司の娘が言ってたけど、あそこに掃除に行くと、藁人形やら、黒魔術的なものがあって、マジで気持ち悪いらしい。

 前に、優子のビーノのメットインの所から、藁が何本か、はみ出てたって、噂もあったくらいだからな。今度、優子の車の車内を徹底的に捜索してみよう。
 もしかしたら、スペアタイヤが抜かれていて、あのスペースに藁が敷き詰めてあるかもしれないよ。

 「いくらなんでも、そんなこと~……」

 と、言いかけた柚月が、私の肩を掴んで言った。

 「マイ! 大変、尾けられてるつけられてるよ~」

 私は後ろを見ると、2台後ろに、確かに白いボディのR32がいるのを確認した。
 優子だ!

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