上 下
213 / 296
秋は変化……

背後霊と奇妙な広場

しおりを挟む
 耐久レースで泊まった温泉宿、良かったね。
 てっきりビジホかなんかかと思ったけどさ、学年ごとに相部屋だったけど、ご飯は美味しいし、露天風呂付きの温泉だったしさ、マジで良かったよ~。

 まぁ、残念なのは、ゲームマニア優子が、お風呂上りにゲームコーナーに入り浸って雰囲気ぶち壊しだったのと、部屋が学年別だったから、燈梨とキャッキャウフフしながら一緒に寝られなかったのがねぇ……残念だったよぉ。

 「私は~、また結衣のイビキがうるさくてさ~」

 柚月が言って、結衣に力一杯ぶん殴られてたよ。
 思うんだけど、だったら、結衣の隣で寝なきゃ良いのにさ、いっつも柚月は勝手に結衣の隣で寝たがるんじゃん。

 結果は、無事完走できたし、初挑戦としては万々歳だよね。
 大半がこのレースに何度も出場してるベテランとか、これ自体は初めてでも、運転の経験豊富な人とかばっかりだったんだからさ。参加者の半分くらいが、おじさんだったしね。女子はウチらと、おばさんのチームがあったくらいだったね。
 しかも、エントリーしてた4分の1くらいの車が、故障や事故でリタイアしちゃったんだからさ、完走できるってのが、大きな意味を持つんだと思うよ。

 「その通りだ。耐久レースは、完走させるのが目的であって、順位に関しては、副次的な結果であると思って楽しむのが正解だ」

 また水野が人の話に背後から割り込んできたよ。
 いつもいつも思うけど、不気味だなぁ。これから水野のあだ名は『背後霊』にしよう。

 「なんか、前に先生が言ってたっスけど、どうやら、小学生の頃から、そのあだ名だったらしいっスよ」

 ななみん、そうなの?
 うん、まぁ、そうだろうね。ぶっちゃけ突然現れるから、心臓に悪いんだよね。

 耐久レース後は、政権移行をスッキリやって、今やすっかり燈梨率いる2代目自動車部の運営に移って、私ら3年はお払い箱って訳で、今や、部内でいられる場所もガレージ隅のゴミ置き場の脇しかなくなっちゃったわけよ。

 「そんなこと、ないじゃん~!」

 あ、燈梨ぃ、そんな優しい言葉をかけてくれるのは燈梨だけだよ。
 ななみんなんて、この間の耐久レースの宿で、私をお風呂に沈めて亡き者にしようとしてたんだよ。私、足掴まれて沈められたんだもん。

 「そんなこと、無いですったら~。あれは、沙綾っちと間違えたんですよ~。それよりマイ先輩こそ、ズッキー先輩と一緒に、私を帯で縛って3年生の部屋に拉致したじゃないですか~!」

 人聞きが悪いなぁ、あれは、ななみんの寝相が悪いのがいけないんだよ。私と柚月は、燈梨と一緒に、同い年同士の交流を深めて、キャッキャウフフしようと思って、燈梨の布団から、部屋まで連れて行ったら、ななみんだったんじゃん。

 「酷かったっス! みんな寝ちゃって、私だけ縛られたまま布団の外に朝まで転がされたんですよ~!」
 「舞華たち、私に、そんなことするつもりだったの?」

 燈梨、違うよ!
 燈梨を呼んで、3年全員で、燈梨と楽しいトークで親交を深めようとしてたし、布団も用意してたよ。

 それに、ななみんが縛られたのは、ななみんが柚月を殴ったからだからね。寝ぼけたななみんの正拳が、柚月の良いところに決まっちゃってさ、久しぶりに柚月がキレたところ見ちゃったよ。
 瞬殺だったね。ななみんがあっという間に、柚月に倒されてさ、これを見て、マゾヒスト部の下克上はまだまだだな……って思っちゃったよ。

 「マゾヒスト部なんて、ないから~!」
 「私は、マゾヒスト部じゃないです~!」

 あれからの部活は、新部長の燈梨を中心に手探りで進み始めている。
 私ら3年は、文化祭だけは仕切るけど、あとは見守るだけだよね。

 そんな今日は、水野に呼び出されたんだよ。
 ここって、学校の裏にある大きな空き地だよね。
 なんでも、元々山があったのを崩して、別荘向けに造成しようとしたらしいけど、デベロッパーが倒産して、なにも建たずにこの状態になったらしいよ。

 それを学校が買って、何かに使うつもりで柵で囲ってるのは知ってるけど……。

 「格闘系の課外活動を集めて、アリーナ兼、屋内練習場にするか、球技系の屋内コートにするかで意見が割れて、未だに手がつけられないんです」

 さすが、ななみん。元・空手部のエースで、格闘系部活のまとめ役だったもんね。その辺の事情には、くわしいね~。まぁ、そんなななみんも、今やマゾヒスト部の次期部長だもんな。

  「マゾヒスト部じゃありません!」

 そんな、隠さなくても良いんだよ。
 周知の事実なんだからさ。噂だと、来年の課外活動紹介の冊子に載るらしいよ。来年だと、柚月はいないから、部長、荻原七海ってさ。

 「載らないです!」

 まぁ、それは置いておくとして、旧の役員である私らまで呼ばれた理由はなんだろ?
 水野と、GTEまであるしさ。

 「諸君、集まって貰って済まないね。今日は、この場所をしばらく自由に使って良いことになったから、その相談に召集させてもらった次第だ」

 水野の話によると、結局、ななみんの言ってた通りの経緯で、この場所の今後の活用についての意見が割れて、膠着状態になっちゃってるんだって。
 それで、今の段階で活用が決定してないと、来年度の予算がおりないから、再来年の春までは、ここは空き地になっちゃうんだってさ。

 そうか、こういう公費を使う場合は、前年度中に、概算見積もり取って申請しないと、来年度中に予算がおりないから、何もできないのか。
 それで、ここを長期間遊ばせておくと、ゴミ捨てられたりして、色々と都合が悪いから、暫定的に活用させようって事になって、そんな折りに、自動車部の部員が増えて練習場所の拡大の申請があったから、それに乗っかったって訳か。

 しかし、この入口付近の舗装されてるところは良いとして、大半を占める、未舗装の箇所は凄くぬかるんだりしてね? 私は、そっちに足を踏み入れるのは嫌だよ。

 「私は、ここを、ダートや、雪道などの低μていミュー路の練習コースにしたいと思ってるのだが、諸君の意見を訊きたい」

 訊きたいって、もう、ほとんど結論出てるんじゃね? と思う訳だよね。
 すでに車まで用意して、試乗させようって気、満々だし。

しおりを挟む

処理中です...