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冬は総括

タイムマシンに乗って

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 タレントショップ跡に戻って来ると、水野がもう1台の車を準備し終えて待っていたよ。
 
 なにこの車?
 目立つ黄色のボディ色もさることながら、妙の屋根のラインが丸くて低い。
 なんか、昔のフェアレディZに似てるけど、ちょっと小さくね?

 「なんだろ、あの車?」

 あやかんも同じ感想だった。
 あやかんはスターレットを水野の横につけて止めたので、2人で降りて水野の元へと行った。

 なんですか? この車。
 私が言うと、水野はちょっと得意気な顔になって

 「この車は、NXクーペというんだ」

 えぬえっくす? 珍妙な名前だな。
 クーペはボディの形の事だからね。アルファベットが名前なんて、最近のマツダの車みたいだな……って、ボディ後部には『NISSAN』って書いてあるから日産車みたいだね。
 そして、同じ後部にはNXクーペって書いてあったから、この車の名前がNXクーペだって事は間違いないみたいだよ。

 どうやら水野の話だと、内容的にはサニーのクーペ版だと考えて差し支えないって話だったけど、サニーって、結衣や燈梨が代車に乗ってた、あのじじむさいセダンだよね。
 確かあれって、ちょっと乗ったけどさ、ただ走るってだけで、あまりいい印象が無かったような気がするんだけど。タコメーターは無いし、ギアがグニャグニャ入ってる感じがしてさ、ただの移動手段だって割り切るにしても、もう少し何とかならないって感じの車だったよ。

 まぁ、なんにしても、決めるのはあやかんだからね、最初に変な予断は与えないように黙っておこうね。
 ホラ、いきなりマイナスな情報を与えられたら、そこからスタートになっちゃうからね。

 それにしても、ボディが違うだけで、全く印象が変わっちゃうよね。
 うん、なんていうかさ、本当に全体のイメージがフェアレディZにそっくりだよね。
 主戦場であるアメリカで、フェアレディZの弟分みたいなイメージで売ってたから、そういうデザインにしてるんだろうって? なるほどね。
 ちなみに、フェアレディがZXで、シルビアがSXで、これがNXっていうシリーズ名なんだって。

 内装は、まぁ可もなく不可もなくって感じだね。
 このダッシュボードは、当時のサニーの物がそのまま使われてるって? そうなの? でも、こっちにはタコメーターがちゃんとついてるね。
 
 早速、さっきと同じようにまずはこの中で試乗してみようよ。
 助手席に乗ったんだけど、サニーのイメージで乗り込むと、あまりにシートの位置が低いから、ちょっとビックリしちゃうね。

 あやかんに何周かして貰ってるけど、さっきのスターレットとは完全に性格が違う走りだって事は、よく分かるよね。
 スターレットは荒々しくて、ターボの力でドカンって感じでパワーを作るって感じだったんだけど、このNXクーペは、初速からしっかりとトルクが立ち上がって、全体の走りに余裕を持たせてるって感じがあるよね。

 どう? あやかん?

 「うん、さっきの車より運転しやすいよ。それに、パワー感も結構あるよ」

 そうなんだ。
 やっぱりあやかんみたいな初心者には、こういうパワーの出方が穏やかな方が乗りやすいよね。
 それに、思ったよりパワーがあるのかな? 8の字やって貰ってるんだけど、心なしかさっきのスターレットより初速ダッシュが速いような気がするよ。

 今度は、外に出てみよう……って、あやかんどうしたの?

