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夏は休み

アクセルワークと自販機メニュー

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 ようし、ここからは下りだね。
 上りは、慣れてなくても、あんまりスピードが出てない事もあって、安心だったけど、下りは、勢いがついて危ないから気をつけないとね。

 下りに入ると遠心力で、スピードが出やすくなってる割りに、ブレーキの効きはあまり変わらないから、調子に乗って飛ばしちゃダメだよね。
 
 でもって、下りの方が、ハンドルを切った時のしっかり感がアップしているような感じになるのは、気のせいなのかな?
 なに? 下り坂で、車の前方に荷重が集中し、フロントタイヤが、より地面に押し付けられて、タイヤのグリップ力が発揮しやすくなるから、当然の感覚なんだって?

 はぁはぁ? よく分からない講釈だったよ。もっと、私みたいな、一般的でお洒落なJKにも、分かるように言ってよ。
 なに? マイみたいなバカでダサいJKになんか、分かる言葉を持ち合わせてないから、動物園のサル山にでも行って聞けだって?
 コラぁ! 柚月、柚月なんか窓から落としてやる。えいっ! えいっ!
 え? もうやめろ? だってさ、結衣、コイツがね……大丈夫だって? 今から私の代わりにコイツを殴るから、だって? じゃぁ、頼むよ結衣。

 でもってさ、ハンドルを切って曲がってからの、内巻き込みは、割合強い方だよね。こう、素直にカーブの内側を舐めるように、っていうのかな、すんなり曲がって行く感じは、とても楽しい感覚がするんだよね。
 なに柚月? これは、6気筒で前が重いから今一つだけど、4気筒のシルビアなんかだと、もっと曲がっていくんだって?

 それと、下りに入ってから、悠梨の車のペースが若干だけど下がってきたね。
 なんだって? 元々の基本特性的に、若干重量が増えたのと、ホイールベースの長さのお陰で、やや直進安定性が高めなんだって? だから、下りの細かい切り返しが、結構苦手分野なんだって?

 だから、私のR32が、速度を落としてからハンドルを切ると、素直に曲がって、結構早めにアクセルを開けていけるのに対して、悠梨のR33だと、外に膨らむ傾向があるから、それを抑えきらないと、アクセルを開けられないんだって、そのアクセルを開けるタイミングの差が、曲がりの差って事になってるんだって。

 「あとは、悠梨自身が、まだ少し、あのR33を乗りこなせてないんだよ」

 と結衣がボソッと言った。

 「試しにぃ、マイと悠梨が、今、交代したら、R33の方が速いと思うよ~」

 柚月も、それに乗って、そう言った。
 一体どういう事だろう? と思っていると、柚月が

 「悠梨はねぇ、LSDが効いて、もう少し早いタイミングでアクセルが開けられるのに、そこで踏み切れてないんだよぉ」

 と、評していた。
 結衣も頷いていて、悠梨は、純正のビスカスLSDの緩い効きに慣らされてしまって、今の機械式LSDの効きについていけていない、と言っていた。
 柚月の意見に、素直に結衣がついていくという事はあまり無いから、これは、かなり信憑性の高い評論という事だね。

 「なんだよ~、マイ~、それじゃぁ、私がバカみたいじゃん~」

 柚月が噛みついてきたので、答えた

 「バカ『みたい』なんじゃなくって、バカ『そのもの』なんだよ、柚月は」
 「マイのサディスト~!」
 「柚月のマゾヒスト~」
 「くぅ~!」

 柚月が、悔しそうな目でこちらを見ているので言った。

 「柚月~、悔しかったら、かかってきても、良いのよぉ~。ただし、そんなことしたら、ハンドル操作を誤って、この車はあの崖から、下の廃旅館に真っ逆さまだから~」
 「覚えてろ~!」
 「忘れちゃった~」
 「くぅ~~!」
 「や~い、柚月♪ 泣け泣け、喚け♪ そして、死ね~♪」

 柚月をからかいながら、無意識に運転をしていると、悠梨との差は少し開いてしまったので、途中の自販機コーナーで、休憩することにした。

 時間に余裕もあるんだし、道も分かってるから、そんな慌てなくていいからね。
 悠梨に声をかけながら、飲み物を買おうとして、自販機を見ると、これって、100円で買える代わりに内容が微妙な自販機だという事に気がついたよ。
 でもって、喉乾いたから、買わないって、選択肢もないしなぁ……。

 こういうところで、地雷を踏み抜かないためには、お茶かコーヒーってのが、鉄則だけど、どっちも、今飲みたい気分じゃないし、他には、コーラか? いや、コーラも、モノによっては、駄菓子屋の粉のコーラみたいなのが存在して地雷なんだよ。……こうなったら!

