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冬は総括

日焼けと黒帯

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 週明けになった。
 柚月は病院に行くから休みだって。恐らく、歯医者さんから紹介されて、親不知抜きに行ったんじゃね?
 朝のホームルームが終わると、悠梨に訊いた。

 悠梨、あれからシート洗浄して天日干ししたの?

 「うん。ホムセンで買った布シートクリーナーでゴシゴシ洗ってさ、その後、昨日1日、庭でずっと干しといたよ」

 そうだね、埃被ってたくらいだから、ダニが湧いてるかもしれないからね。しっかり干しておくに越した事は無いよ。
 念のため、土曜日も干しておいて、日曜日につけたら?

 「大丈夫、母さんが平日も干しといてくれるって」

 悠梨の家のおばさんは優しいな。
 ウチの芙美香なんて、そんな事、頼んでもガン無視するからね。
 バイトが長引きそうになって、テレビの留守録頼んだらさ、全然撮られてないのさ。
 だからって文句言ったら『出かける前に予約しないのがいけないんでしょ!』とか、逆ギレしやがんのよ。マジムカつくんですけど。

 「あははは……マイのところのおばさんは、気難しくて大変そうだね。ところで、結衣の件だけどさ……」

 なんだっけ? 結衣の件って? 
 あぁ、この間買ったって言う、レアなシートの事か。

 よし、手っ取り早く本人に確かめてみようよ。
 ……って、1限の数学の佐田が来たよ。じゃぁ、お昼休みだね。

 結衣ー。この間、解体所でレアなシート買ったらしいじゃん! どうなの?

 いつものように部室でお昼にしながら訊いた。

 「どうって? まだ、つけてないから何とも言えないよ」

 そうなの? そもそも、なんでシートなんか買ったの? 結衣の車の移植作業の時も、特にヘタって無かったと思うけど……。

 「あのシートさ、日焼けしててさ、それが気になってたんだよ」

 結衣曰く、どうも前のオーナーはシートカバーをかけていたらしく、日焼けしててツートンカラーみたくなってたんだって。
 しかも右半分だけだから、恐らく車庫の右側に窓があったんじゃないかって感じらしいよ。

 確かにね。
 ボディは日焼けしてなかったから、右側全体じゃなくて、ピンポイントで室内に日の当たる位置に窓があったと考えるのが妥当だろうね。

 ところで結衣、そのレア度の高いシートって、一体ナニ?
 勿体つけてないで言っちゃいなさいよ。

 「そんな期待するようなものでもないけど……でも、ヒミツ~!」

 なんだよ結衣ー、いずれ分かるんだから言っちゃえよー。
 さもないと、私が通信教育で会得した……

 「ハイハイ、通信教育で武術なんて教えてくれるわけないでしょ!」

 結衣め、バカにしてるな。
 ちなみに柚月の家の道場でも、おじさんが通信教育向けの武道をやってるんだぞ。

 「マジ?」

 マジだよ。
 いくら柚月のおじさんの道場が有名でも、こんな田舎の山の中じゃ、そう簡単に通えないでしょ。
 とは言え、住み込みで弟子入りするのもちょっと勇気がいるし……っていう層向けに、昔から通信講座をやってるんだよ。

 「マジっすよ! ズッキー先輩の家では、通信教育向けのプログラムをやってます」

 ホラ見ろ、ななみんだってそう言ってるだろ。
 ちなみに、この間言った、ハンガーヌンチャク講座の最初の習得者は私だからな。

 「えっ!? あれ、マジなの?」

 結衣、疑ってたのか?
 柚月のおじさんは、女性や子供でも簡単に習得できる護身術っていうのを考えてて、私がそういう講座のテストをやってたんだよ。実際に上達していくのかとかをね。
 だから私は、柚月の家でやってるキッズ武術コースと、ミドル武術コースはマスターして免許皆伝なんだよ。