 「この天井って、どういう風になってるの?」

 天井って……あぁ、この車、Tバールーフだったのかぁ。
 これはね、運転席と助手席の上がガラス天井になっていて、それぞれ外すことが出来るんだよ。
 スカイラインのサンルーフみたいに、ボタン1つで電動で開閉しないのが難点だけどさ、開放感は抜群なんだよ。
 なんで知ってるのかって? 兄貴が乗ってたMR2についてたからね。

 よしっ、試しに外してみよう。
 車を止めて、これを外した後、トランクに入れるんだよ。
 
 「うわぁ……凄いね!」

 うんうん、凄いんだよ。
 ただ、途中で雨が降ってきたら悲惨だけどね。今日みたいな晴れてる日にはサイコーなんだよ。
 今みたいな冬だと寒いんじゃないかって思うだろうけど、ヒーターを効かせておけば全然寒くなんか無いんだよね。
 よーし、じゃぁ、早速行ってみようかぁ。
 
 さっきと同じコースを走ってみて思ったのは、この車、やっぱりパワー感があるよねって事だよ。
 アップダウンの激しい道だからさ、パワーが無いと如実に分かるんだよね。例えば部にある教習車とかさ、この道走った時は本当に悲惨だったんだよ。止まってるんじゃね? ってレベルの遅さで。

 でもね、この車、結構速いよ。
 サニーってさ、1500ccくらいの大きさの車だと思うんだけど、その中でも、このNXクーペは最高峰なんじゃないの?
 結構モリモリとパワーが湧いてきてさ、前に乗せて貰ったサニーとは大違いに思えるんだよね。
 え? ちょっと乗ってみてくれって?

 実際に私が運転してみても、結構パワー感があって、しっかりした走りをするんだよね、この車。
 ハンドル切った感じもしっかりしてるし、身のこなしもクイックでさ、あのサニーと同じ車とは思えないんだよね。

 速くて楽しいよ。
 そりゃぁ、パワーを比べたらスカイラインの方があるんだけどさ、でもって、このキビキビした感じは、スカイラインでは得られないものだよね。 
 どちらが良いかなんて、単純には決められない良さがあるよ。
 この勾配のきつい上り坂でも、パワーが途切れることなく軽快な感じで上っていけるし、面白い車だよね。

 また、あやかんに交代して走ったけど、感想を言うならバランスが良いよね。
 さっきのスターレットは、破壊力とパワーに特化したフローチャートになるし、スカイラインは、高い速度域での安定に関しては抜群なんだけど、キビキビ感とか軽快感に関しては、譲っちゃうところがあるからね。
 その点、このNXクーペって車は、バランスの取れたフローチャートになるんだよね、私的に。

 よーし、戻ってきたよ。
 楽しかったね……って、屋根戻さなきゃね。

 「どうだったかね? ちなみにこのNXクーペはシリーズ最高峰の1.8リッター車だ」

 なにっ! このNXクーペ1800ccもあったんだ。
 どうりで俊敏に走ったし、ちょっと横着にギア入れても走りきれた訳だよ……って、先に言えよ水野め! 

 どうやら、NXクーペには、1500cc、1600ccと、この1800cc、輸出用には2000ccまであったらしいよ。
 1600ccまでのエンジンと、この1800ccは、単に排気量が違うだけでなく、エンジン自体が全く違うんだってさ。1800cc車のエンジンは、燈梨のシルビアなんかと同じシリーズのエンジンなんだって。
 うん、確かに。このエンジンの軽快さとトルク感は、シルビアのそれに通じるものがあるよね。 

 「舞華っち、見て見て~」

 どうしたの? あやかん。
 運転席のドアを開けたあやかんは、ドアの受けがある方のボディについている妙な蓋を開けると、そこから傘を取り出した。
 ナニコレ? こんな所に傘を収納するポケットがついてるの?
 あぁ、さすがに短めの傘にはなるんだけど、それでも凄いアイデアだね。

 こりゃあ、面白い車が2台揃ったけど、この2台から選ぶのって、なかなか難しい選択だねぇ……私なら、悩んじゃうかな。
 突貫小僧で走りが刺激的、そしてメジャー車種であるスターレットか、マイナー過ぎるけど、排気量にもパワーにも余裕があって走りも良い、そして色々なギミックが所有欲をくすぐるNXクーペか……。
 共通項は、FFってところだけだねぇ。
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