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第一章 発端
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しおりを挟む「うわっ、すごい田舎。うちらの町より凄いんじゃね、たしか鈴の親戚のお寺だよね」
夕香が顔をしかめながら、窓から辺りを眺め回している。
目に見えるのは、緑を緑で取り囲まれた山ばかりだ。
「うん、母親方の親戚なんだ。でも小さい頃に一回逢っただけで、伯父さん伯母さんがどんな人だったか覚えてもないの。たしか幼稚園の頃だもん」
鈴が応える。
「これじゃ海まで出るのにも相当時間がかかるね、バスだからあっという間に来ちゃったけど歩くと相当あるよ」
うんざりしたような顔で、夕香が溜息を吐く。
「それがね、寺の脇から山を降りる道と石段があるの、お寺への参道みたいなものね。それを下ればすぐに海岸のはずよ、両親に手を引かれて行った記憶がある。昔だけどなんとなく覚えてるわ、でもかなりの石段よ」
「いま来た道を歩くと考えたら、ちょっとくらいの階段なんてどって事ないよ。後でみんなにも教えようね」
バスから降りみなそれぞれの荷物を受け取ると、バスは来た道を去って行った。
今日が八月一日だから、再びバスがやって来るのは八月十一日の午前十時だ。
これから丸々十日間ここにいる美術部員十八名、テニス同行会員十六名と教師二名の合計三十六名は、共同生活をする事になる。
時刻は三時を少し回っているが、真夏と言うことで陽射しはまだまだ厳しい。
山門の前でそうこうしていると、寺社内から初老の夫婦らしき人影が出て来た。
「おお晃彦くん、待ってたぞ」
僧形の親父が、にこやかに声を掛けて来る。
「やあ伯父さん、ご厄介になります」
晃彦が丁寧に頭を下げる。
「まあまあ、お若い方が一杯でこれから十日間愉しくなりそうね」
傍らに立っている夫人が、生徒たちを見回しながら目を細めている。
「内海麗子と申します、柴神先生のお供でお伺い致しました。色々とご迷惑をおかけすると思いますが、なにとぞよろしくお願い致します」
麗子が爽やかな笑顔で、老婦人に挨拶をする。
「あら、お綺麗な方ね。晃彦くんの恋人?」
「えっ、ち、違います──」
真っ赤になって、麗子が俯いてしまう。
「なに言ってるの伯母さん、同僚の先生だよ。女子もいるから補助をお願いして来てもらってるんだ、変なこと言わないでよ」
慌てて晃彦が否定する。
「そうでしたの、ご免なさいね。でも晃彦くんはいい子だから、もし良かったらお付き合いしてみたらどう」
田舎のおばさん特有の、初対面なのに遠慮のない会話が続く。
麗子は相変わらず俯いたまま、なにも言えずにいる。
「だから、そんなことは言わないでよ。本当に同僚の先生ってだけで、そんな関係じゃないんだから。内海先生が困ってるでしょ、いい加減にして下さいよ」
そんな会話を聞いた夕香が、鈴の横腹を肘でつつく。
「あんたの伯母さん、なかなかやるね。なんだか面白そ」
ほかの生徒たちも、無言でニヤニヤと教師二人を眺めている。
「でもあの二人似合ってるよね、いっそこれを機会に付き合っちゃえばいいんだよ」
愉しそうに夕香が笑っている。
「そんな無責任なこと言わないでよ、あたしの叔父さんなんだよ晃ちゃんは」
鈴が溜息を吐く。
「さあみんな整列しろ。ご住職の大和田了海さんと、奥さんの君江さんだ。ご挨拶するんだ」
晃彦の号令の下、三十六人が一斉に頭を下げる。
「よろしくお願いしまーす」
「うん、元気があって結構。こちらこそ十日間よろしくお願いします、田舎でなにもないが、君たちの町にはない海がある存分に楽しみなさい。ひと息ついたら海岸まで案内しよう」
「やったー、海だ。夜は花火だな」
口々に生徒たちがはしゃぐ。
「さあ、境内を案内するからついて来なさい」
和尚の了海が、大股に山門の中へ入って行く。
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