鈴 ! 十七歳の夏 (岬探偵社物語・外伝)

泗水 眞刀(シスイ マコト)

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第二章  第一のささやかな、いくつかの事件

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「凌平、お寺に戻らないの」
 雪乃から声を掛けられた速水は、それを無視してつかつかと健一に近づいて行く。
 速水ファンでくっついている女子たちも、遠巻きに心配しながら見ている。

「おい岡部、さっきの先生の言葉分かってるだろうな。お前らが問題を起こせば、ぼくたちにまで迷惑がかかるんだ。喧嘩は絶対にするなよ、どうしても腕力が有り余るのならぼくが相手をしてやる。ただし先生立ち合いの上での正式な〝空手の練習試合〟をね」
 言われた健一の目が、すうっと細められる。

「こら速水、おめえケンちゃんの強さを知らねえのか。中二で道場の黒帯を取ったんだぞ、しかも高校生四人を一撃でぶっ飛ばしたんだ。お前みたいな青瓢箪なんざ相手になりゃしねえよ」
 いつものように剛志がいきがる。

「そうよ凌平、こんな野蛮なやつら相手にしない方がいい。それこそ利き腕でも折られたら大変よ」
「春緒さんは黙っててくれますか、これはぼくと岡部の問題なんですから」
 速水が真っ直ぐに健一を見ている。

「おいおい、ケンちゃんの前にこの俺さまが相手してやる。ぼろぼろに殴られても文句言うなよ」
 剛志が凄む。

「口出しするな、剛志。お前じゃこいつにゃ勝てねえ、怪我をするのは自分だぞ」
「なに言ってんのケンちゃん? 俺がこんなやつに敗ける訳ねえって。俺だって中三の頃は北中で番張ってたんだ、まったく冗談きついぜ」
「黙ってろ、こいつは俺よりも三月早く黒帯を取ってるんだ。お前なんか子ども扱いされる」
「う、嘘っ。こいつが空手の有段者・・・」
 剛志の顔が一瞬で引き攣る。

「そう、彼よりも三月早くぼくが黒帯になった、道場での最年少記録だ。しかも東京の総本部でね、田舎の支部とはレベルが違うんだよ総本部と言うのは。支部だったら二から三段に相当するかもね、ねえ岡部くん」
 速水が健一を恐れていないのは、こう言う実力の裏付けがあったのだ。

「確かにな。でもよ、実戦は道場での優劣や段位通りには行かねえんだ。どっちが意気があるかも大事になる、それと修羅場の数さ」
「喧嘩の数が多ければ、ぼくに勝てるって言うの。それはどうかな──」
「でもよ、道場での自由稽古じゃ俺の方が優勢だったよな。お前涙目だったぞ、覚えてるか」
 残忍そうな笑みを浮かべ、健一がにやりと笑う。

「それは君がルールを守らず、滅茶苦茶な事をして来るからだろ。師範の先生方も呆れていらっしゃったじゃないか、それに涙目になどなった事はない。相変わらず君は噓つきだ」
 それまで冷静に健一に対応していた速水が、急に焦り出す。

「俺が嘘つきだと、どの口が言ってんだよ。俺よりも先にその場にいたお前は、夕香を助けもせずに無視して立ち去った。それは事実だ、お前は卑怯で臆病な人間だろ。そのどこが噓なんだ、練習や試合では強いが喧嘩は怖いんだ。ルールがねえからな」
 その場とは、健一が暴力沙汰を起こした大会会場での事だろう。

「無視した訳じゃない、先生たちを呼びに行っただけだ。私闘は禁じられているんだ、手を出すわけには行かないじゃないか。結局はみなぼくの主張を認めてくれた、その上で行動を褒められたんだ。誰も君の言うことは信じなかった、正しかったのはぼくの方だ」
「ふふん、口がうまいのは変わってないな。その後何段にまでなったんだ、行儀のいい道場のダンスで」

「お、お前自分の通っていた道場を侮辱するのか、なら聞かせてやろう。本部道場で二段まで進んだ、でも美術に専念したくて去年辞めたよ。君が破門になったのは中二の時だ、この二年間の差は大きいよ。いまじゃ相当の差がついてる、君はぼくには勝てない。その内に思い知らせてやろう」
「俺はその二年間で、修羅場をくぐった。刃物を相手にした事もある、実際軽傷だが刺された事もあるしな。でもよ、一度も敗けたことはねえんだ。それに破門になったわけじゃねえ、こっちから辞めてやったんだ。優等生がいい気になってるんじゃねえぞ、速水」