 「マジっすか?」

 マジだよ、ななみん。
 一応家に免許と賞状があるよ。

 「でも、なんでテストするなら柚月じゃないんだよ」

 結衣は、高校に入ってからの柚月しか知らないだろうけど、小さい頃の柚月は、50メートル走ですら息切れしてまともに走れないくらい、身体が弱かったんだよ。ちなみに、柚月の小学生の頃のあだ名は『チビもやし』だったからね。

 「そうだったのか~」

 悠梨が感心したように言うと、優子がボソッと言った。

 「おじさん、物凄い乗り気でね。マイに黒帯取らせちゃったりして、跡継がせようとしてたよね」
 「マジっすか? マイ先輩、黒帯なんですか?」

 一応だよ、一応。
 でも、私もその気無かったし、芙美香が反対して、柚月の家に直談判に行ったからね。

 さて、大幅に脱線した話を元に戻すと、結衣、早いところ秘密を吐かないと、結衣の命の保証は無いんだぞ。

 「言うもんかー!」

 くそぅ、オイ柚月……って、いないんだった。
 柚月がいないと、結衣を羽交い絞めにさせて、ハンガーヌンチャクの餌食にできないなぁ……。

 仕方ない。
 結衣を吐かせるのは、今日のところは諦めよう。
 明日、柚月が復活してくるのを待つしかないな。

 「ところで、シートってそんなに変わるものなの?」

 あぁ、燈梨。
 うん、結構変わるよ。
 燈梨は、私の車を運転したことあるから、あれと部のR32の違いが、そのままシートの違いなんだよ。

 「確かに、思い浮かべてみると、低くて、感じが違ったような気がする」

 あれは、GT-R純正だけど、それでも結構な違いが感じられるから、案外、バカにできないものがあるんだよね。
 走らせた時のダイレクト感っていうのかな? 地面に近くなった感じが、より車の動きを直に感じられるような、そんな気がするよ。

 それに室内の感じも変わるからね、手軽ではないけど、おススメはするよ。
 もし、感じを忘れちゃったんなら、いつでも私の車のシートに座ってくれて良いからね。

 そうそう、燈梨をシートに座らせてる間に、助手席に座ってさ。
 座っただけだと分かり辛いと思うから、その辺一周してみようよ……とか言っちゃって、2人でドライブしながら、キャッキャウフフな時間を過ごそうかなぁ……。

 なんだよ、ななみん。
 先輩に対してその目はなんだ?
 言っとくけど、私もななみん同様、黒帯だからね。

 ところで燈梨、シートに関して気になるの?

 「コンさんの車は、ほとんどシートが、レカロっていうのに交換されてたからさ。だから、違うのかなぁ……って」

 くそぅ、またコンさんかぁ!
 私の燈梨の心を、汚らわしい手で鷲掴みにしやがってぇ……こうなったら、遂に私の黒帯の実力をもって……。

 「させないっスー!」

 痛っ! なにするんだ、ななみんめ。

 「マイ先輩は、コンさんの家の歯磨き粉を、こっそりわさびに入れ替えようと考えているに違いないっス、させないっス!」

 なんでななみんは、いちいちコンさんへの復讐が、そんな陰キャの小学生みたいな、暗くてレベルの低いイタズラなんだよ。
 私はね、そんな卑怯なイタズラでは無くて、正々堂々と闇討ちするに決まってるじゃないか!

 「マイ、闇討ちの段階で、正々堂々としてないぞ!」

 うるさいやい、悠梨め!
 
 「そもそも、本題から外れてるように思うよ。最初は結衣のシートの話じゃなかったっけ?」

 そうだよ優子! 本題は結衣のシートの話だった……って、結衣はどこに消えたんだ?

 「ユイ先輩なら、七海先輩とマイ先輩が暴れてる間に、出て行っちゃいましたよ~」

 1年生に言われて、初めて結衣に逃げられてた事に気がついたよ。
 私も抜かったなぁ……。
 代わりに、今日はななみんにお仕置きすることにしよう。

 「やめるっスー!!」
 「許すまじー!!」
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