 「うわっ! なんか、駄菓子屋のコーラみたいだ!」

 結衣が顔をしかめているのを眺めながら、私は、瞬時の判断で買ったメロンソーダを飲んでいた。これは、唯一、結構美味しいんだよね。

 あぁ、悠梨、こういうところのサイダーって、一見、ハズレがなさそうに見えて、実は妙に炭酸が強かったりするんだよね。そこに苦しんでるよ。
 そして優子、ハズレを回避して、スポーツドリンクにしたつもりだろうけど、ここのスポドリは、妙にしつこい甘みが、喉に絡みついてくるやつだよ。昔、軽音楽部のライブで市民会館行った時に、悠梨が買って苦しんでたもん。
 そして柚月め、絶対、ドリアンサイダーとか買うものと期待したのに、ミルクティーか、でもって、柚月のミルクティーも外れだよ。

 「なんかぁ、ミルクと砂糖の味しかしないよ~」

 そう、そこのミルクティーって、何故か、肝心な紅茶の味や香りが一切しないんだよ。いわば『ミルクの砂糖和え』みたいな感じなんだよ。

 「マイ~! なんでマイだけ、ハズレじゃないんだよ~!」

 柚月が吠えたけど、実は前に、家の近くに、これと似たような自販機があって、しかも、妙に当たりの勝率が高く設定されてるせいで、ほぼ3回に1回は当たりが出るから、ほぼ全種網羅したのさ。

 「ズルいぞ、マイ~!」

 別に、ズルくなんかないだろ~。
 柚月が、買う前に『偉大なマイ様、愚かな私めに、ハズレない飲み物を教えてくださいませ』って、言って靴を舐めないから、教えなかっただけだよ。

 「くぅ~~~!」

 休憩の途中で、私の車を運転したいという悠梨の申し出で、私たちは車をチェンジして、目的地へと向かうことにした。

 前後をチェンジして、私が先頭になって悠梨のR33で走ったけど、最初の頃とは比べ物にならないくらい、回頭性っての? 曲がってからの、先端がカーブの内側に向かって行こうとする特性が、強くなっているのに驚いたよ。
 俗に、R33は重くて曲がらない、とか言われてるけど、それってイメージ的なものなんだと私は思うよ。データ上だって、著しく曲がらないって、訳じゃないしさ。

 それに、悠梨のR33は、色々と部品交換したりしたお陰で、曲がりやすくなってるよ。凄く楽しい。
 確かに胴長なところは、全く気にならないか、と言われると、少しは気にしちゃうけど、ほとんど気にならないレベルだしね。

 それよりも、この足回りのバランスと、機械式LSDの巻き込み感が素晴らしいよ! 慣れないと、カーブでのとっかかりで、LSDの初期の効果で、曲がり辛そうに感じるんだけど、それに騙されずに、曲がりながらアクセルを踏み込んでいくと、グイグイと、内巻き込みを開始していくんだ。

 それで、立ち上がりでアクセルを踏んでいくとさ、R32と違って、低速から、しっかりと、パワーがついてくるからさ、その差は歴然なんだよ。
 楽しい! 楽しいよ、この車。
 私のR32で足らないところに、イイ感じで、アシストしてくれるこの感覚は、ちょっとR32に乗ってる者でないと分からない魅力であり、独特の感覚だよね。

 やっぱりLSDで変わったんだよ。断言できちゃう。この車の肝は、そこだったんだね。
 なんか、私もR33が良いかなぁ……なんて、思わせちゃう乗り味だよ。ただ、どうしても、R33をカッコ良くしようと思うと、リアスポイラーとか、変えたくなっちゃってさ、お金がかかっちゃうよね。それに、タイヤも、もうちょっと大きくしたいし。
 あ、それで思い出したけど、この車、欲を言えば、タイヤとブレーキのグレードを上げたいかもなぁ……今度、1回、悠梨の車をみんなで見てみようかぁ。

 どしたの優子? 私の事をまじまじと見てさ。
 また、何かツッコもうっての? 良い? 変な真似したら、この車ごと、そこの崖から、廃旅館に向かって、真っ逆さまなんだからね。

 「マイの口から、そんな言葉が出てくるなんて思わないかったから、嬉しくてさ~」

 何言ってるんだ、優子、マジでキモいから離れて~!
 

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 ■あとがき■
 お読み頂きありがとうございます。

 多数の評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。
 この暑さの中でも、創作の励みになります。

 次回は
 遂に目的地の温泉街に到着します。
 お楽しみに。
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