「どっちにしろ、その内に分からせてやる。でもな、言っとくが問題だけは起こすな、合宿が台無しになる。お前も、お前の取り巻き連中も肝に命じておけ、たかが一週間だいいな」
「速水くん、ご心配ありがとう。ぼくも目を光らせるからさ、そう突っ掛かって来ないでよ。なんだか君が、意地悪な悪者みたいになっちゃうよ」
 横合いから隆介が、緊張感の欠けらもないように笑う。

「齋藤か、君みたいな人間がなんでこんなやつらとつるんでる。冗談も大概にした方がいいぞ、さっさと縁を切れ」
「それこそ余計なお世話なんじゃないかな。ぼくは好きな事を好きなようにやる、人の指示は受けないよ。あいにくぼくとケンちゃんは親友なんだ、お節介はやめてくれないか」
「なら好きにしろ、ぼくは警告したからな。面倒は起こすな」
 苦々しい顔でそう言うと、速水は足早に石段を登って行く。

「あにき、あの速水ってやつ嫌な奴ですね。変に優等生ぶってるけど、性格悪そう。俺たち三人でやっちまいましょうよ。空手の有段者っていっても、三人でかかればどうってことないっすよ」
 雄作が剛志の耳元で囁く。
 大夢もどうやらその気らしく、ニタニタと笑ってる。

「そうだな、ここまで舐められたんじゃケンちゃんの沽券に係わる。一対三じゃちと卑怯だが、空手の黒帯じゃしょうがねえ。合宿中は無理だから、町に帰ったら隙を見て襲うか」
「大きな口が二度と利けねえように、ボコボコにしてやりましょうよ。俺、あいつ大嫌いだったんですよ。妙に女に人気がありやがって、俺が惚れてるC組の莉花もあいつにぞっこんでどうしても振り向いてくれないんです。頭にくるぜ」
 大夢の場合は、女絡みの完全な私怨でしかない。

「こらお前ら、止めときな。三人掛かりでも無理だよ、返り討ちに遭うだけだ」
 聞いていた隆介が、大夢のおでこを人差し指でつつく。
「なら隆さんも加わって下さいよ、四人だったらいけますって」
 不満気に大夢が言う。
「はは、俺はやるなら一人でやるよ。まあ、俺が手を出せばあいつ位の素人ならどうにかなるだろう。でもな、ケンちゃんと奴の問題だ、下手に関わらねえほうがいい。逆にケンちゃんの面子を潰すことになる」

 ここにいる誰一人として、隆介が喧嘩をしたところを見た者はいない。
 ただ一度だけほんの些細な行き違いから、地域のボスであるR工業高校の一条寅雄と睨み合ったことがあった。
 その後ろにはR工業軍団が三十人近く控えている。

 いざとなれば、その三十人も相手にする覚悟がなければ、とてもじゃないが突っ張れない。
 それにもかかわらず、隆介は真正面から一条と対峙した。
 相当な度胸と言わざるを得ない。

「まあまあ。寅ちゃんも、隆ちゃんもここは俺の顔に免じて退いてくれねえか。大した事じゃねえだろ、あとで浪花屋のたこ焼き驕るからさ」
 健一の仲裁で大事には至らなかったが、巨漢の一条並びに三十人の軍団相手に一歩も退かない姿は、鮮烈な印象を周りに残した。
 その一件で、齋藤隆介の名は瞬く間に広まった。

「隆さんがそう言うんなら、止めとくよ。でもむかつく野郎だ、早くケンちゃんにボコられねえかな」
 地面に唾を吐きながら、剛志が石段を昇る速水を睨んだ。
 速水を先頭に、雪乃以下数名の女子が後に続いている。

「お前、唾吐くなよ。きれいな砂浜が汚れるだろ」
 そう言って、再び健一が拳骨をかませた。
「もうやめてよケンちゃん、凄ぇ痛いんだから。あっ、また血が出て来た」
 頭を抱えてしゃがみ込む姿を見て、健一以下の鈴、夕香を含めた五人は大笑いする。
「笑い事じゃねえって、マジで凄ぇ痛いんだから。こら雄作、大夢、あとでぶっ飛ばすぞお前ら」
 恨みがましい目で、剛志が弟分たちに八つ当たりをする。
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